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王子様と烏2

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エイミは少しほっとしていた。

残虐公爵になぶり殺しにされるために呼ばれたものだと思っていたからだ。
掃除をしろという命令がくだった以上、とりあえず明日の命は保証されたんじゃないだろうか。それとも、掃除の出来次第ということなのだろうか。

「あの、領主様とお子様方には明日ご挨拶をさせてもらえるのでしょうか」
「子供達には紹介する。ジーク様は……気が向けばあっちから来るだろう。くれぐれも、勝手に部屋をたずねたりするなよ」
「は、はい!かしこまりました」
「はい、君の部屋はここ。じゃあね。おやすみ、烏ちゃん」

アルは片手をあげて、ウインクをしてみせる。キザな仕草だが、彼にはとてもよく似合っていた。

与えられた部屋は広々としていて、とても清潔だった。むしろ広すぎて、落ち着かないくらいだ。
皺ひとつない真新しいシーツの敷かれたベッドに、エイミは潜り込む。

考えたいことが色々あったはずなのに、思っていた以上に身体は疲れ切っていた。いつの間にか、エイミは眠りに落ちていた。

夜中に何度か赤子の泣き声が聞こえたような気もしたのだが……この家にはまだ小さい子供がいるのだろうか。それとも、ミアやアイリーンが小さかった頃の夢でも見ているのだろうか。

翌日。エイミは柱時計とまだ手つかずの部屋の扉を見比べて、顔を青くしていた。

早起きは苦ではなかった。村の朝も早かったから、いつも通りだ。そして、アルに指示された掃除の内容もいたって普通のもので、公爵様といえども掃除は庶民と同じなのだなと、ほっとしたくらいだ。

が、掃除をはじめてすぐ、二部屋ほど終えたところで、これは大変だと気がついた。なにしろ数え切れない程の部屋があるのだ。このペースで進めていては、日付がかわっても終わらないだろう。

掃除と子守りを一手に引き受けていたゾフィーさんとやらは、いったいどんな超人なんだろうか。
頼りのアルはエイミに指示だけ出すと用があるとか言って、出かけてしまった。庭師のお爺さんの姿も見あたらない。

広い城なのだが、本当に人の気配がないのだ。一階にはエイミしかいないのかも知れない。
二階には領主様と子供達がいるらしいが、アルには「僕が帰ってくるまでは二階には上がるな。ジーク様の邪魔をするなよ」と、言いつけられていた。

言いつけを破る勇気は起きなかった。エイミは終わらないことを覚悟して、ひたすら一階の掃除を進めていた。

六部屋目の掃除が終わったところで、二階から泣き声が聞こえてきた。

わ~ん、わ~んと赤子がぐずっているような声だ。弟や妹の世話をしてきたエイミには懐かしい響きだった。

(やっぱり、昨夜のあれは夢ではなくて、この城には赤ちゃんがいるのね)

エイミが微笑ましく思っていると、泣き声はどんどん激しさを増していく。

(あら、ひとりじゃないのかしら)

赤子の泣き声は複数のようだ。互いに泣き声を競い合うかのようだ。
火がついたような騒ぎに、エイミは思わず二階に足を向けた。
誰かが側にいるのならよいが、そうでないなら様子を見ないと。そう思ったのだ。

アルの言いつけに逆らうことになるが、赤子が怪我でもしていたら大変だ。

エイミは足早に二階にあがり、泣き声を辿った。どうやら一番奥の立派な扉の部屋から聞こえてきているようだ。

「すみません。入ってもいいでしょうか」

エイミは一応ノックをし、そう声をかけた。が、もし中に人がいても、この泣き声の威力の前ではエイミの声など聞こえていないだろう。

エイミは思い切って扉を開けた。鍵はかかっておらず、扉はすんなりと開いた。
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