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父とつのつきの子
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それからはみんなでロジュや緑龍が持ち寄った食事を囲み、そこに集まった者たちの気性らしい和やかな宴の席となった。自然と流れは人と龍たち、異なる存在が混じりお互いのことを知る場となっていく。それはフェイとルイ、人と龍との婚姻の場にぴったりだと夫婦は微笑んだ。
「いやぁ、実に嬉しいものだね。うちの国以外の人間ともこうして酒と食事を囲めるなんて」
「俺もルイ以外の龍神様にお会いすることがあるとは思っていませんでした。ミンシャはルイとも初対面だろう」
「はい。お話には聞いておりましたが……失礼ながら、龍が実在するということさえどこか半信半疑でした」
「無理もないね。今や龍神信仰もさほど一般的ということもないし、私みたいな人と関わりを持つ龍も少なくなったから。私が暮らす山むこうの国では、年に一度はこんな風に食事をすることもあるし、助けを求めに来た人間の話を聞いたりしているんだよ」
「そんな国もあるのですね。うちもそうしていけたらいいのになあ……」
緑龍とジンユェ、ミンシャが話している様子はフェイにとっても意外な組み合わせで面白かった。
「ふふ、ルイ様には向いてないわよ。昔っから引きこもり気味だし見ての通りの仏頂面なんだから、みんな怖がっちゃうわ」
「……まあ、そうだな……私はお前たちのように人間たちと親しくしてきたというわけではないから」
「龍神様もそれぞれなんですね」
「ああ。龍神様なんて呼ばれてはいるが我々は神というわけではないし、私はそれを気取るのが下手なのだ……ユンロンがいつも良くしてくれていたから、土地は守るけれど。それだけだ」
ルイはほんの少し、事情を知らなければ気にも留めないほどの一呼吸を置いてユンロンについて触れた。ユンロンはそれに対して静かに笑い、頷いた。
「ルイにはいつも感謝している。とは言っても、見返りを求めてルイと関わったわけではないが」
「それは私も同じだよ。友人のことは助ける。それにこれからは、友であり家族だ」
「俺は父様がルイ様と友人だったなんてこと、ずっと知りませんでした。父様はいつも秘密主義なんですから。おかげで兄様の結婚話にも驚くばかりでした」
「お前たちにはいつか話そうと思っていたのだがな……どう話したものか、迷っていたんだ」
ユンロンはフェイをちらりと見ると目が合った。ふたりは切なそうに笑う。言葉にはしなかったが、ユンロンはフェイという片角の子が生まれたことで龍と関わった自分に責任を感じ、話すことができなかったのだろうとわかる。
「……龍と共に過ごせば龍の気にあてられる。その話は聞きましたし……私も、家族には話しておかなければならないことがあります」
「フェイロン……」
「この角は確かに、もしかしたら父様がルイの影響を受けたものなのかもしれません。ですが、確かめようのないことです。そして私自身もまた、ルイと過ごすうちに身体が変化してきているのを感じています。今私は、だんだんと人の食事が必要なくなってきています。龍はこの地に巡る龍脈から生きる力を得ているとのことで……おそらくは私もそのように変わってきているのです」
「……兄様は、人ではなくなってしまうのですか?」
「私にもわかりません。どうなっていくのかは、時が経たねばわかりませんし、恐らくこうだとはっきり言えることはないのでしょう」
「……フェイロン。怖くはないのかい」
「不思議と、怖くはありません。ルイが共に居てくれるのならば、むしろ幸福なのかもしれないとさえ思えます。……ルイに出会えて、これまでは知らなかった世界や言葉、考え方に触れて。私はようやく私自身を認めてやることができました。……だから私は父様に、感謝しているのです。私を、ルイに出会わせてくれてありがとうございます」
自分の身体が変化してきていること。それでもこの結婚が自分にとって幸せなものであること。
それだけは今日この日に、しっかりと伝えなくてはならないとフェイは思っていた。そしてそれは、ユンロンが話したかったことでもあった。
「……お前を閉じ込めた末に国から追い出すような結果になってしまったことを、今日まで本当に申し訳なく思っていた。自分の無力さに嘆く日々だった……本当は今日、何もしてやれずにすまないと、謝りたいと思っていたんだ、フェイロン……けれどそれは、必要のないことだったかな」
「ええ、父様。何もしてくれなかったなんて、私は思ったことは一度もありません。父様はいつも私を守ってくださいましたし、こんなにも深く愛せる方と出会わせてくれた。感謝すれども、恨んだり憎らしく思うことなどあり得ません」
フェイのまっすぐな目を見て、ユンロンの心の中でがんじがらめになっていたものも、するりとほどけていくようだった。ただフェイロンが傷つけられないように隠し通すことしかできなかった自分を何度責めたかわからない。怖くてフェイロンの言葉をきちんと聞くことができなかったことも、自分の弱さを強く感じて仕方がなかった。
けれどこの聡い息子は、今の今まで父を恨んだことなどないのだと言う。
父が龍などと関わらなければ。父が勇気を持って隠すことをしなければもっと広い世界を見てこられただろうに。そもそも父の子でなければ、王の子などでなければ……そんなことを、一度だって考えなかったのか。
ユンロンは息子フェイロンのほうが、自分よりもずっとずっと強く賢く、そして清らかで正しい人間だと痛感する。自分もこんな風に生きられたなら。そう考えずにはいられなかった。
「いやぁ、実に嬉しいものだね。うちの国以外の人間ともこうして酒と食事を囲めるなんて」
「俺もルイ以外の龍神様にお会いすることがあるとは思っていませんでした。ミンシャはルイとも初対面だろう」
「はい。お話には聞いておりましたが……失礼ながら、龍が実在するということさえどこか半信半疑でした」
「無理もないね。今や龍神信仰もさほど一般的ということもないし、私みたいな人と関わりを持つ龍も少なくなったから。私が暮らす山むこうの国では、年に一度はこんな風に食事をすることもあるし、助けを求めに来た人間の話を聞いたりしているんだよ」
「そんな国もあるのですね。うちもそうしていけたらいいのになあ……」
緑龍とジンユェ、ミンシャが話している様子はフェイにとっても意外な組み合わせで面白かった。
「ふふ、ルイ様には向いてないわよ。昔っから引きこもり気味だし見ての通りの仏頂面なんだから、みんな怖がっちゃうわ」
「……まあ、そうだな……私はお前たちのように人間たちと親しくしてきたというわけではないから」
「龍神様もそれぞれなんですね」
「ああ。龍神様なんて呼ばれてはいるが我々は神というわけではないし、私はそれを気取るのが下手なのだ……ユンロンがいつも良くしてくれていたから、土地は守るけれど。それだけだ」
ルイはほんの少し、事情を知らなければ気にも留めないほどの一呼吸を置いてユンロンについて触れた。ユンロンはそれに対して静かに笑い、頷いた。
「ルイにはいつも感謝している。とは言っても、見返りを求めてルイと関わったわけではないが」
「それは私も同じだよ。友人のことは助ける。それにこれからは、友であり家族だ」
「俺は父様がルイ様と友人だったなんてこと、ずっと知りませんでした。父様はいつも秘密主義なんですから。おかげで兄様の結婚話にも驚くばかりでした」
「お前たちにはいつか話そうと思っていたのだがな……どう話したものか、迷っていたんだ」
ユンロンはフェイをちらりと見ると目が合った。ふたりは切なそうに笑う。言葉にはしなかったが、ユンロンはフェイという片角の子が生まれたことで龍と関わった自分に責任を感じ、話すことができなかったのだろうとわかる。
「……龍と共に過ごせば龍の気にあてられる。その話は聞きましたし……私も、家族には話しておかなければならないことがあります」
「フェイロン……」
「この角は確かに、もしかしたら父様がルイの影響を受けたものなのかもしれません。ですが、確かめようのないことです。そして私自身もまた、ルイと過ごすうちに身体が変化してきているのを感じています。今私は、だんだんと人の食事が必要なくなってきています。龍はこの地に巡る龍脈から生きる力を得ているとのことで……おそらくは私もそのように変わってきているのです」
「……兄様は、人ではなくなってしまうのですか?」
「私にもわかりません。どうなっていくのかは、時が経たねばわかりませんし、恐らくこうだとはっきり言えることはないのでしょう」
「……フェイロン。怖くはないのかい」
「不思議と、怖くはありません。ルイが共に居てくれるのならば、むしろ幸福なのかもしれないとさえ思えます。……ルイに出会えて、これまでは知らなかった世界や言葉、考え方に触れて。私はようやく私自身を認めてやることができました。……だから私は父様に、感謝しているのです。私を、ルイに出会わせてくれてありがとうございます」
自分の身体が変化してきていること。それでもこの結婚が自分にとって幸せなものであること。
それだけは今日この日に、しっかりと伝えなくてはならないとフェイは思っていた。そしてそれは、ユンロンが話したかったことでもあった。
「……お前を閉じ込めた末に国から追い出すような結果になってしまったことを、今日まで本当に申し訳なく思っていた。自分の無力さに嘆く日々だった……本当は今日、何もしてやれずにすまないと、謝りたいと思っていたんだ、フェイロン……けれどそれは、必要のないことだったかな」
「ええ、父様。何もしてくれなかったなんて、私は思ったことは一度もありません。父様はいつも私を守ってくださいましたし、こんなにも深く愛せる方と出会わせてくれた。感謝すれども、恨んだり憎らしく思うことなどあり得ません」
フェイのまっすぐな目を見て、ユンロンの心の中でがんじがらめになっていたものも、するりとほどけていくようだった。ただフェイロンが傷つけられないように隠し通すことしかできなかった自分を何度責めたかわからない。怖くてフェイロンの言葉をきちんと聞くことができなかったことも、自分の弱さを強く感じて仕方がなかった。
けれどこの聡い息子は、今の今まで父を恨んだことなどないのだと言う。
父が龍などと関わらなければ。父が勇気を持って隠すことをしなければもっと広い世界を見てこられただろうに。そもそも父の子でなければ、王の子などでなければ……そんなことを、一度だって考えなかったのか。
ユンロンは息子フェイロンのほうが、自分よりもずっとずっと強く賢く、そして清らかで正しい人間だと痛感する。自分もこんな風に生きられたなら。そう考えずにはいられなかった。
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