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王都へ1

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堤防工事は予定よりずいぶん早く終わった。エイミに会いたい一心で、ジークが十人前くらいの働きを見せたからだ。

お坊ちゃん育ちで、肉体労働には縁のなかったゾーイも、彼なりに一生懸命頑張った。全然役には立たなかったが……まぁ、なにせゾーイのことだ。働いたというだけで、立派なものだろう。

ちなみにアルは、口は出すが手は一切動かさない主義だった。

「おかえりなさい! ジーク様」

エイミは帰宅した夫を、満面の笑みで出迎える。

「ただいま。留守を守ってくれて、ありがとう。子供達は元気か?」
「はい、もちろん! みんな、ジーク様の帰りをこころ待ちにしていましたよ」

子供達とたわむれるジークの後ろ姿をエイミは愛おしそうに見つめていた。

(あぁ、やっぱりジーク様がいてこそのハットオル家だわ)

主の不在で、エイミも気を張っていたのだろう。ジークの無事の帰宅に安心したら、どっと疲れが出てしまった。その様子に気がついたジークがエイミの背中をそっと支える。

「大丈夫か? 長いこと不在にして悪かったな」

エイミはあわてて首をふり、シャンと背筋を正した。

「いえ、いえ! 大事なお仕事ですもの。留守を守るのは妻の努めです」 

その言葉を聞いたジークは、ふっと微笑んだ。

「……なにか?」
「いや。ためらわずに妻と言ってくれるようになったのだなと。以前は恥ずかしそうに口籠っていたから」

言われてみれば、そうだった。少し前までは、妻だなんて実感がわかず、言葉を濁してごまかしていた。

この前ジークを怒鳴りつけたことだって、以前のエイミならとても考えられないことだった。

「いやだ。私ってば、図々しくなったのかしら」

エイミは恥ずかしくなった。ジークや城のみんなが優しいから、自分は知らず知らずのうちに調子に乗っていたのかもしれない。

妻らしいことなんて、なにひとつこなせていないくせに偉そうに妻だなんて……。元々、子守りのスキルをみこまれただけなのに……。

しゅんと肩を落としてしまったエイミに、ジークはあわてて声をかける。

「いや、違うんだ! その……嬉しいんだ。エイミが当たり前のように俺の妻だと言ってくれることが。俺は、エイミに無理を言って結婚してもらったようなところがあったから」
「無理なんて! そんなことは決してありません! ジーク様が結婚して欲しいと言ってくれたことは、私の人生で一番嬉しい出来事でした」

エイミがきっぱりとそう言うと、ジークはほっとしたように息をついた。

「そうか……。では、これからも恥ずかしがらずに俺の妻だと言ってくれるか?」
「は、はい。ジーク様が嫌じゃなければ……」

「つっこまないの、アル。いつもみたく、うっとうしい~って」

リーズは横目でアルを見た。彼はふたりの世界に浸りきっているジークとエイミを冷めた目で見据えている。

「いやー。なんかもう、うっとうしずきて関わり合いになりたくないっていうか」
「そうねぇ。お花畑がうつって、こっちの知能指数も下がりそうな感じ」

ふたりはそうっとその場から離れた。

お花畑にいるジークとエイミはそんな外野の動きには全く気がついていない。

「あぁ、そうだ。そういえば、ヒースから泊まりがけで遊びにこないかと誘いがあったんだ」
「ヒースさんから?」

ヒースは結婚式に来てくれたジークの友人だ。大金持ちらしいが気さくで面白い人物だったとエイミは記憶していた。

「うん。堤防工事は予定より早く終わったから、仕事はしばらく余裕があるし、エイミは王都を見てみたいと言ってただろ?」

ヒースの自宅は王都にあるのだ。

「いいんですか?」
「もちろん」
「うわぁ~。楽しみです! 子供達もきっと喜びますね」

エイミが言うと、ジークの表情がぴたりと固まった。

「えっ、なにか?」

おかしなことを言っただろうか。エイミは小首をかしげる。
ジークは意を決したように、エイミの肩をつかんだ。

「あのな、エイミ。その……今回はふたりで、ふたりだけで行かないか?」

ジークの声はおかしなところで裏返り、離れた場所にいたアルがぶはっと盛大にふき出した。



「やぁ、やぁ、やぁ。いらっしゃい! 僕の城へようこそ~」

ヒースは両手を広げて、城門から勢いよく飛び出してきた。勢いあまって小石につまずき、ジークに助けられた。

「……こんなわけのわからん靴をはいてるから、転びそうになるんだぞ」

ジークはヒースの履いている先がものすごく尖ったブーツをいぶかしげに見つめた。

「相変わらずなにもわかってないなぁ、君は。これが流行の最先端なんだ。流行のファッションには危険がつきものさ」

ヒースは襟巻きトカゲのような襟のついた紫色のシャツに小さな青い宝石が散りばめられた白いパンツを合わせている。シャツは視界が狭くなりそうだし、パンツは重くて動きづらそうだ。

(これが最先端なんだ……私には一生、理解できなさそう)

エイミはそう思ったが、なんと、ジークもまったく同じことを思っていた。

「それにしても……ヒースさんのおうち、本当にすごいんですね。王様のお城かと思いました」

エイミは城門からかなりの距離がありそうな城を見上げて言った。

ジークのお城も立派だと思うが、ヒースの城はちょっとレベルが違う。大きく、きらびやかで、これが王宮だと言われたらエイミはなんの疑いもなく信じただろう。

「大きさはともかく、派手さは王宮なみかも知れんな」

ジークは顎を撫でながら、少し呆れたようにつぶやいた。

「失礼な! 王宮なんかより僕の城のほうがよっぽどセンスがいい! さぁ、入って入って。僕のセンスの良さをたっぷりと堪能してくれよ」 

「なんだか目がチカチカしますね、ジーク様」
「うむ。下を向いても、床にまでよくわからん絵が描かれてるからな」

ヒースの城は、装飾過多だった。花・絵画・レースのカーテン・柄物の絨毯、そんなものが洪水のようにあふれていて……目に優しくない。

色彩に乏しいジークの城に慣れたふたりには、なおのことだった。

「ほら。ここがふたりのために用意したゲストルームさ。楽しい時間を過ごしておくれ」

通された部屋がこれまたすごい。すべての調度品がピンクで統一されているのだ。ピンクのソファにピンクのベッドカバー、ピンクの絨毯。室内用のガウンもピンク色だ。

「ピンクは愛を深める色だからね。どうぞ、ごゆっくり。楽しい夜を!」

ヒースは歌うように言って、部屋を出ていってしまった。

ピンクの世界に取り残されたエイミとジークは唖然とするばかりだ。

「見てください、ジーク様! このお酒もピンク色です」

エイミはテーブルのうえに置かれていたボトルを手に取り、ジークに見せた。

「ウエルカムドリンクか。芸が細かいな、あいつは」
「でも、せっかく用意してくださったのだから飲みましょうか」

エイミがグラスを手渡すと、ジークもうなずいた。

「うむ。そうするか」














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