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リーズの恋2

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「いよいよ明日……なのよね」

バーティ男爵家との縁談を明日に控え、リーズはいまだ着ていくドレスに悩んでいた。
大人っぽい紺色か、清楚でお嬢様風のスミレ色か。

「う~ん」

リーズ自身は明るい黄色が一番好きな色なのだが、子供っぽさが強調される気がして今回は却下した。

(でも、もし、例えば、縁談相手がアルだったら……)

黄色のドレスもありかも知れない。彼の美しい金髪と調和が取れて、きっと素敵だ。瞳の色に合わせて、ペリドットグリーンのドレスも悪くない。それなら、靴は深いグリーンのもので決まりだ。

「って、相手はアルじゃないし!」

はっと我に返ると、ぶんぶんと激しく首を振る。

「もういいや。こっちに決めた」

リーズは紺色のドレスを手にすると、身体に当てて鏡の前に立った。

すごく似合うというわけではないが、落ち着いた印象で悪くない。無難な選択と言えるだろう。

「あとは靴とアクセサリーと……」

リーズが準備を進めていると、部屋に誰かが訪ねてきた。コンコンと扉がノックされる。

「はーい。どうぞ」

エイミが心配してきたのだろうか。そう思って、リーズが扉を開けると、そこに立っていたのはアルだった。

「アル? なんで!?」

思わず、そう叫んでしまった。アルはバツが悪そうに視線を外した。

「ジーク様に言われたんだよ。リーズの明日の準備を手伝うようにって」

(あの気の回らないジーク様がそんな気の利いたことを?)

リーズが不審に思っているうちに、アルがズカズカと部屋にあがりこんできていた。鏡の前にかかっている紺色のドレスを彼はじっと見ている。

「心配いらないってジーク様に伝えて。もう準備も終わるから」

リーズはアルの見ているドレスや靴を片付けようとした。

なぜかはわからないけれど、アルに見られるのは嫌だと思った。似合うと言われても、似合わないと言われても、きっとどちらの言葉も喜べない。そんな気がした。

「これを着ていくの?」
「そうだけど……悪い?」

大人ぶってもちっとも似合わない。そう言われるのだろうか。
アルの答えを聞く前から、なんだか泣きそうな気持ちになる。

「別に。悪かないけど……」

アルは言いながら、リーズのクローゼットを勝手に開けた。

「ちょっと! レディのクローゼットを勝手に開けるなんて失礼よ」

リーズの目の前に、ふわりと一着のドレスが差し出された。春の花畑のような淡く優しい黄色のドレス、リーズの一番のお気に入りのものだ。

「なによ?」
「こっちのが似合う」

アルは仏頂面でそう言った。

「でも、黄色って子供っぽく見えるし」

好きだけど、敢えて避けたのだ。

アルはリーズの腕をぐいっと引っ張って、鏡の前に立たせた。そこに黄色のドレスをあてがう。

「ほら。どう見ても、こっちのほうがいい」
「そ、そうかな?」

リーズは改めて、鏡の中の自分を見た。ドレスの持つ雰囲気のおかげか、ぱっと華やいで見える。思ったより子供っぽくもない。むしろ、紺色のドレスのときより女性らしく、大人っぽい印象だ。でも、それは隣に容姿端麗なアルが立っているせいかも知れない。

(やっぱり、このドレスはアルの隣に映えるのよね)

じっと鏡を見つめていたアルが、ふぅと小さくため息をついた。

「子供……だろ。どう見ても」
「え? なにか言った?」

アルがなにかぼやいたような気がしたが、リーズにはよく聞こえなかった。

「いや、なんでも。それより、やっぱりこれは無しだ! あっちのピンクでも着てけば?」

アルが指差したのは、いかにも子供用なパステルピンクのドレスだった。
サイズも小さくもう着られないから、アンジェラにあげようと出しておいたものだった。

「嫌よ! あれは子供用だもの」
「相手の坊っちゃんもまだ子供だろ。お似合いじゃないか」
「16と23なんて、言うほど変わらないでしょ。彼のほうが精神的にはアルより大人かもね! もう、いいから出てってよ」

口ではそう言っても、やっぱりリーズから見ればアルは大人の男だ。でも、それを認めるのは心底悔しい。

リーズはぐいぐいとアルの背を押し、部屋の外へと追いやった。

アルがいると、落ち着かない。進むはずの準備もちっとも進まなくなるじゃないか。

リーズが部屋の扉を閉めようとしたその瞬間、アルがふとこちらを振り返った。間近で視線がぶつかり合う。

「で、どうする気なんだ?」

アルが問うた。

「どうって……」

挑むような眼差しを向けられ、リーズは戸惑った。心臓がどくんと鳴った。

「その坊っちゃんがいい奴だったら、婚約するわけ?」
「わからないよ、そんなの」
「ふぅん」
「大体、アルになにか関係ある?」
「ないな。なんの関係もない」

アルはさらりと言ってのける。

「もう! だったら口出ししないで!」

リーズはアルを閉め出した。部屋からだけでなく、心の中からも閉め出してしまいたかったけど、アルはとてもしつこかった。一晩中、リーズの心の中に居座り続けたのだ。


翌朝、リーズは目の下にクマのできた顔で顔合わせの場へと向かうことになった。

時間ぎりぎりまで迷ったものの、結局ドレスは紺色のものを着て行った。
アルは昨日と同じ仏頂面で、ジークと共に出かけていくリーズを見送った。

その日の夕方、リーズは夕食前のひとときをエイミと過ごしていた。

「それで、どんな人だったんですか?」
 
エイミは待ちきれないといった様子で、顔合わせのことを訊ねてきた。

「うん……」

リーズは初めて会った少年のことを思い返してみる。

「結構かっこよかった」

優しげな雰囲気で、女の子みたいに綺麗な顔をしていた。

「それに、頭も良さそう」

知識豊富な彼との会話は、話題が尽きることなく、とても楽しいものだった。

「わぁ~素敵な人だったんですね!」

エイミは自分のことのように、嬉しそうに手を叩いた。

「うん、ご両親も素敵な人達だったよ」

ど天然のジークにかかれば大抵の人間は『良い人』という評価になるので、ここはまったく信用してなかったのだが……意外にもバーティ男爵夫妻はジークの言葉通りの好人物であった。

「それじゃ、その彼と婚約するんですか?」

当然のように、エイミがそう聞いてきた。

「ねぇねぇ、エイミは故郷の村に好きな人とかはいなかったの?」

リーズは話題を変えた。彼女の中で、もう結論は出ているのだが、それをどうエイミに伝えたらよいか迷っていた。

「えぇ? 好きな人ですかぁ……私、嫌われものだったから」
「相手の気持ちはどうでもいいの!
エイミの好きな人よ」
「うーん」

エイミは真剣な顔で考え込んで、「いなかったです」と結論づけた。

「本当に~?」
「はい。そういうのは、自分には縁がないと思い込んでましたし、無意識のうちに避けていたかも知れないです」
「じゃ、ジーク様が初恋ってこと?」

エイミは照れたように微笑んで、こくりと頷いた。

「初恋の人と結婚かぁ……いいな」

リーズは思わずそう呟いていた。





















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