上 下
1 / 17

プロローグ

しおりを挟む
 ちょ、ちょっと待って。待ってくれなきゃ、ものすごーく困る!

 現代日本でのほほんと平和に暮らしていた私、新田菜穂(26歳)がどうやら死んじゃったらしいことは、とりあえず理解した。

 空にぷかぷか浮かんで、自分のお葬式をチラ見したしね。遺影にはもうちょいバッチリメイクの写真使って欲しかったな~とか、戒名がいまいち好みじゃないとか、大金かけてコレクションしたキース様グッズをなんで棺に入れてくれないのよ(怒)とかね、言いたいことは山ほどあるけども、それが無理だってことはなんとなくわかる。

 けど、もう少し気持ちの整理とか……戦略を練る猶予とか……そういうのあってもいいと思うのよ。

 転生初日、なんならこの世界で目覚めてからまだ数時間しか経ってないわけ。それなのに、二度目の人生ももう詰みの段階って……あまりにもひどくない? あまりにも無慈悲じゃない?


 なんて、心の中でどれだけ嘆いてみても、目の前の彼女には一ミリも伝わらないようだった。
 フィオナ嬢は虫ケラに対するかのような冷たい目で私を見据えている。そこに慈悲の情は少しも感じられない。

「エマ。お茶会に向かう私のドレスを汚すとはどういうつもりなのかしら」

 ツンとしつつも、品のある美しい声。「さすがベテラン声優がつとめているだけあるわー」と、いつも感激していたあの声だ。間違いない。

 言葉ではとても言い表せない不思議な感覚だった。知らない人間ではない。むしろ毎日のようにこの顔を見て、声を聞いていた。けれど、それは画面の中でのことで……大好きなゲーム『クイーンズルーレット』の悪役令嬢、フィオナが等身大サイズでいま目の前にいるなんて、やっぱりこっちが夢なんじゃないか。そんなふうに思えてくる。

 けれど、頬をつねろうが、壁に頭をガシガシぶつけようが、この夢は決して醒めることはない。朝から何度も試したからね、それだけは確定事項。夢オチが期待できない以上、なんとかしてこの場を切り抜けなければならないだろう。

 いま現在の私は、エマという名だ。超モブキャラなので苗字は知らない。というかおそらく、設定もされていないだろう。悪役令嬢フィオナの侍女で、ささいなミスを彼女に叱責されクビになる役だ。
 物語の序盤で、いかにフィオナが冷たい女かということをユーザーに知らしめるために登場する脇役中の脇役。

 そして、エマである私は、たったいまシナリオ通りに主のドレスに紅茶をぶっかけてしまったところだった。

「ち、違うんです!」
「なにが違うのよ?」

 なにが違うのかなんて、言った自分が一番よくわからない。が、とにかくシナリオとは違う展開に持っていかなければならないのだ。端的に言えば、なんでもいいからフィオナに取り入るのだ。彼女の侍女という役どころな以上、彼女に嫌われては生き延びられない。

「だから、その……ワザとなんです」
「はぁ?」

 刺々しい声には、彼女の怒りがたっぷりと滲んでいる。怖い。でも、超いい声。でも、やっぱり怖い~。エマとしての感情と菜穂としての感情が複雑に入り乱れる。

「実は、今日お召しのそのドレス。深紅の色は王子殿下のお好みではないと小耳に挟んだんです」

 嘘ではないのよ、嘘では。この後の展開で、攻略対象である王子ラフェルは「昼のお茶会には淡い色がふさわしいな」と発言するのだ。ヒロインであるユーザーが、淡いドレスを選択していれば好感度アップとなるわけだ。

 フィオナはいぶかしげに首をひねった。大人びた深紅のドレスは高級品で、彼女にとてもよく似合っている。今日の装いには自信を持っているのだろう。

「本当なの?」
「ええ。木漏れ日と白バラに似合う、優しい色のドレスで登場すれば殿下の目はフィオナ様に釘付けのはずですわ!」

 木漏れ日だの、釘付けなの、普段は絶対に使わないような単語がスラスラと口から出てくる。意識とは裏腹に、すっかりエマになりきっている自分に驚く。
 フィオナは仕方ないと言いたげに小さく息を吐いた。

「どのみちシミのついたこのドレスは着れないわ。王子の好みはどうだっていいけれど、新しいドレスはすぐに用意して」
「は、はい! ただいま」

 セーフ、とりあえず首の皮一枚つながったぁ!



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

あなたの子ではありません。

沙耶
恋愛
公爵令嬢アナスタシアは王太子セドリックと結婚したが、彼に愛人がいることを初夜に知ってしまう。 セドリックを愛していたアナスタシアは衝撃を受けるが、セドリックはアナスタシアにさらに追い打ちをかけた。 「子は要らない」 そう話したセドリックは避妊薬を飲みアナスタシアとの初夜を終えた。 それ以降、彼は愛人と過ごしておりアナスタシアのところには一切来ない。 そのまま二年の時が過ぎ、セドリックと愛人の間に子供が出来たと伝えられたアナスタシアは、子も産めない私はいつまで王太子妃としているのだろうと考え始めた。 離縁を決意したアナスタシアはセドリックに伝えるが、何故か怒ったセドリックにアナスタシアは無理矢理抱かれてしまう。 しかし翌日、離縁は成立された。 アナスタシアは離縁後母方の領地で静かに過ごしていたが、しばらくして妊娠が発覚する。 セドリックと過ごした、あの夜の子だった。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

処理中です...