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番外編 リーズの結婚3

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 コンコン。

 控えめに扉を叩くその音で、リーズはのそのそと身体を起こした。泣き疲れてふて寝しようとしたが、なかなか寝つけないでいたところだった。

「はぁい、誰?」

 ベッドからおりつつ、扉の向こうの相手に話しかける。

「……僕だ。起きてるなら入れてくれ」

 それを聞いたリーズはぴたりと動きを止めた。アル以外の相手なら扉を開けて迎え入れるつもりだったが、相手がアルなら話は別だ。
 彼の顔を見たい気分ではないし、泣きはらした顔を見られるのも嫌だった。

「もう寝たわ」

 リーズはつんとした声でそう答える。

「前言撤回。起きてなくても入れてくれ」

 アルは言うと、かちゃりと部屋の扉を開けた。鍵をかけているわけではないから開くのは当たり前なのだが、アルが許可なく入ってきたことに驚いた。彼は口は悪いが、育ちはいいので行動は紳士的なのだ。

「ちょっと! レディーの部屋に勝手に入るなんて最低よ」
「それはあとで、きちんとわびる。今は許してくれ」

 そんなふうに素直に言われては、これ以上怒りづらい。リーズは渋々ながら、彼を部屋に招き入れた。
 ソファをすすめたが、彼は扉の前に立ったまま動かない。

「なにしにきたの?」

 リーズが言うと、彼は射抜くような鋭い眼差しをリーズに向けた。アルの美しい碧眼に見つめられると、そわそわして落ち着かない気持ちになる。
 アルはゆっくりとリーズに近づくと、そっと頬に触れた。その瞬間、リーズの背筋がぞくりと震えた。アルの持つ色香に惑わされそうだ。

「泣いてたのか? ……悪かったよ」

 アルの声はらしくもなく優しい。だが、優しくされるとよけいに惨めになる。
 リーズはうつむき、ゆるゆると首を振った。

「謝らなくていい。私が子供で……アルがその気になれないのは、アルのせいじゃないもの」

 リーズは顔をあげると、無理やりの笑顔を作ってアルに笑いかけた。

「三年前の約束はもう忘れてもいいよ。大人になれば年の差なんてって思ってたけど……そんなに簡単じゃなかったね」

(アルの目にうつる私は、きっといつまで経っても子供のままなんだろう)

 悲しいけど、アルが悪いわけではない。誰も責められないことだ。

「アルが私を好きになろうとしてくれただけで、十分だよ。嬉しかったな」

 リーズの瞳から涙があふれ、頬をつたい流れ落ちていく。

「あれ? ごめんね、なんか止まらないや」

 その涙をペロリとアルが舐めとった。

「ひゃあ」

 驚きのあまり、リーズの涙がぴたりと止まった。アルはそのまま、今度は唇を奪う。
 息つく間もないほどの、性急で激しいキスだった。それでいて、痺れるように甘い。リーズの知らなかった、大人のキスだ。

「思い込みで話をすすめて、勝手に終わりにするな」

 こつんと額をぶつけながら、アルが言う。

「でも、大体合ってるでしょ?」
「ひとつも合ってない。その気にならないなんて、いつ誰が言った?」
「言われなくても……なんとなく?」

 アルはペチンとリーズのおでこを軽く叩く。

「いたっ」
「子供のわりに賢いと思ってたけど、そうでもないな。やっぱり馬鹿だ、子供だから」

 リーズはむっとして、アルをにらみつける。

「子供、子供って言わないでよ! アルにそれを言われるのが一番傷つくんだから」
「言い聞かせてるんだよ、自分に」

 アルははぁーと深いため息を落とした。リーズは彼の言いたいことがよくわからず、きょとんとするばかりだ。

「……好きだよ。そばにいると理性が吹っ飛びそうになるほどリーズが好きだ」

 リーズを見つめる彼の目は熱っぽく真剣だった。

「そ、そうなの?」
「そうだ」
「う、嬉しいけど……でも、ごめん。そういう台詞、アルに似合わなすぎて……と、鳥肌が」

 リーズは自分の二の腕をぎゅっと抱きしめた。

「あぁ、もう! だったら、言わせるな。察しろ」
「察せないわよ、あんな態度じゃ! 私はたしかに賢いけど、超能力者じゃないんだから」

 ぱちりとふたりの視線がぶつかった。どちらからともなく、ふっと笑みがこぼれた。

「似合わなくて悪かったな」
「うん、最高に似合わなかったけど……でも今までで一番かっこ良かった! ねぇ、アル?」
 
 リーズは上目遣いにアルを見つめた。アルも目を逸らさない。

「さっきのキス、もう一度してみて」

 呆れた顔でアルは言う。

「……僕の話、ちゃんと聞いてたか?」
「聞いてたよ。でもね、理性の飛んだアルも見てみたいなって……」

 リーズの言葉を最後まで待たずに、アルはその柔らかな唇を塞いでしまった。

「リーズが十八になるまでは待とうと決めてたんだけどな……ジーク様ならきっとそうするから」
「なによ、それ」

 アルが思わず明かした胸のうちに、リーズは笑いが止まらなくなった。

「そうね、ジーク様ならそうするかもね。でも、アルはジーク様じゃないでしょ。アルの気持ちが知りたいの」
「そうだな……僕は……もう待てない」

 アルはリーズを抱きかかえると、そのままぎゅっと強く抱きしめた。

 





 

 






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