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変身ヒーローと異世界の魔物
活気に溢れるクリームヒルトの町
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クリームヒルトの町が見えてくると、ヨミは急に手を離して足を止めた。
やっと解放されたことに喜ぶよりも、少し強張った表情が気になった。
「……やっぱり、人間の町に行くのは嫌か?」
人間に殺されかけたんだから無理もない。
「い、いえ。人間の世界で生きるつもりですから、これくらいのことで怖がっていたらアキラさんと幸せな家庭を作って慎ましやかに生きていくことなんてできません」
ヨミの夢の中にちゃっかり俺の名が刻まれていることに、一抹の不安は感じたが、取り敢えず黙殺した。
その件については未来と再会するまで保留だ。
「俺は、行くからな」
「は、はい」
このまま立ち止まっていても仕方がない。
俺は町の入り口へ向かった。
ヨミもすぐ後ろから付いてくる。
木でできた門のところに騎士がいた。
何となく見覚えがある。
エリーネを迎えに来た騎士団の中にいたのかも知れない。
ジョサイヤが雇っている兵隊ってことは、クリームヒルトの町を守る仕事をしていると言うことだろう。
「あの、町へ入りたいんだが」
「はい。でしたら何か身分を証明できるものを――」
と言ってからその騎士は目を見開いた。
「あなたは、エリーネ様を番犬の森から救い出した、アキラ様ではありませんか!」
「知ってくれているのか、それなら話は早いな」
「どうしたのです? 確か、王都に向かわれたと聞いたのですが」
「急用で、こっちに戻ってきたってことだ」
「そうですか。でしたらジョサイヤ様のお屋敷にも寄っていってください。きっと、喜びますよ」
「そのつもりだけど、一つお願いがあるんだ」
「何でしょう」
「俺の連れには、その身分を証明するものがない。町のルールとして入れてやれないなら、無理に入れろとは言わないが……」
「構いませんよ。今は、この町も人の出入りが激しいですからね。冒険者様の仲間の中には身分証をお忘れの方もいますし」
それって、門番がいる意味があるのか?
やはり、王都とは違って地方の町はその辺りの考え方が緩いのかも知れないな。
そういえばエリーネが言っていたがこの国は戦争とは無縁らしいし、平和な国なんだろう。
「ヨミ、町へ入っていいらしいぞ」
「は、はい」
ガチガチに固まっていて埒が明かない。
俺はヨミの手を握って引きずるようにして町へ入った。
……町の中は前回とは様相が変わっていた。
門番が行っていたとおり、人が多い。
それも、風貌から見て、冒険者が多く見られる。
後は、冒険者に武器や防具や道具を売る出店が町のあちこちに開いている。
そりゃ、これだけの冒険者じゃ、元々町にある店だけじゃ対応できないだろう。
「あ、あの……」
「あ、悪い」
今度は俺の方がいつまでも手を握ってしまっていたことに謝った。
「それは構わないのですが、その……やっぱり私が魔物だとばれてませんか?」
ヨミは周りに聞こえないように俺に耳打ちした。
「どうして?」
「さっきからジロジロ視線を感じます。それも、一つや二つじゃありません。特に、男の戦士の人なんか睨んでいる気がします」
……それは、服装のせいだろうな。
簡素な布の服は胸の谷間をこれでもかと強調してしまっているし、下はミニのタイトスカートだからな。
相手が魔物だと知らなければ、扇情的な女にしか見えないだろう。
「人間の世界で生きたいなら、慣れた方が良い。ヨミの外見は人間の基準だと美しいからな」
「アキラさんもそう思っていますか?」
「魔物姿のヨミを知っている俺が?」
「忘れてください」
「忘れないよ」
あれはあれで、慣れればそんなに醜くはない。
俺とエリーネを救ったのは間違いなくあの姿のヨミだったんだから。
「意地悪なんですね」
「嫌いになったか?」
「いいえ。そんなことで諦めたりはしません」
少し話したお陰でヨミも人間の習性になれたらしく、緊張感がほぐれていた。
しかし、それにしてもどうしてこれだけの冒険者がいるのか。
まあ、この町を治めてる人に聞けば事情ははっきりするだろう。
俺たちは真っ直ぐエリーネの家――いや、ジョサイヤの家へ向かった。
扉の前には執事がいた。
一度も話していない執事だったが、向こうは俺のことを覚えてくれていたので、すぐにジョサイヤの部屋まで案内してくれた。
「これはこれは、お久しぶりと言ってよろしいんですかな」
「いや、それほど久しぶりじゃないだろう」
「でしょうね。しかし、どうされたのですか? まさか、その後ろに控えている麗しい女性がアキラ殿の妹君ですかな?」
「いや、違う。ちょっとした知り合い、かな」
「結婚を約束した恋人、です」
「それはそれは。おめでたい話ですね」
「ヨミ。口を挟むならこの部屋から出て行ってもらえないか?」
さすがに本気で睨むと、ヨミは口を手で押さえて首を横に振った。
黙ってる代わりに部屋からは出たくないという意思表示か。
「その話は追々。それよりもこの町の活況は何だ?」
「ああ、その事ですか。実は、娘の件があってからやはり番犬の森を放置しておくのも危ないと思いまして、ギルドを通して番犬の森の魔物討伐を依頼したのですよ」
あれ?
ってことは、ヨミが狙われたのって、ジョサイヤのせい?
となると、俺も無関係じゃないってことになるが。
「でも、確かヨミの……いやいや、確か新種の魔物討伐の依頼書には王国騎士団の名が入っていたけど」
「ええ。私が王国騎士団にも陳情しておいたのです。町を挙げて番犬の森の魔物討伐に対処するから王国騎士団にも手を貸していただきたい、と」
ジョサイヤの話によれば、王国騎士団の先遣隊が森に入ったが、新種の魔物に邪魔されたとかで、危険度の低い新種の魔物討伐はギルドに回ってきたんじゃないかという話だった。
俺は口を塞いだままのヨミに近づく。
「……おい、王国騎士団の先遣隊とやらの邪魔をしたのか?」
「いいえ。――あ、でも私の縄張りを踏み荒らした人間を何人か糸で縛り上げて森の外へ捨てました」
俺はその場で崩れ落ちそうになった。
事情を知らなかったとはいえ、ヨミにも責任はあったのか。
ある意味、ヨミを殺そうとした戦士を殺さなくてよかった。
「いけなかったですか?」
ヨミが不安な顔をさせたが、一概に悪いことをしたとも言えない。
ヨミは王国騎士団を自分の縄張りの外へ出しただけで殺してはいないし。そもそも、魔物を一律に処理しようとした人間側にも問題があった。
この辺りのこと、エリーネが知ったら怒るだろうな。
「そうだ。エリーネは今この屋敷にはいないのか?」
気を取り直してジョサイヤに聞く。
「アキラ殿が町を出るときにも伝えましたが、王都の学校へ通うために王都の別宅で生活していますよ」
行き違いになったのか。
「それで、妹君は見つかったのですか?」
「それが……」
俺は妹の捜索には金貨500枚必要になったこと。
そして、それを稼ぐためにギルドに登録したこと。
さらに、王都のギルド本部最速で中級冒険者になったことを説明した。
「さすが、エリーネが見込んだ方です。すでに中級冒険者とは」
「それが凄いのか俺にはまったくわからないんだがな」
「しかし……金貨500枚ですか……ううむ……」
ジョサイヤは腕組みをしてうなった。
「申し訳ありません。それだけのお金ですと、私の一存でお支払いするわけには」
そんなことを考えてくれたのか。
つくづく、ジョサイヤにとってエリーネが大事だってことが窺えるな。
「いやいや。さすがにその金は自分で何とかする。そんな大金をたかるためにここへ来たんじゃないんだ」
「そうですか? いや、しかし……うーむ」
これ以上ここにいたら本当にその金を工面しそうだな。
そこまで世話になる気はなかったので、お暇することにした。
「今日のところはこれで帰るよ」
「帰る? どこにですか?」
言われて気がついた。
ヨミを助けるためだけに王都を飛び出したものだから、その後のことは考えていなかった。
王都に戻るか、それともこの町で過ごすか。
少なくとも一週間は変身できない。
王都に戻ってもギルドの仕事はできないか。
なら、この町の宿に泊まるか。
「この町で、一番安い宿屋を紹介してくれないか?」
「それはできませんね。冒険者たちでどこも満室ですから」
「そうか」
となると、面倒だが王都に戻るしかないか。
今度は普通の馬車で行くことになるからまた一週間かかる。
ああ、ってことはあの安宿に払った3日分の宿代は無駄になったってことか。
「どこへ行かれるのです?」
「この町の宿屋に泊まれないなら王都に戻るさ。だから、馬車を探しに」
「アキラ殿。私の家の客室は空いてますよ。何をするにしても、少し休息を取られてはいかがですかな」
他に選択の余地がない、最高の条件を提示されては断ることはできなかった。
翌日、俺はヨミと一緒にこの町にあるギルドの支部へ向かった。
昨日の夕食の時にジョサイヤが教えてくれたのだが、どの町にもギルドの支部があるらしい。
地方での仕事はその町の支部を通じて受けるのが普通だそうだ。
そりゃそうだろう。
番犬の森の依頼を王都のギルドでやりとりしていたら、移動だけで普通は一週間かかるんだから。
街の外れにある二階建ての建物がギルドの支部だった。
ひっきりなしに冒険者が出入りしている。
番犬の森の依頼を受けに行っているんだろうか。
俺が中へ入ると、怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから! 俺があと少しで倒せたのに、横から変な奴が邪魔したんだって!」
「そうよ! 白い鎧と顔をマスクのような兜で覆ってる戦士! 私たちも見たんだから!」
ギルドの受付嬢に抗議しているのは、俺が殴って気絶させたあの戦士とその仲間たちだった。
反射的に振り返って出ようとしたら、後ろから入ってきた人とぶつかった。
「あ、悪い」
「…………いえ……」
小さな声でボソッとつぶやいた。
「あ!」
金髪の戦士がこっちに気がついて睨んできた。
俺の後ろにはヨミもいる。
――まずい、気付かれたか?
「おい! お前も横取りしようとしただろ!」
しかし金髪の戦士が食ってかかったのは俺とぶつかった冒険者だった。
使い古されたボロボロの鎧を身に纏い、ある意味それとお揃いのようなボサボサの髪と目つきの悪さが特徴的な冒険者だった。
「…………魔物の討伐はクリスタルを手に入れた者が達成者になる」
「だから、すでに戦っている冒険者がいたら、配慮するのがルールだろう!」
「…………その冒険者が敗れそうになっていたら助けに入ることはルール違反にならないはずだよ」
「俺が、負けそうだったってのか!?」
「……実際、一撃で気絶させられていたじゃないか……」
「あれは、魔物じゃなくて変な奴が魔物を守ろうとしただけだろう!」
会話を聞いていて気がついたことが二つ。
背後から俺たちを狙った魔法を撃って、金髪の戦士が敗色濃厚と見るや否や逃げ出したのはこのボサボサ頭の冒険者だった。
そして、この場にいる誰もがヨミのことを見ていたはずなのに、人間の姿をしているってだけでまったく気がついていない。
上半身は元の姿と変わらないんだが、足があるってだけで印象が変わるのか。
「……ところで、君たちは? 俺のファンかな? でも、悪いな。男のファンはいらないんだ。そこの黒髪の美しいお嬢さんなら大歓迎なんだけど」
……重い空気が後ろから伝わってくる。
殺されかけた相手だからな。
「……アキラさん。人を殺そうとする魔物の気持ちが、少しだけわかったような気がします」
「それは違うんじゃないか? 人間だって殺されそうになった相手は恨むだろう」
しかし、そう思っても殺さないのが人間の世界のルールだ。
この国に裁判というものがあるなら金髪の戦士を裁いてもらいたいところだが、魔物を殺すことは悪いことじゃなさそうだしな……。
ヨミの気持ちは理解できる。
俺だってこいつのしたことは許せないしムカつくが、抑えるしかないだろう。
……ヨミがあのまま消滅していたら、冷静さを保てた自信はないけどな。
こんなこと考えていたら、人類に危険視されても文句は言えないか。
「ヨミ。どうしても攻撃したかったら月のない夜に背後から襲え。ばれないようにな。そして、できるなら殺さないように手加減してやってくれ」
「……フフッ……。アキラさん、人間を襲うことを勧めるんですね」
「ヨミを襲ったことは人間のルールでは裁けないしな。ヨミの気の済むようにするしかないんだよ。俺にそれを止める権利はない。まあ、倫理的には殺さずにってことでバランスを取ったと思ってくれ」
「……ありがとうございます。アキラさんのお陰で少し落ち着きました。アキラさんのためにも短絡的な行動は慎みたいと思います」
それにしても、白い鎧とマスクのような兜ね。
こいつらには変身した姿しか見せていなかったから、俺が乱入したこともばれてはいなかった。
その事を計算していたわけではなかったが、結果的に面倒が避けられた。
「おい、いつまで騒いでいる」
張り詰めたような声がギルドの入り口から聞こえてきた。
そこには金色で細かい模様が装飾された鎧を着た戦士が立っていた。
「あなたは、王国騎士団の……」
受付嬢がつぶやいた。
風貌と佇まいから並の戦士ではないとは感じ取れた。
やっと解放されたことに喜ぶよりも、少し強張った表情が気になった。
「……やっぱり、人間の町に行くのは嫌か?」
人間に殺されかけたんだから無理もない。
「い、いえ。人間の世界で生きるつもりですから、これくらいのことで怖がっていたらアキラさんと幸せな家庭を作って慎ましやかに生きていくことなんてできません」
ヨミの夢の中にちゃっかり俺の名が刻まれていることに、一抹の不安は感じたが、取り敢えず黙殺した。
その件については未来と再会するまで保留だ。
「俺は、行くからな」
「は、はい」
このまま立ち止まっていても仕方がない。
俺は町の入り口へ向かった。
ヨミもすぐ後ろから付いてくる。
木でできた門のところに騎士がいた。
何となく見覚えがある。
エリーネを迎えに来た騎士団の中にいたのかも知れない。
ジョサイヤが雇っている兵隊ってことは、クリームヒルトの町を守る仕事をしていると言うことだろう。
「あの、町へ入りたいんだが」
「はい。でしたら何か身分を証明できるものを――」
と言ってからその騎士は目を見開いた。
「あなたは、エリーネ様を番犬の森から救い出した、アキラ様ではありませんか!」
「知ってくれているのか、それなら話は早いな」
「どうしたのです? 確か、王都に向かわれたと聞いたのですが」
「急用で、こっちに戻ってきたってことだ」
「そうですか。でしたらジョサイヤ様のお屋敷にも寄っていってください。きっと、喜びますよ」
「そのつもりだけど、一つお願いがあるんだ」
「何でしょう」
「俺の連れには、その身分を証明するものがない。町のルールとして入れてやれないなら、無理に入れろとは言わないが……」
「構いませんよ。今は、この町も人の出入りが激しいですからね。冒険者様の仲間の中には身分証をお忘れの方もいますし」
それって、門番がいる意味があるのか?
やはり、王都とは違って地方の町はその辺りの考え方が緩いのかも知れないな。
そういえばエリーネが言っていたがこの国は戦争とは無縁らしいし、平和な国なんだろう。
「ヨミ、町へ入っていいらしいぞ」
「は、はい」
ガチガチに固まっていて埒が明かない。
俺はヨミの手を握って引きずるようにして町へ入った。
……町の中は前回とは様相が変わっていた。
門番が行っていたとおり、人が多い。
それも、風貌から見て、冒険者が多く見られる。
後は、冒険者に武器や防具や道具を売る出店が町のあちこちに開いている。
そりゃ、これだけの冒険者じゃ、元々町にある店だけじゃ対応できないだろう。
「あ、あの……」
「あ、悪い」
今度は俺の方がいつまでも手を握ってしまっていたことに謝った。
「それは構わないのですが、その……やっぱり私が魔物だとばれてませんか?」
ヨミは周りに聞こえないように俺に耳打ちした。
「どうして?」
「さっきからジロジロ視線を感じます。それも、一つや二つじゃありません。特に、男の戦士の人なんか睨んでいる気がします」
……それは、服装のせいだろうな。
簡素な布の服は胸の谷間をこれでもかと強調してしまっているし、下はミニのタイトスカートだからな。
相手が魔物だと知らなければ、扇情的な女にしか見えないだろう。
「人間の世界で生きたいなら、慣れた方が良い。ヨミの外見は人間の基準だと美しいからな」
「アキラさんもそう思っていますか?」
「魔物姿のヨミを知っている俺が?」
「忘れてください」
「忘れないよ」
あれはあれで、慣れればそんなに醜くはない。
俺とエリーネを救ったのは間違いなくあの姿のヨミだったんだから。
「意地悪なんですね」
「嫌いになったか?」
「いいえ。そんなことで諦めたりはしません」
少し話したお陰でヨミも人間の習性になれたらしく、緊張感がほぐれていた。
しかし、それにしてもどうしてこれだけの冒険者がいるのか。
まあ、この町を治めてる人に聞けば事情ははっきりするだろう。
俺たちは真っ直ぐエリーネの家――いや、ジョサイヤの家へ向かった。
扉の前には執事がいた。
一度も話していない執事だったが、向こうは俺のことを覚えてくれていたので、すぐにジョサイヤの部屋まで案内してくれた。
「これはこれは、お久しぶりと言ってよろしいんですかな」
「いや、それほど久しぶりじゃないだろう」
「でしょうね。しかし、どうされたのですか? まさか、その後ろに控えている麗しい女性がアキラ殿の妹君ですかな?」
「いや、違う。ちょっとした知り合い、かな」
「結婚を約束した恋人、です」
「それはそれは。おめでたい話ですね」
「ヨミ。口を挟むならこの部屋から出て行ってもらえないか?」
さすがに本気で睨むと、ヨミは口を手で押さえて首を横に振った。
黙ってる代わりに部屋からは出たくないという意思表示か。
「その話は追々。それよりもこの町の活況は何だ?」
「ああ、その事ですか。実は、娘の件があってからやはり番犬の森を放置しておくのも危ないと思いまして、ギルドを通して番犬の森の魔物討伐を依頼したのですよ」
あれ?
ってことは、ヨミが狙われたのって、ジョサイヤのせい?
となると、俺も無関係じゃないってことになるが。
「でも、確かヨミの……いやいや、確か新種の魔物討伐の依頼書には王国騎士団の名が入っていたけど」
「ええ。私が王国騎士団にも陳情しておいたのです。町を挙げて番犬の森の魔物討伐に対処するから王国騎士団にも手を貸していただきたい、と」
ジョサイヤの話によれば、王国騎士団の先遣隊が森に入ったが、新種の魔物に邪魔されたとかで、危険度の低い新種の魔物討伐はギルドに回ってきたんじゃないかという話だった。
俺は口を塞いだままのヨミに近づく。
「……おい、王国騎士団の先遣隊とやらの邪魔をしたのか?」
「いいえ。――あ、でも私の縄張りを踏み荒らした人間を何人か糸で縛り上げて森の外へ捨てました」
俺はその場で崩れ落ちそうになった。
事情を知らなかったとはいえ、ヨミにも責任はあったのか。
ある意味、ヨミを殺そうとした戦士を殺さなくてよかった。
「いけなかったですか?」
ヨミが不安な顔をさせたが、一概に悪いことをしたとも言えない。
ヨミは王国騎士団を自分の縄張りの外へ出しただけで殺してはいないし。そもそも、魔物を一律に処理しようとした人間側にも問題があった。
この辺りのこと、エリーネが知ったら怒るだろうな。
「そうだ。エリーネは今この屋敷にはいないのか?」
気を取り直してジョサイヤに聞く。
「アキラ殿が町を出るときにも伝えましたが、王都の学校へ通うために王都の別宅で生活していますよ」
行き違いになったのか。
「それで、妹君は見つかったのですか?」
「それが……」
俺は妹の捜索には金貨500枚必要になったこと。
そして、それを稼ぐためにギルドに登録したこと。
さらに、王都のギルド本部最速で中級冒険者になったことを説明した。
「さすが、エリーネが見込んだ方です。すでに中級冒険者とは」
「それが凄いのか俺にはまったくわからないんだがな」
「しかし……金貨500枚ですか……ううむ……」
ジョサイヤは腕組みをしてうなった。
「申し訳ありません。それだけのお金ですと、私の一存でお支払いするわけには」
そんなことを考えてくれたのか。
つくづく、ジョサイヤにとってエリーネが大事だってことが窺えるな。
「いやいや。さすがにその金は自分で何とかする。そんな大金をたかるためにここへ来たんじゃないんだ」
「そうですか? いや、しかし……うーむ」
これ以上ここにいたら本当にその金を工面しそうだな。
そこまで世話になる気はなかったので、お暇することにした。
「今日のところはこれで帰るよ」
「帰る? どこにですか?」
言われて気がついた。
ヨミを助けるためだけに王都を飛び出したものだから、その後のことは考えていなかった。
王都に戻るか、それともこの町で過ごすか。
少なくとも一週間は変身できない。
王都に戻ってもギルドの仕事はできないか。
なら、この町の宿に泊まるか。
「この町で、一番安い宿屋を紹介してくれないか?」
「それはできませんね。冒険者たちでどこも満室ですから」
「そうか」
となると、面倒だが王都に戻るしかないか。
今度は普通の馬車で行くことになるからまた一週間かかる。
ああ、ってことはあの安宿に払った3日分の宿代は無駄になったってことか。
「どこへ行かれるのです?」
「この町の宿屋に泊まれないなら王都に戻るさ。だから、馬車を探しに」
「アキラ殿。私の家の客室は空いてますよ。何をするにしても、少し休息を取られてはいかがですかな」
他に選択の余地がない、最高の条件を提示されては断ることはできなかった。
翌日、俺はヨミと一緒にこの町にあるギルドの支部へ向かった。
昨日の夕食の時にジョサイヤが教えてくれたのだが、どの町にもギルドの支部があるらしい。
地方での仕事はその町の支部を通じて受けるのが普通だそうだ。
そりゃそうだろう。
番犬の森の依頼を王都のギルドでやりとりしていたら、移動だけで普通は一週間かかるんだから。
街の外れにある二階建ての建物がギルドの支部だった。
ひっきりなしに冒険者が出入りしている。
番犬の森の依頼を受けに行っているんだろうか。
俺が中へ入ると、怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから! 俺があと少しで倒せたのに、横から変な奴が邪魔したんだって!」
「そうよ! 白い鎧と顔をマスクのような兜で覆ってる戦士! 私たちも見たんだから!」
ギルドの受付嬢に抗議しているのは、俺が殴って気絶させたあの戦士とその仲間たちだった。
反射的に振り返って出ようとしたら、後ろから入ってきた人とぶつかった。
「あ、悪い」
「…………いえ……」
小さな声でボソッとつぶやいた。
「あ!」
金髪の戦士がこっちに気がついて睨んできた。
俺の後ろにはヨミもいる。
――まずい、気付かれたか?
「おい! お前も横取りしようとしただろ!」
しかし金髪の戦士が食ってかかったのは俺とぶつかった冒険者だった。
使い古されたボロボロの鎧を身に纏い、ある意味それとお揃いのようなボサボサの髪と目つきの悪さが特徴的な冒険者だった。
「…………魔物の討伐はクリスタルを手に入れた者が達成者になる」
「だから、すでに戦っている冒険者がいたら、配慮するのがルールだろう!」
「…………その冒険者が敗れそうになっていたら助けに入ることはルール違反にならないはずだよ」
「俺が、負けそうだったってのか!?」
「……実際、一撃で気絶させられていたじゃないか……」
「あれは、魔物じゃなくて変な奴が魔物を守ろうとしただけだろう!」
会話を聞いていて気がついたことが二つ。
背後から俺たちを狙った魔法を撃って、金髪の戦士が敗色濃厚と見るや否や逃げ出したのはこのボサボサ頭の冒険者だった。
そして、この場にいる誰もがヨミのことを見ていたはずなのに、人間の姿をしているってだけでまったく気がついていない。
上半身は元の姿と変わらないんだが、足があるってだけで印象が変わるのか。
「……ところで、君たちは? 俺のファンかな? でも、悪いな。男のファンはいらないんだ。そこの黒髪の美しいお嬢さんなら大歓迎なんだけど」
……重い空気が後ろから伝わってくる。
殺されかけた相手だからな。
「……アキラさん。人を殺そうとする魔物の気持ちが、少しだけわかったような気がします」
「それは違うんじゃないか? 人間だって殺されそうになった相手は恨むだろう」
しかし、そう思っても殺さないのが人間の世界のルールだ。
この国に裁判というものがあるなら金髪の戦士を裁いてもらいたいところだが、魔物を殺すことは悪いことじゃなさそうだしな……。
ヨミの気持ちは理解できる。
俺だってこいつのしたことは許せないしムカつくが、抑えるしかないだろう。
……ヨミがあのまま消滅していたら、冷静さを保てた自信はないけどな。
こんなこと考えていたら、人類に危険視されても文句は言えないか。
「ヨミ。どうしても攻撃したかったら月のない夜に背後から襲え。ばれないようにな。そして、できるなら殺さないように手加減してやってくれ」
「……フフッ……。アキラさん、人間を襲うことを勧めるんですね」
「ヨミを襲ったことは人間のルールでは裁けないしな。ヨミの気の済むようにするしかないんだよ。俺にそれを止める権利はない。まあ、倫理的には殺さずにってことでバランスを取ったと思ってくれ」
「……ありがとうございます。アキラさんのお陰で少し落ち着きました。アキラさんのためにも短絡的な行動は慎みたいと思います」
それにしても、白い鎧とマスクのような兜ね。
こいつらには変身した姿しか見せていなかったから、俺が乱入したこともばれてはいなかった。
その事を計算していたわけではなかったが、結果的に面倒が避けられた。
「おい、いつまで騒いでいる」
張り詰めたような声がギルドの入り口から聞こえてきた。
そこには金色で細かい模様が装飾された鎧を着た戦士が立っていた。
「あなたは、王国騎士団の……」
受付嬢がつぶやいた。
風貌と佇まいから並の戦士ではないとは感じ取れた。
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二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
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