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プロローグ

最後の戦い

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『――ここに、何をしに来た?』
「決まっているだろう。お前を倒し、世界を救うためだ」
『笑わせるな。まるで俺たちが悪者であるかのような口ぶりだな』
「そうだろう。一体どれだけの人間を殺してきたと思っている」
『それは、人間の言えたことか? お前たち人間だって自分たちの都合の良いように他の生き物たちを殺し再生し調整しているだろう。弱肉強食が命あるものたちのルールなら、人間よりも優れた存在である我々が人間がしているようにその他の命をどう扱おうがとやかく言われる筋合いはない』
「そうかもしれないな。お前たちデモンに人の倫理観を説くつもりはない。理解しようとしないものと交わす言葉はこれ以上ないからな。人間は自分たちの脅威となる存在と戦い続けてきた。お前たちとも、戦うしか道はない」
『人間ごときが、この俺と戦いになると思うのか!?』
「……残念ながら、俺はもう半分人間じゃない。これが、お前たちデモンを滅ぼす力だ――変身!」
 十時に交差された腕に光が集まる。開かれた足首にも同じような光が。
 彼の発した言葉によって、その光が反応し彼の全身を覆う。
 それらは、全身スーツを形成し、さらに上半身には鎧と頭部を覆う兜のようなマスクを造り上げた。
 彼がポーズと言葉を発してからほんのコンマ一秒にも満たないほどの高速で、彼の体の半分を形成していたナノマシンが活性化され、別の姿へと彼を変身させた。
『それが我々の仲間を倒した力――ネムスギアか』
 答えるそぶりも見せず、彼は最後のデモンに向かって駆け出す。
『マテリアルソードを形成します』
 彼の思考を読み取り、脳内にアナウンス音声が鳴り響く。それと同時にナノマシンが半自動的に剣を形成して彼の右手に握らせる。
 その手はすでに剣が現れる前から袈裟懸けに斬りつけようと振りかぶっていた。
『はあああ!』
 人の姿をしていたデモンの背中から節くれ立った棒が現れる。
 彼が振り下ろした剣をそれで受け止めながら、デモンは笑みを浮かべていた。
『俺も真の姿を見せてやろう』
 言うや否や人の皮が破れるようにして中から現れたのは、人間よりも大きな蜘蛛だった。
 いや、蜘蛛のような人間に見える。二足で立ち、六本の足はまるで腕のよう。
 彼の剣を受け止めたのは背中――生態的には胸の部分から生えていた足の一つだった。
 その足を大きく薙ぎ払う。
 剣ごと彼は吹き飛ばされたが、事も無げに大地に降り立つ。
『上手く躱したな。だが、この俺の手数に付いてこれるか?』
 足音一つ立てさせずに、蜘蛛のデモンが近づく。
 動きは目で捕らえていたが、彼は逃げるつもりはなかった。
 剣を構え、迎え撃つ。
 六本の足から繰り出される攻撃は、一撃がどれも普通の人間ならば体を二つに引き裂かれるほど鋭く重い。
 それを剣でいなし、または弾き返す。
『いつまで、そうしていられるかな』
 挑発するセリフとは裏腹に焦りの表情を見せたのは蜘蛛のデモンの方だった。
「それが、お前の技ならこれ以上は無意味だ」
『受けるのが精一杯で反撃できないくせに、よくもそんなセリフが吐けるな!』
「そう思うか? じゃあ見せてやるよ」
 頭を覆う白い兜のようなマスクが次第に赤くなる。
 形状も天を突くような鋭い角が後頭部に向かって行き、流れるようなデザインを想起させる。
 彼の意識からネムスギアはその形状を変化させる意思を読み取り、さらに彼の姿を変身させる。
 上半身を覆っていた鎧も赤くなり、肩当て部分がなくなって身軽になった。
「ネムスギア、ファイトギアフォーム。もうお前の攻撃は俺には当たらない」
 見た目だけでなく、それは明らかに先ほどの状態より能力が変わっていた。
 剣がなくなり、鎧の堅牢さもなくなったが、その分素早さが増した。
 彼の言葉通り、蜘蛛のデモンの足はどんなに振り回しても彼の体に触れることすら叶わない。
『馬鹿な……』
 そして、攻撃が躱されると言うことは――。
 右の拳にエネルギーが集まるのがわかる。
『チャージアタックワン、メテオライトブロー!』
 エネルギーに包まれた拳が蜘蛛のデモンが振り回した足を躱すと同時に、がら空きになった体を打ち抜く。
 綺麗に入ったカウンターに、思わず蜘蛛のデモンは体をくの字にさせるが、それでも攻撃をやめない。
 しかし、それは意味のない攻撃だった。
 すでに動きを見切られていたので、攻撃すればするほど彼のカウンターが決まる。
 十も殴られぬうちに、蜘蛛のデモンは溜まらず飛びすさった。
『これでも喰らいやがれ!』
 距離を取りながら蜘蛛のデモンが腹から放ったのは白い糸。
 それがどういうものなのか、わからないわけがない。
 彼はそれを難なく躱したはずだったが――。
『はっ!』
 蜘蛛のデモンが息を出すと、腹が一度だけ膨れ上がり、白い糸の塊が爆発した。
 それでもなんとか直撃は躱したが、糸の一部が腕に絡みつく。
『クククッ……これでもうちょこまかと動けんぞ』
「どうかな?」
 彼は再び最初の姿へと変身する。
 ネムスギア、ソードギアフォーム。今度は変身すると同時に剣も握られていた。
 腕に絡みついた糸を切り裂こうと剣を振るう。
 だがそれは接着剤のように剣に糸がくっつくだけで切り裂くことはできなかった。
『無駄だ。そして、お前のその剣ももう使いものにならなくなったなぁ』
 ニタリと笑い、ゆっくりと近づいてくる。
 彼の正面に立った蜘蛛のデモンは余裕の笑みで見下ろした。
 兜のようなマスクに覆われた彼の表情はうかがい知ることはできない。
『どうした? 今のお前じゃ俺の攻撃受けるしかないぞ? でも防御に使うための剣はこの有り様だ。さっきの赤い奴に変身するか? まあ、それも俺に掴まった状態じゃ意味はないか』
 すでに勝利を確信しているかのように挑発をする蜘蛛のデモンに、彼は涼しげに言い放った。
「ずいぶん、おしゃべりな奴だ。それだけ言葉が使えるなら、最初から俺に命乞いでもしておけばよかったんじゃないか? 少しは同情したかも知れないぜ」
『……馬鹿な人間だ。自分の置かれた状況がわからないのか』
「だから、俺はもう半分人間じゃないんだ。試してみろよ。お前たちでは俺には勝てない」
『死んでから後悔しやがれ!』
 六本の足全てが彼に向かって振り下ろされる。
 頭と両手足、そして胴を狙った足は果たして彼の体を貫く寸前で鈍い音を立てて弾き返されていた。
『な、何……』
 すでに彼の姿は三度変わっていた。
 それまでのどの姿とも違う。
 青い兜のようなマスクと胴体と腕と足、全てをカバーするように纏った青く輝く鎧。
 その鎧が蜘蛛のデモンの足を防いだのだ。
「ネムスギア、キャノンギアフォーム」
『バスターキャノンを形成します』
 ネムスギアを構成するナノマシンにはAIが組み込まれている。それは一つ一つが自立した意志を持っているが、同時に彼自身でもある。
 だから、思ったときにはすでに行動が終了している。
 彼の右手に大砲のような武器が現れていた。
 引き金を引くと、ナノマシンから供給されたエネルギーの塊が放たれる。
『しまっ――』
 ほとんど至近距離にいた蜘蛛のデモンはエネルギーの塊をもろに喰らって吹き飛ばされた。
 剣では斬ることのできなかった白い糸も大砲――バスターキャノンから放たれたエネルギーの熱には無力だった。
 拘束から解き放たれた彼はバスターキャノンを両手で構える。
『グハッ……』
 蜘蛛のデモンは足の半分を吹き飛ばされていたが、それでも立ち上がるだけの力は残っていた。
 彼がすぐにトドメを刺さなかったのは、それがフォートレスギアの弱点でもあった。
 堅牢な鎧と大出力の放出武器の組み合わせであるこのフォームは素早い動きが取れない。
 このフォームに変身することは高速で可能だが、ここから他のフォームに再変身するのには少しだけ時間が必要だった。
『……ネムスギア、人間は恐ろしいものを作ったのだな。同胞たちがお前を倒せなかった理由がよくわかった』
「素直に負けを認めるか。その辺りは他の雑魚どもとは格が違うと言ってもいいな」
『これで終わりだと思ったか? 俺には一つだけ切り札がある。どうやらその姿だと素早い動きが取れないらしいが、それは俺にとっても好都合だ』
 薄笑いを浮かべながら、蜘蛛のデモンは残された足全てを大地に突き刺した。
 すると、大地が細かく震え出す。
 地震というよりは波に近い。
 蜘蛛のデモンを起点として大地が波打っている。
 そして、その波の広がりに呼応するかのように蜘蛛のデモンの腹が徐々に大きくなっていった。
『もう逃げても無駄だぞ。俺の中心に半径数十キロは瓦礫すら残らぬほど綺麗に消し飛ぶ。我らが基地諸共――死ね!』
 蜘蛛のデモンの腹が一際輝く。
 一番近くにいた彼にはむしろ、爆発の音を認識することはできなかった。
 地球を懸けた最後の戦いを遠くで見守っていた人間たちにしかその絶望的な音は届かない。
 爆発に伴う光もまた、同様だった。
 遠く離れた人間たちだけがその光と音、爆発の衝撃の後に吹き上がる巨大なキノコ雲を見ることができた。
 蜘蛛のデモンが言ったとおり、彼らが戦っていたデモンの基地は全て吹き飛んでいた。
 ――ただし、二つだけ蜘蛛のデモンが言っていた状況と違う。
 一つは蜘蛛のデモンは腹が吹き飛んではいるものの頭と胴体は残っていた。
 そして――青く輝く鎧を身に纏った戦士が一人、何もない荒野に佇んでいた。
「切り札と言うだけはあるな。この姿でなければ、恐らくお前に言っていたとおりになっていただろう」
『ば、馬鹿な……』
「これで終わりだ」
『ハハハハハハ!』
 彼が銃口を向けているのに、蜘蛛のデモンは声を上げて笑った。
 自棄になっているような笑いではない。
「何が面白い?」
 思わず理由を聞きたくなるほど邪気のない笑い声だった。
『いや、やっとお前の言ったことが理解できたと思ったんだ。お前はもう人間じゃなかったんだな。だから我々と戦うことができた……ならば、お前はいずれ我々と同じになる。人間はお前も排除しようとするぞ。人間が、我々を排除するためにお前のような存在を造り上げたようになぁ!』
「そうかも知れないな。だが、それは余計なお世話だ」
 エネルギーの砲弾がいくつもバスターキャノンに装填されていく。
『スペシャルチャージショット、マキシマムエナジーバスター!』
 彼の脳内にAIがそれを告げると、彼は表情を変えずに引き金を引く。
 物理的な力は必要ない。だからカチリと軽く押し込まれた音は、バスターキャノンから放射されたエネルギーの音に一瞬でかき消された。
 一方的な熱量のエネルギーが銃口の先を暴力的なまでに焼き尽くす。
 蜘蛛のデモンの残された体全てを包み込み――一欠片の残骸すら残さずこの世界から消滅させた。
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