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邂逅 2
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ふむふむ、なるほど。
東見との縁談が持ちあがるだけのことはある立派な家だった。
紫道という華族らしい。
庭で日向ぼっこをする猫に擬態して、私は彼らの様子を眺めている。
雪為の妻となる女はすぐにわかった。鴇色の着物に身を包む若い女がそうだろう。
ぱっちりとした二重瞼の、どちらかと言えば西洋風な顔立ちで、なかなかの美人だ。
でも……残念ながら、外れ。
――お気の毒さまねぇ。
私はニヤニヤと雪為を眺めている。
彼は退屈しきっていた。気に入られようと、懸命に媚びを売る女を興味なさげに一瞥し、あろうことかあくびを漏らした。
だが、そんな態度を取られても女はめげない。東見の名と財産にはそれだけの価値があるから。
私は遠い過去に思いをはせる。
当たりを引いた当主は、はたして何代前だったか。エドの中期だったか、センゴクの世だったか……。
ごくごくまれに、当主の寿命を延ばせる女がいるのだ。そして、その当主の代、東見は決まってこれまで以上の栄華を極める。
そんな幸運の女神を、東見の人間は〝命姫〟と呼ぶ。
命姫と出会いさえすれば、雪為もあるいは――。
雪為のがうつったのか、私も「くあぁ」とひとつ、大きなあくびをする。
周囲では小鳥がさえずるように、異形たちがペチャクチャとおしゃべりをしている。
『あの男が……憎い、憎い、憎い……』
『かかさまはどこ? どこにいったのかな? ねぇ、知らない?』
『我ほどの男が、どうしてあのような最期を? わからぬ、わからぬな』
ひとくちに異形と言っても、いろいろな者がいる。
私のように人畜無害な者もいれば、怨念にとらわれ人間に悪さばかりする者も、はたまた悪意なく人間の生命力を奪ってしまう者も――。
共通項は総じておしゃべり好きなことだ。異形は暇を持て余しているから、雪為のように話を聞いてくれる人間のもとに集まってきやすい。
彼のいる空間はいつも賑やかだ。
ん――?
突然に、場がシンと水を打ったかのように静まり返る。異世界に飛ばされた気分だ。
騒がしかった異形たちが白い繭に包まれた状態で沈黙していた。
私の目の前にも、すりガラスのような壁がある。
前足を伸ばしたつもりが、身体はぴくりとも動いていない。
しまった、油断した!
永遠のときを過ごしてきたが、私自身が命姫の繭にとらわれてしまったのは初めてのことだった。
どれだけ強大な力の持ち主なのかと、瞳だけを動かして周囲を見渡す。
拍子抜け。そう、その言葉が一番しっくりくる。
庭に現れた人間はひとりだけ。
ゴボウのようにガリガリの身体をしたみすぼらしい少女だった。
下働きの娘だろう。からし色をした格子柄の着物はあちこち擦り切れていて、なんとも貧しそうだ。
私はじっと彼女をにらむ。勝負を挑むように。
すると、私を包んでいた繭がぐにゃりと溶け、自由の身になった。私の妖力が彼女のそれに勝ったのだ。
といっても、彼女のほうは自分の力を意識してもいない。そんな相手に勝ったところで、ちっともうれしくはない。
わたし以外の異形たちも次々と彼女に勝負を申し込むが、勝利できたのは私だけ。
それはそうだろう。この程度の有象無象の異形に負けるようでは、命姫の役割は果たせない。
東見との縁談が持ちあがるだけのことはある立派な家だった。
紫道という華族らしい。
庭で日向ぼっこをする猫に擬態して、私は彼らの様子を眺めている。
雪為の妻となる女はすぐにわかった。鴇色の着物に身を包む若い女がそうだろう。
ぱっちりとした二重瞼の、どちらかと言えば西洋風な顔立ちで、なかなかの美人だ。
でも……残念ながら、外れ。
――お気の毒さまねぇ。
私はニヤニヤと雪為を眺めている。
彼は退屈しきっていた。気に入られようと、懸命に媚びを売る女を興味なさげに一瞥し、あろうことかあくびを漏らした。
だが、そんな態度を取られても女はめげない。東見の名と財産にはそれだけの価値があるから。
私は遠い過去に思いをはせる。
当たりを引いた当主は、はたして何代前だったか。エドの中期だったか、センゴクの世だったか……。
ごくごくまれに、当主の寿命を延ばせる女がいるのだ。そして、その当主の代、東見は決まってこれまで以上の栄華を極める。
そんな幸運の女神を、東見の人間は〝命姫〟と呼ぶ。
命姫と出会いさえすれば、雪為もあるいは――。
雪為のがうつったのか、私も「くあぁ」とひとつ、大きなあくびをする。
周囲では小鳥がさえずるように、異形たちがペチャクチャとおしゃべりをしている。
『あの男が……憎い、憎い、憎い……』
『かかさまはどこ? どこにいったのかな? ねぇ、知らない?』
『我ほどの男が、どうしてあのような最期を? わからぬ、わからぬな』
ひとくちに異形と言っても、いろいろな者がいる。
私のように人畜無害な者もいれば、怨念にとらわれ人間に悪さばかりする者も、はたまた悪意なく人間の生命力を奪ってしまう者も――。
共通項は総じておしゃべり好きなことだ。異形は暇を持て余しているから、雪為のように話を聞いてくれる人間のもとに集まってきやすい。
彼のいる空間はいつも賑やかだ。
ん――?
突然に、場がシンと水を打ったかのように静まり返る。異世界に飛ばされた気分だ。
騒がしかった異形たちが白い繭に包まれた状態で沈黙していた。
私の目の前にも、すりガラスのような壁がある。
前足を伸ばしたつもりが、身体はぴくりとも動いていない。
しまった、油断した!
永遠のときを過ごしてきたが、私自身が命姫の繭にとらわれてしまったのは初めてのことだった。
どれだけ強大な力の持ち主なのかと、瞳だけを動かして周囲を見渡す。
拍子抜け。そう、その言葉が一番しっくりくる。
庭に現れた人間はひとりだけ。
ゴボウのようにガリガリの身体をしたみすぼらしい少女だった。
下働きの娘だろう。からし色をした格子柄の着物はあちこち擦り切れていて、なんとも貧しそうだ。
私はじっと彼女をにらむ。勝負を挑むように。
すると、私を包んでいた繭がぐにゃりと溶け、自由の身になった。私の妖力が彼女のそれに勝ったのだ。
といっても、彼女のほうは自分の力を意識してもいない。そんな相手に勝ったところで、ちっともうれしくはない。
わたし以外の異形たちも次々と彼女に勝負を申し込むが、勝利できたのは私だけ。
それはそうだろう。この程度の有象無象の異形に負けるようでは、命姫の役割は果たせない。
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