上 下
54 / 56

番外編 リーズの結婚4

しおりを挟む
 そして迎えた誕生日当日。リーズはめいいっぱいオシャレをして、アルの前に立った。
 と言っても、もう変に大人ぶったりはしない。純粋に自分が一番好きだと思うドレスを着てきた。その変化にアルは気づいてくれたようだ。

「なんかいつもと違うな。落ち着いた色が好きなんだと思ってたけど……」

 アルの言うように、これまでリーズは紺や茶の渋めの色合いのドレスばかりを着ていた。けれど、それは好みだったわけではなく……。

「少しでも大人っぽく見えるようにって思ってたんだけどね、もう気にしないことにしたの。本当はこういう明るい色が好きなんだ」

 リーズはミモザ色のドレスの裾をつまんで、アルにえへへと笑ってみせる。
 大人っぽく見せることにこだわりがなくなったのは、少し大人になったから……だろうか。リーズは先日のアルとの夜を急に思い出してしまい、慌ててぶんぶんと頭を振った。

「いいんじゃないか。そっちのほうがリーズには似合ってる」
「ほんと?」
「あぁ。行こうか」

 そう言ってアルは自然な流れでリーズの手を取った。今日はノービルドの城から一番近くの街に連れて行ってくれることになっていた。

 手を繋いでどこかにお出かけなんて初めてのことで、リーズのドキドキは止まらなかった。

「わぁ~。賑やか! 楽しそう!」

 目的の街へはすぐに到着した。そんなに大きな街ではないのだが、交易のさかんなところで珍しい店や品がたくさん並んでいる。

「あっ、見て! アル、あのスカーフ可愛くない?」

 リーズは早速、異国風の服飾品の並べられた露店に飛びついた。アルの手を離しそちらに走りだそうとすると、アルにぐいっと腰を引かれてしまった。ぎゅっと背中から抱き締められるような形で、アルに耳元で囁かれる。
 柔らかく響く声色に思わず背筋がぞくりとする。

「人が多いからはぐれるぞ。おとなしくエスコートされてろ」
「えっ……あっ……はい」

 リーズは頬を赤らめ、うつむいた。その様子を見たアルがにやりと扇情的な笑みを浮かべる。

「なに? ドキっとした?」
「し、してない。してないけど……」
「けど?」
「なんか、近くない? いつものアルじゃないっていうか……」

 手を繋ぐのはもちろんのこと、そもそもの距離感が今日はやけに近い。それに昼間だというのに、彼の表情も声もなんだかやけに色っぽいのだ。

(う~ん。アルが変わったんじゃなくて、私が変なのかな?)

 リーズは熱を帯びた自身の頬を触りながら、アルを見上げた。彼は涼しい顔でけろりと言ってのける。

「ジーク様の真似事で紳士ぶるのはもうやめた。僕は僕だしね」

 言い終わるやいなや、アルはリーズのこめかみにちゅっと音をたててキスを落とす。

「ひゃあ」

(こ、こんな調子で私の心臓大丈夫かしら?)

 心臓は大変だったけれど、デートはとても楽しかった。あっという間に夕刻になってしまったように感じる。
 赤く染まった西の空を見上げながらアルが言う。

「そろそろ帰るよ」
「えっ、もう? もうちょっと……」

 せっかくのデートの余韻を楽しみたいとリーズは思ったが、アルはどうしてか早く帰りたい様子だった。

(アルは楽しくなかったのかな……)

 リーズの瞳に不安げな色が浮かぶ。するとアルはすぐにそれを見透かして、ポンポンとリーズの頭を軽く叩いた。

「楽しかったよ、僕も」

(ずるいなぁ。こういうところはやっぱり大人だ)

 嬉しいような憎らしいような、複雑な気持ちでアルを見ていると、彼はくすりと微笑んだ。

「わかった、わかった。次は泊まりでどこか行こうな」
「そ、そんなこと言ってないし!」
「言われなくても、リーズの考えてることくらい大体わかる」

 アルが早く帰りたがった理由は、城に着くやいなやすぐに判明した。

「リーズ。こっち」

 アルはなぜか城内に入らず、リーズの手をひき中庭へと誘導した。白薔薇のアーチをくぐったふたりをハットオル家のみんなが総出でお出迎えする。ゾフィー婆やとキャロルまで来ている。

「お帰りなさーい」
 
 ノービルド城の中庭は蝋燭でライトアップされ、並べられたテーブルは白いクロスと色とりどりの花々で飾られていた。まるで夜のティーパーティーといった雰囲気だ。

「え、どうしたの? なにかあるの?」

 戸惑っているリーズの手をひくのはエイミだ。

「リーズは支度があるからこっちね!」
「はい。このドレスに着替えて、その後は髪を整えるからね」

 キャロルが手にしているのは、宝石がふんだんにあしらわれたゴージャスな純白のドレスだ。
 
 「えっ……待って、私なにも聞いてないけど」
「うん。言ってないもの」
「ね~」

 エイミとキャロルは楽しそうに笑い合う。ふたりの手によって、リーズはあっという間に初々しい花嫁姿に変身した。

「きゃ~リーズちゃん、似合う!かわいいわぁ」
「ほんとに! すっごく綺麗!」
「えーっと……これは……」

 タネ明かしをしてくれたのはエイミだった。

「えへへ。誕生日プレゼントのサプライズ結婚パーティーです。アルの発案よ」
「アルの!?」

 それに一番驚いた。

「うん。ずいぶん前からリーズが十八歳になる日にしたいって計画してくれてたんだよ」
「……そうなんだ」

 アルは自分との結婚をきちんと考えてくれていたのだ。その事実がリーズにはたまらなく嬉しくて、自然と口元が緩んでしまう。

「うっ……ぐす……うぅ……」
「あのですね、ジーク様。神父役がそんなんじゃ、式が全然進まないんですけど」

 腕を組んで登場した新郎新婦を見た途端に号泣してしまったジークをアルがなだめている。リーズもハンカチを貸したが、ぼろぼろ流れるジークの大粒の涙は止まる気配もない。

 リーズは隣に立つアルをちらりと横目で見た。黒いタキシードに身を包んだ彼は本当に素敵で、胸がきゅんと高鳴る。

(初恋は実らないっていうけど……実っちゃったなぁ、私は)

 これまで彼と過ごした日々を思い返しながら、リーズは圧倒的な幸福感に酔いしれた。

「アル」
「なに?」
「ありがとう。サプライズ結婚式、すっごく嬉しい。あの日、助けてくれたのがアルでよかった」
「うん」

 リーズが言うと、アルは彼らしくもない柔らかで優しい笑みを浮かべた。

「でもね、アル。いっこだけ言わせて!」
「なんだ?」
「こんなに素敵な結婚式を企画してくれてたなら、やっぱり初夜は取っておけばよかったわ~」

 今夜が初めてだったなら、さぞかし美しい思い出になっただろうに。リーズはせっかちな自分の性分を心底悔やんだ。
 アルは呆れきった顔でリーズを見返す。

「なんだ、そりゃ。あの日も初夜。今夜も初夜ってことにすればいいだろうが」
「そ、それはなんか違う~」
「そもそも、あの日けしかけたのはお前のほうだろ」
「わぁ~みんなの前でそういうこと言わないでよー」

 ジークの泣き声とリーズの叫び声がノービルド城の中庭にこだました。



 





 









 















 



 
しおりを挟む

処理中です...