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ハットオル家の一大事1

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ぐっすりと眠りこむエイミの横でジークが眠れぬ夜を過ごしていた、ちょうどそのころ、二人の留守中のノービルド城をひとりの老爺が訪ねてきた。

「客? 約束もなしに、こんな時間にか?」

お風呂上がりだったアルは、リーズの呼びかけに裸のまま応じた。

「きゃっ! 服くらい着てから出てきてよ。アルの変態!」

リーズは顔を真っ赤にして、すごいスピートでくるりと回ってアルに背を向けた。

(……こいつ、こんなにかわいかったか?)

最近やけにリーズがかわいく見える。アルは軽く目をこすってみたが、耳まで赤くしている小さな背中
はどうしようもないほど愛おしかった。

アルは衝動のままに彼女の背中を抱きしめた。

「こんなことで照れてたら、いつまでも大人になれないだろ」
「照れてないわよ! マナーとか恥じらいとか、そういう問題です」

憎まれ口も、ちっとも憎らしくない。

「早く大人になれ。--そんなには、待てない」

これ以上くっついてると、大人げないことをしてしまいそうだ。
アルは柔らかな頬に口づけしたい衝動をなんとか抑えて、リーズの体を解放した。

夜着をはおりながら、リーズに問う。

「変な奴じゃないのか?」

そもそも、残虐公爵の城を好きこのんで訪ねてくる奴はいない。それだけで、立派に変な奴だ。

「品のいい紳士よ。とても大切な用件だって言うから、追い返せなくて」
「ふぅん」

リーズの言う通り、応接間で待っていたのは見るからに金持ちそうな男だった。

年はトマス爺と同じくらいだらうか。身につけている衣服も持ち物も、上質で値がはりそうだ。

「あいにく、当主は留守にしておりまして。どういったご用件でしょうか?」

アルは外向きの笑顔を作って、彼に話しかけた。
アルの声に、男がぱっと顔をあげた。風格のある、やはり上流階級の人間と思わせる顔つきだった。だが、その表情はやけにかたい。

楽しい話ではなさそうだな。アルはそう思いながら、男の正面に腰をおろした。

「実は……こちらにナットという少年がいるとうかがいまして」

子供達の話が出てくるとは、アルも想像していなかった。ナットがどこぞかで、なにかやらかしたのだろうか。彼も多感な年頃だ。色々あるのかも知れない。

「えぇ。おりますが、彼がなにか?」

アルの返事を聞くやいなや、男は突然立ち上がり、アルにすがりついてきた。

女性に抱きつかれることは多いが、爺さんに抱きつかれたのなんて初めてかもしれない。

「ナットを、ナットを返していただきたい!」



「えっと、それじゃ、つまり……そのお爺さんはナットの本物のお爺ちゃんだってことですか?」
「最初からそう言ってるじゃないか。理解が遅いな、烏ちゃんは」
「ごめんなさい。あんまり急な話だから……」

エイミとジークは王都から帰宅するとひと息つく間もなく、待ち構えていたアルにつかまって話を聞かされた。

「本当に間違いないのか?」

エイミの目には、ジークはずいぶんと冷静そうに見えた。ジークの問いにアルは頷く。

「もちろん、すぐに裏は取りました。訪ねてきた老爺はティーザー伯爵本人に間違いありません。ティーザー家はスーザ地方の名士で、かなり裕福なようです。伯爵のひとり娘だったティアナ嬢は旅芸人の男と駆け落ちして長いこと行方知れずだったようです」
「ふむ……。では、そのティアナ嬢とやらの息子がナットだと言うのだな」
「ほぼ間違いはなさそうです。それに……」
「なんだ?」
「よく似てるんですよ、あの老爺とナットは。髪と瞳も同じ色で……」
「そうか」

ジークは短く息をはくと、天井を仰いだ。

ジークの心中はエイミには読み取れない。

「夕食のときにでも、ナットに話をしようか」

ジークは落ち着いた声で、それだけ言った。

「はぁ!?」

話を聞いたナットは驚きのあまり、口からスープを吐き出しかけた。隣のリーズがあわててナットの口を塞いでいる。

ごくり、と、スープをなんとか飲み込んだナットが口を開く。

「いや、なにかの間違いじゃねぇ?
ぼんやりとしか記憶ないけど、母さん、そんないいとこのお嬢さんて感じじゃなかったもん。貧乏だったし」
「金も力もない男と駆け落ちしちゃったみたいだからね」

アルが解説する。

「父親の話はしてくれたことなかったな……」
「まぁ、駆け落ちなんてのは、大半がバットエンドを迎えるものさ」
「だいたい、ティアナなんて名前じゃなかった。俺の母さんは、アンナだ」
「伯爵はしばらくの間は血眼になって娘を探したそうだから。見つかりたくなきゃ、本名は隠すだろうよ」

アルにそう言われても、ナットはいまいち信じきれないようだ。

それはそうだろう。存在も知らなかった祖父が突然現れて、すぐに感動の再会という気分になれないのはエイミでもわかる。

ナットは困った顔のまま、話を続ける。

「それにさ、その爺さんが俺の本物の爺さんだったとして……どうしろって言うんだ? 死んだら、葬式でもあげてやればいいの?」

それには、ずっと黙っていたジークが口を開いた。

「ティーザー伯爵は、血のつながった孫と一緒に暮らしたがっている。それに、伯爵家には跡取りがいない。ナットに跡を継いで欲しいそうだ」

ナットはぴくりと眉をつりあげた。
いつもの生意気そうな瞳が不安げに揺らいだ。

「そんな会ったこともない爺さんの都合なんて、知るかよっ」
「では、会ってやれ。話くらいは聞いてやれ」

ジークの声は決して冷たいわけじゃない。言っていることも正しいのだろう。

けれど……エイミにはナットの気持ちが痛いほどに伝わってきた。ナットはお祖父さんに会いたくないわけじゃないのだ。ナットが不安に思っていることは、きっと……。

「出てけってことかよ?」

絞りだすような声でナットは言う。

「俺は身寄りのない孤児を預かっているだけだ。返すべき場所が見つかっなのなら、返すべきだと、そう思っている」

ジークはナットの顔を見なかった。
ガタンと乱暴な音をたてて、ナットは立ち上がった。

「わかったよ、出てけばいいんだろ。いいよ。継いでやるよ、そのなんとか家ってやつ」

ナットは吐き捨てるように言うと、リーズの制止を振り切って部屋を出て行った。

「……私も。ジーク様には悪いけど、今回ばかりはナットの味方よ」

リーズはそう言って、ナットを追いかけて出て行った。

「……僕は参加しませんよ。こんな陳腐な茶番劇には」

アルは軽く肩をすくめると、何事もなかったように食事を続ける。


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