52 / 56
番外編 リーズの結婚2
しおりを挟む
リーズが去った後の部屋は、やけに静かで寒々しく感じられた。
アルは書類仕事の手を止めると、天井を仰いだ。ふーと細く息を吐く。
彼女はよく晴れた日の太陽のようだとアルは思う。ギラギラとその存在を強く主張してきてちょっと鬱陶しいくらいなのだが、だからといってその姿が見えない日が続くとやはり寂しい。彼女のもたらす明るさと温もりが恋しくてたまらなくなる。
リーズに初めて会った日のことは、まるで昨日のことのように鮮明に思い出せる。アルの足にすがりついて、泣きじゃくっていた幼い少女。小さく儚いこの生き物を、なんとかして助けてやりたいと強く思った。
ジーク以外の人間にはとことん冷淡だったアルが、そんなふうに思うのは奇跡的なことだった。
あの思いは今も変わってはいない。あらゆる災厄を遠ざけ、優しく美しい思い出だけで彼女の人生を彩ってやりたいと願っている。当然、近づく害虫はすべて振り払うつもりだった。
アルは両手で顔を覆うと、ひとりごちた。
「まさか僕自身が害虫になるとはねぇ……人生なにがあるかわからないな」
リーズを託すとすれば、その相手はジークのような男だけだと思っていた。彼のように強く、優しく、誠実な男でなければ、到底許せないと。どう考えても自分は害虫の側だろう。
先程目にしたリーズのしなやかな身体が、目に焼き付いて離れない。
子供だと思っていた。ほんの少し前までは、「子供だから」という言葉だけで自分を抑えることができた。
だが……いつの間にかリーズは自分に追いつこうとしている。甘い香りを纏う、大人の女になろうとしていた。
その事実にアルは戸惑っていた。急に大人になってしまったリーズをどう扱っていいのかわからない。どこまでは許されて、どこからが駄目なのか……それをすんなりと判断し実行できるほどには、アルも大人ではない。
このところの自分の冷たい態度にリーズが悩んでいるのはわかっていた。それでも、取り返しのつかない傷をつけるよりはマシだろうとアルは考えていたのだが……。
「結局、傷つけたな」
部屋を出ていく彼女の、今にも泣き出しそうだった顔が脳裏に浮かぶ。
「はぁ……これは取り返せるのか?」
リーズはまだ許してくれるだろうか。それとも、これは致命傷なのか。そんなことすらアルには判断がつかなかった。
「僕って賢いと思ってたんだけどな」
アルはジークの部屋をたずねた。
思い悩む様子のアルを見たジークは少し嬉しそうに笑った。
「いつもと逆だな」
「その通りですよ。そして、ジーク様もびっくりのしょうもない悩みですよ」
アルの話を聞いたジークからのアドバイスは、単純明快なものだった。
「アルの胸のうちをすべて明かして、謝れ。それしかない」
「いや、その胸のうちがよくわからないと言ってるのであって……」
アルの反論にジークは首をひねった。
「至極簡単じゃないか。リーズが急に綺麗になって自制がきかなくなって戸惑っているというだけのことだろう?」
アルは青ざめた。
「それを……僕が……あいつに言うんですか?」
「うむ。今すぐ言ってこい」
「かっこわる……」
そんなことを口にするくらいなら、死んだほうがマシな気がする。素直じゃないアルにはあまりにもハードルが高かった。
「かっこつけるためだけに、リーズを失うことになっても後悔しないか?」
「それは……」
「お前には黙ってたが、リーズはモテるぞ。毎月縁談の話が山ほど届いている。ほら、この男なんかなかなか良い相手で……」
縁談相手のプロフィールらしきものをジークはアルに見せようとする。見たくもないがちらりと見えてしまった相手の肩書きはそれはそれは立派なもので、アルはとうとう観念した。
「あぁ、もう! わかりましたよ、 リーズと話してきます!」
ジークにそう叫ぶと、部屋を出ていこうとする。そのアルの背中にジークは声をかけた。
「アル! 今のかっこわるいアル、すごくかっこいいと俺は思うぞ」
「……どーも」
※まだ続きます~。私のなかでリーズは巨乳ちゃんなイメージです。お父さん的思考(大事にしたい!)と恋人的思考(そろそろいいだろ~)で悩むアルを書きたかっただけのお話。
アルは書類仕事の手を止めると、天井を仰いだ。ふーと細く息を吐く。
彼女はよく晴れた日の太陽のようだとアルは思う。ギラギラとその存在を強く主張してきてちょっと鬱陶しいくらいなのだが、だからといってその姿が見えない日が続くとやはり寂しい。彼女のもたらす明るさと温もりが恋しくてたまらなくなる。
リーズに初めて会った日のことは、まるで昨日のことのように鮮明に思い出せる。アルの足にすがりついて、泣きじゃくっていた幼い少女。小さく儚いこの生き物を、なんとかして助けてやりたいと強く思った。
ジーク以外の人間にはとことん冷淡だったアルが、そんなふうに思うのは奇跡的なことだった。
あの思いは今も変わってはいない。あらゆる災厄を遠ざけ、優しく美しい思い出だけで彼女の人生を彩ってやりたいと願っている。当然、近づく害虫はすべて振り払うつもりだった。
アルは両手で顔を覆うと、ひとりごちた。
「まさか僕自身が害虫になるとはねぇ……人生なにがあるかわからないな」
リーズを託すとすれば、その相手はジークのような男だけだと思っていた。彼のように強く、優しく、誠実な男でなければ、到底許せないと。どう考えても自分は害虫の側だろう。
先程目にしたリーズのしなやかな身体が、目に焼き付いて離れない。
子供だと思っていた。ほんの少し前までは、「子供だから」という言葉だけで自分を抑えることができた。
だが……いつの間にかリーズは自分に追いつこうとしている。甘い香りを纏う、大人の女になろうとしていた。
その事実にアルは戸惑っていた。急に大人になってしまったリーズをどう扱っていいのかわからない。どこまでは許されて、どこからが駄目なのか……それをすんなりと判断し実行できるほどには、アルも大人ではない。
このところの自分の冷たい態度にリーズが悩んでいるのはわかっていた。それでも、取り返しのつかない傷をつけるよりはマシだろうとアルは考えていたのだが……。
「結局、傷つけたな」
部屋を出ていく彼女の、今にも泣き出しそうだった顔が脳裏に浮かぶ。
「はぁ……これは取り返せるのか?」
リーズはまだ許してくれるだろうか。それとも、これは致命傷なのか。そんなことすらアルには判断がつかなかった。
「僕って賢いと思ってたんだけどな」
アルはジークの部屋をたずねた。
思い悩む様子のアルを見たジークは少し嬉しそうに笑った。
「いつもと逆だな」
「その通りですよ。そして、ジーク様もびっくりのしょうもない悩みですよ」
アルの話を聞いたジークからのアドバイスは、単純明快なものだった。
「アルの胸のうちをすべて明かして、謝れ。それしかない」
「いや、その胸のうちがよくわからないと言ってるのであって……」
アルの反論にジークは首をひねった。
「至極簡単じゃないか。リーズが急に綺麗になって自制がきかなくなって戸惑っているというだけのことだろう?」
アルは青ざめた。
「それを……僕が……あいつに言うんですか?」
「うむ。今すぐ言ってこい」
「かっこわる……」
そんなことを口にするくらいなら、死んだほうがマシな気がする。素直じゃないアルにはあまりにもハードルが高かった。
「かっこつけるためだけに、リーズを失うことになっても後悔しないか?」
「それは……」
「お前には黙ってたが、リーズはモテるぞ。毎月縁談の話が山ほど届いている。ほら、この男なんかなかなか良い相手で……」
縁談相手のプロフィールらしきものをジークはアルに見せようとする。見たくもないがちらりと見えてしまった相手の肩書きはそれはそれは立派なもので、アルはとうとう観念した。
「あぁ、もう! わかりましたよ、 リーズと話してきます!」
ジークにそう叫ぶと、部屋を出ていこうとする。そのアルの背中にジークは声をかけた。
「アル! 今のかっこわるいアル、すごくかっこいいと俺は思うぞ」
「……どーも」
※まだ続きます~。私のなかでリーズは巨乳ちゃんなイメージです。お父さん的思考(大事にしたい!)と恋人的思考(そろそろいいだろ~)で悩むアルを書きたかっただけのお話。
0
お気に入りに追加
1,215
あなたにおすすめの小説
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
【完結】わたしはお飾りの妻らしい。 〜16歳で継母になりました〜
たろ
恋愛
結婚して半年。
わたしはこの家には必要がない。
政略結婚。
愛は何処にもない。
要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。
お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。
とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。
そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。
旦那様には愛する人がいる。
わたしはお飾りの妻。
せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
運命の番でも愛されなくて結構です
えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。
ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。
今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。
新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。
と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで…
「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。
最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。
相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。
それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!?
これは犯罪になりませんか!?
心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。
難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
恋愛
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる