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困った訪問者1

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話は少し過去に__エイミが村を出た直後まで__さかのぼる。

その日、村の大人達は、祝いの宴の準備で慌ただしく働いていた。
子供達はご馳走にありつける数少ない機会ということで、浮かれ騒いでいた。

「見た? 見た? 鹿のお肉がこ~んなにたくさん」
「スープもね、たくさん具が入ってたよ」

調理場をのぞき見に行った子らが、興奮気味にまくしたてる。

「うわ~。もうお腹がすいてきたよ」
「ね~。夜が楽しみ!」

はしゃいでいた子供のうちのひとりが、ふと冷静になって呟いた。

「けどさ……今日はなんのお祝いなんだっけ?」
「あれでしょ、村長のところのゾーイが帰ってくるから」
「でも、出かけてたのってほんの半月くらいでしょ。それも隣の村に」
「その前も王都に数か月遊びに行ってたよね」
「し~っ。遊びにじゃなくて、遊学って言わないと村長に怒られるぞ」

少し年長の少年が少女らをたしなめる。

「ゆうがく? なにそれ、新しい遊び? まぁ、いっか。ゾーイがどこかから帰ってくるたび、ご馳走が食べられるんだもん」
「そう、そう。ゆうがくでもなんでも、ゾーイにはじゃんじゃんお出かけしてもらおう!」

ここは貧しい村だが、村長の家だけはかなり裕福だった。それには理由があって、村長の妹が村の出身とは思えない大層な美人で、玉の輿に乗ったのだ。

嫁ぎ先は村よりずっと大きな街の上級役人の家だった。その妹が度々、小金を融通してくれるため村長はずいぶんと羽振りが良くなった。

話題にあがっているゾーイは、村長の三男坊だ。村長夫妻は歳がいってから生まれたこの末っ子を、目に入れても痛くないとばかりに溺愛していた。

三男なので厳しい教育もいらない。ただただ、甘やかし、猫可愛がりをしているという有様だった。

ゾーイはそれをいいことに、仕事も手伝わずにフラフラと各地を遊び歩くような生活をしていた。大人達の中には「けしからん」と眉をひそめるものもいるが、子供達にはそんなに嫌われてはいない。お馬鹿丸出しで、なんだか憎めない性格をしているからだろうか。

そんなゾーイが遊学(自称)から帰ってきた。

「おうおう、帰ってきたぞ~。みんな、元気だったか?」

ゾーイは新品の無駄にきらびやかな洋服に身を包み、自慢の赤毛も綺麗に整えてあった。肌ツヤもよく、なんなら少し太ったくらいに見える。とても、一生懸命勉強をしてきたようには思えないが、そんなことはみんなわかっているから何も言いやしない。

「お帰り、ゾーイ。楽しかった?」
「今回のお土産は~?」

求められているのはお土産のほうなのだが、ゾーイはもったいぶった口調で遊学の成果を語り始めた。

「うんうん、今回の遊学は実にためになった。俺ももう二十歳、立派な大人だ。そこでだな」
「へ~、すごいね」
「さすがゾーイ」

みんなはお土産の入った麻袋を漁るのに夢中で、気のない適当な相槌を返すばかりだ。
だが、そんなことを気にするゾーイではない。というか、お馬鹿なので空気を察したりはできないのだ。

「俺はついに結婚することにしたぞ! みんな、すぐにでも結婚式の準備を始めてくれ」
「へ~すごいね」
「さすがゾーイ………って、えぇ? 結婚?」

ゾーイの支離滅裂な話ぶりに慣れているみんなも、さすがこの発言を聞き流すことはできなかった。

どこぞから女の子をさらってきたのか。その場にいた誰もが、そう考えた。

「結婚って、えーと、誰と?」
勇気ある者がおそるおそる、尋ねた。

「驚くなよ~。俺は常識にはとらわれない型破りの男だからな」

ゾーイはにかっと笑った。
(あぁ、やっぱりさらってきちゃったのか……)
(型破りとは型を極めた人間が使う言葉で……って、ゾーイにわかるはずないか)













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