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番外編 リーズの結婚
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月日の流れは早いもので、リーズはもうすぐ十八歳の誕生日を迎える。
エイミは昨年双子の女の子を出産し、母親になった。それにも関わらず相変わらずジークとはラブラブで、あのふたりの周りにはいつもお花が咲き乱れている。
アンジェラはその美少女ぶりにますます磨きをかけており、ナットは少しずつ貴族の子弟らしい雰囲気を纏うようになっていた。
三つ子達はやんちゃざかりだ。双子の赤ちゃんとエイミを取り合っては、毎日大騒ぎをしている。
リーズは小さくため息をついた。
「みんな変わっていくのよね。変わらないのは……この男だけだわ」
リーズは涼しい顔で書類仕事をこなしているアルをきっとにらんだ。
お風呂あがりに全身にゾフィー婆やお手製の香油をたっぷりと塗って、ちょっとセクシーな夜着を着込んで、こうしてたずねてきたというのに……アルは眉ひとつ動かすこともしなかった。それどころか、「若い娘が肌を冷やすな」などという年寄りじみたお説教までくらってしまった。
(婚約者のはずよね? 私はアルにとって)
三年前、いずれ結婚しようと約束したのだ。だから一応……おそらく……きっと……婚約関係であると言っていいはずだ。
だが、この三年、ふたりの関係にはあまりにも進展がなかった。婚約者どころか恋人と呼べるかどうかすら、怪しいものだ。
(いずれって、いずれって、具体的にいつなのよー!!)
三年前はたしかに子供だった。結婚なんて遠い話だと思われても仕方がなかった。でも、もう違う。まだ大人とは呼べないかも知れないけれど、確実に子供ではない。この国で女性の十八歳は、立派に結婚適齢期だ。
「リーズ。いつまで僕の部屋にいる気だ? 忙しいんだから、用がないなら帰れ」
彼らしいと言えば、彼らしい態度だ。意地悪で素直じゃないのがアルなのだから。
でも、たまには恋人らしい甘さが欲しい。ジークとエイミほどはいらないから、せめてあの半分くらい。
リーズがそう思うのは、贅沢なのだろうか。
「用があるから、来たんです!」
と言いつつ、自分も可愛げのかけらもない物言いをしてしまう。
「なんだ? 早く言え」
「誕生日……私、もうずく誕生日なの!」
「あぁ。来月だろ?」
「覚えててくれたの?」
リーズの声は嬉しさに弾んだ。が、どうやらぬか喜びだったようだ。
「少し前にトマス爺と烏ちゃんが誕生日パーティーの相談をしてたからな」
リーズはむぅと唇を尖らせた。たとえそれで思い出したのだとしても、言わなくていことじゃないか。
「もうっ。アルは本当に気が利かなないんだから。そこはもちろんだよ、ハニーとでも言ってくれればいいのに」
「気が効かなくて悪かったな。で、誕生日がどうしたんだ? なにか欲しいのか?」
色気もなにもあったものじゃない。だが、これがアルなのだ。もはやリーズもそこには期待していない。
「デート! プレゼントはいらないから、誕生日くらいデートしてよ」
「……わかった。街にでも連れて行けばいいか?」
「うん! 街でも湖でも森でも、ふたりならどこでもいいわ。約束よ、絶対だからね」
強引に取りつけたデートの約束だったが、それでもリーズは嬉しかった。
アルはノーとは言わなかった。それだけで十分だ。
リーズはアルの後ろにまわりこむと、座っている彼の背中にぎゅーと力強く抱きついた。
「約束破ったら、許さないからね」
「わかったから。用がそれだけなら早く帰れ。そんで、さっさと服を着ろ」
「ちゃんと着てるわよ。オシャレな夜着を」
「子供のくせになにがオシャレだ。腹を冷やして風邪ひくのがオチだろうが」
「…………」
子供。そのひと言がリーズの心を深く傷つけ、怒りの導火線に火をつけた。
反応がないことに気がついたアルが振り返る。
「どうした?」
リーズはうつむき、唇を噛みしめている。その様子を見たアルは小さくため息を漏らした。その態度がまたリーズを怒らせる。
「……子供じゃないもん。もう子供じゃない! 私のこと、ちゃんと見てよ」
言いながら、リーズは夜着のボタンを外していく。なめらかな白い肌も、三年前よりずっと成長した胸も、すべてをさらけ出してみたというのに、アルはやっぱり眉ひとつ動かさなかった。
「風邪をひくと言っているだろ」
アルは無表情のままリーズの服を整え、さらには自分の上着を脱いでリーズの肩にかけた。
リーズはその上着をはぎ取り、アルの顔に投げつけてやった。
「うわっ」
「もういい! アルなんてだいっ嫌い」
リーズはバタバタと大きな足音をたてて、アルの部屋を飛び出していった。
(見てたよね。しっかり見てたのに……ぜんっぜん、反応なかった)
リーズは自分で思っていた以上のダメージを受けていた。捨て身の作戦に完全敗北してしまったからだ。
あんなことしなければよかったと今さら後悔してみるが、もう遅い。アルは自分を女性として見てはいないのだ。
その事実をむざむざとつきつけられてしまった。
(わかってるわよ。アルから見れば子供なことくらい。でも年の差はどうにもならないじゃない! いくら頑張ったって、永遠にアルには追いつけない……)
エイミは昨年双子の女の子を出産し、母親になった。それにも関わらず相変わらずジークとはラブラブで、あのふたりの周りにはいつもお花が咲き乱れている。
アンジェラはその美少女ぶりにますます磨きをかけており、ナットは少しずつ貴族の子弟らしい雰囲気を纏うようになっていた。
三つ子達はやんちゃざかりだ。双子の赤ちゃんとエイミを取り合っては、毎日大騒ぎをしている。
リーズは小さくため息をついた。
「みんな変わっていくのよね。変わらないのは……この男だけだわ」
リーズは涼しい顔で書類仕事をこなしているアルをきっとにらんだ。
お風呂あがりに全身にゾフィー婆やお手製の香油をたっぷりと塗って、ちょっとセクシーな夜着を着込んで、こうしてたずねてきたというのに……アルは眉ひとつ動かすこともしなかった。それどころか、「若い娘が肌を冷やすな」などという年寄りじみたお説教までくらってしまった。
(婚約者のはずよね? 私はアルにとって)
三年前、いずれ結婚しようと約束したのだ。だから一応……おそらく……きっと……婚約関係であると言っていいはずだ。
だが、この三年、ふたりの関係にはあまりにも進展がなかった。婚約者どころか恋人と呼べるかどうかすら、怪しいものだ。
(いずれって、いずれって、具体的にいつなのよー!!)
三年前はたしかに子供だった。結婚なんて遠い話だと思われても仕方がなかった。でも、もう違う。まだ大人とは呼べないかも知れないけれど、確実に子供ではない。この国で女性の十八歳は、立派に結婚適齢期だ。
「リーズ。いつまで僕の部屋にいる気だ? 忙しいんだから、用がないなら帰れ」
彼らしいと言えば、彼らしい態度だ。意地悪で素直じゃないのがアルなのだから。
でも、たまには恋人らしい甘さが欲しい。ジークとエイミほどはいらないから、せめてあの半分くらい。
リーズがそう思うのは、贅沢なのだろうか。
「用があるから、来たんです!」
と言いつつ、自分も可愛げのかけらもない物言いをしてしまう。
「なんだ? 早く言え」
「誕生日……私、もうずく誕生日なの!」
「あぁ。来月だろ?」
「覚えててくれたの?」
リーズの声は嬉しさに弾んだ。が、どうやらぬか喜びだったようだ。
「少し前にトマス爺と烏ちゃんが誕生日パーティーの相談をしてたからな」
リーズはむぅと唇を尖らせた。たとえそれで思い出したのだとしても、言わなくていことじゃないか。
「もうっ。アルは本当に気が利かなないんだから。そこはもちろんだよ、ハニーとでも言ってくれればいいのに」
「気が効かなくて悪かったな。で、誕生日がどうしたんだ? なにか欲しいのか?」
色気もなにもあったものじゃない。だが、これがアルなのだ。もはやリーズもそこには期待していない。
「デート! プレゼントはいらないから、誕生日くらいデートしてよ」
「……わかった。街にでも連れて行けばいいか?」
「うん! 街でも湖でも森でも、ふたりならどこでもいいわ。約束よ、絶対だからね」
強引に取りつけたデートの約束だったが、それでもリーズは嬉しかった。
アルはノーとは言わなかった。それだけで十分だ。
リーズはアルの後ろにまわりこむと、座っている彼の背中にぎゅーと力強く抱きついた。
「約束破ったら、許さないからね」
「わかったから。用がそれだけなら早く帰れ。そんで、さっさと服を着ろ」
「ちゃんと着てるわよ。オシャレな夜着を」
「子供のくせになにがオシャレだ。腹を冷やして風邪ひくのがオチだろうが」
「…………」
子供。そのひと言がリーズの心を深く傷つけ、怒りの導火線に火をつけた。
反応がないことに気がついたアルが振り返る。
「どうした?」
リーズはうつむき、唇を噛みしめている。その様子を見たアルは小さくため息を漏らした。その態度がまたリーズを怒らせる。
「……子供じゃないもん。もう子供じゃない! 私のこと、ちゃんと見てよ」
言いながら、リーズは夜着のボタンを外していく。なめらかな白い肌も、三年前よりずっと成長した胸も、すべてをさらけ出してみたというのに、アルはやっぱり眉ひとつ動かさなかった。
「風邪をひくと言っているだろ」
アルは無表情のままリーズの服を整え、さらには自分の上着を脱いでリーズの肩にかけた。
リーズはその上着をはぎ取り、アルの顔に投げつけてやった。
「うわっ」
「もういい! アルなんてだいっ嫌い」
リーズはバタバタと大きな足音をたてて、アルの部屋を飛び出していった。
(見てたよね。しっかり見てたのに……ぜんっぜん、反応なかった)
リーズは自分で思っていた以上のダメージを受けていた。捨て身の作戦に完全敗北してしまったからだ。
あんなことしなければよかったと今さら後悔してみるが、もう遅い。アルは自分を女性として見てはいないのだ。
その事実をむざむざとつきつけられてしまった。
(わかってるわよ。アルから見れば子供なことくらい。でも年の差はどうにもならないじゃない! いくら頑張ったって、永遠にアルには追いつけない……)
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