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幻
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結局僕は花崎をきちんとフッてやることができないままだった。
僕は心底自分のことが嫌になる。花崎のことを思うなら、始めからこんな風に関わるべきじゃなかったし、応えられないと思うのならバカ正直に過去のことなんか話さずにフるべきだったんだ。花崎の言う通りだ。それとももしかして、僕は花崎に自分のことをわかってもらいたいなんて、寂しさを知ってもらいたいなんて気持ちが少しでもあったというのだろうか? それこそ、僕は僕自身を軽蔑してしまう。
あれ以上僕が何も言えなくなったのは、花崎が朝日と同じ台詞を言ったからだ。僕はまた書斎に籠って朝日のアルバムを開き、そのときの記憶を呼び起こす。
僕たちは誰からどう見ても、正反対だった。自分自身でもそう思っていたし、いつも朝日はこんな僕の何が好きなんだろうと思っていた。
「そんな小難しい話、俺に聞くか? 普通」
「……いや、僕も聞く相手を間違えたとは思っているよ」
僕のどこが好きなの。そんな風に聞いてしまったことがある。
朝日には、初めて会ったときから何故か懐かれていた。始めは僕のような陰気な男が物珍しいのかと思いながら接していたけれど、接していくうちに僕も朝日に惹かれていた。
めんどくさい質問をしてしまった自覚はある。女々しくてまわりくどいその問いに恥ずかしくなったが、朝日はうーん、と真剣に考えてみているようだった。
「そうだなあ、俺の話をああだこうだ言わずにとりあえず聞いてくれるところ?」
「うーん、まあそういうこと多いか」
「あとは、結構抜けてて余裕ないくせにその自覚なくて、やさしーところ」
「……褒められてる気しないんだけど」
「まあ、あんま褒めてはねーな」
「褒めてないのかよ」
朝日は裏表のない男だった。いつも清々しいほど本音でぶつかってくるし、僕の何もかもを受け入れて笑い飛ばしてくれる。
「別に俺はお前が完璧でかっこいいから好きになったわけじゃないよ。お前だってそうだろ」
僕たちは正反対だった。けれどふたりとも不完全だったし、そのでこぼこを埋め合うみたいに寄り添った。僕は朝日の何もかもを照らすような力強さに惹かれたし、朝日は僕の穏やかでジッと我慢強い物静かさに惹かれていたらしい。
「優れた人じゃなくてもいい。すごい奴だから好きなんじゃない。俺はお前がお前だから、好きなんだよ」
朝日の言うことは、いつだって正しく思えた。例え事実がそうでなかったとしても、僕にとって大事なのはそう思えることだった。
『俺は先生がかっこいい大人だから好きになったんじゃないよ』
正直、どきりとした。花崎と朝日は似ているわけじゃない。外見はもちろん、考え方だって境遇だって何一つ同じなわけじゃない。それでも、同じ台詞を僕に向かって言った。
僕は物心ついた頃から男の人が好きだった。それは自分にはどうにもできないことだった。うちは両親も祖父母も教師の家系で、とても厳しく育てられた。正しく在りなさいと言われて生きてきた。自分もそう在りたかった。
そういう家の中で、自分は家族が望むような普通の結婚はできない人間だということをいつも引け目に感じていた。自分は間違っているんだ、自分は正しい人にはなれないんだ。そう思いながら生きていた。
そんな僕のことを、朝日は何も間違ってないし、例え間違っていたっていいじゃないかと笑って、僕を好きだと言ってくれた。朝日の前では、僕は僕のままでいいんだと心から思えた。勇気を出して朝日とのことを打ち明けても、やっぱり家族には受け入れてもらえなくて、逃げるように家を出たけれど、いつも隣には朝日が居てくれたから何も怖くはなかった。
教師でいる間は、生徒たちの前では正しい人であろうと思っていた。ただ厳しい人であるのではなく、まっとうに教え、子どもらしい自由を尊重し、僕は僕なりに僕らしくいることで、それでいいんだと思える人でありたいと。
これまでのことを思い返せば、花崎とは始めから教師と生徒ではなく人と人として出会って関わってきてしまったような気がする。
『俺は志水先生のかっこわるくてかわいいところも知ってるからね』
『先生の好きなやつ、読んでみたい』
そんな風に僕自身を見てもらえたのは、いつ以来だろうか。思えばいつからか、心を動かさないようにと人と関わることを避けてきていた。
ああ、僕はなんて簡単な男なんだろう。朝日と同じ、僕がわざわざ引いてる人との境界線を物ともしないで、心に触れようとしてくれた人。それが花崎だったんだ。ただそれだけのことで、立場も考えずに惹かれてしまったっていうのだろうか。
「……あさひ、僕はどうしたらいい」
誰も居ない、誰も帰っては来ないひとりきりの部屋で、ぽつりと呟く。
「だからさ、いつも言ってるだろ? お前はもっと自分が欲しいものをちゃんと言ったほうがいいぜ」
「……ずいぶん都合のいい幻だな」
「そりゃあ、幻だからな。でも、俺の言いそうなことだろ?」
「もう何度も聞いたよ。お前が生きてる頃からさ」
やりたいこと、欲しいもの、そういうのをちゃんと言え。僕が朝日にずっと言われてきたことだ。
「……僕は、朝日しか欲しくなかった。朝日にそばにいてほしい。それだけだったんだよ」
「そりゃ申し訳ないことをしたと思ってるよ」
「ほんとかよ」
「でもさ、それって本音なのか?これまではそうだったかもしれないけど、今はどうだ?自分の心を無視しちゃ駄目だぞ」
「ああもう、うるさいなあ」
本当に都合のいいことばかりを喋る幻だ。会えない時間が長くなりすぎて、幻の姿としての朝日がどんどん自分に都合のよいものになり果てているような気もするが、よくよく考えるほどにそれは朝日が言いそうなことだった。
ああどうして、こんなにも欲しい言葉をくれるのに、今も鮮明に声が聞こえてくるのに。笑った顔も呆れたような顔も、声もにおいも、いつも僕のことを想ってくれていた心も、こんなにも綺麗に思い出せるのに。
朝日だけがここに居ない。僕はずっと変わらない、変われないまま、ここに居るのに。
僕は心底自分のことが嫌になる。花崎のことを思うなら、始めからこんな風に関わるべきじゃなかったし、応えられないと思うのならバカ正直に過去のことなんか話さずにフるべきだったんだ。花崎の言う通りだ。それとももしかして、僕は花崎に自分のことをわかってもらいたいなんて、寂しさを知ってもらいたいなんて気持ちが少しでもあったというのだろうか? それこそ、僕は僕自身を軽蔑してしまう。
あれ以上僕が何も言えなくなったのは、花崎が朝日と同じ台詞を言ったからだ。僕はまた書斎に籠って朝日のアルバムを開き、そのときの記憶を呼び起こす。
僕たちは誰からどう見ても、正反対だった。自分自身でもそう思っていたし、いつも朝日はこんな僕の何が好きなんだろうと思っていた。
「そんな小難しい話、俺に聞くか? 普通」
「……いや、僕も聞く相手を間違えたとは思っているよ」
僕のどこが好きなの。そんな風に聞いてしまったことがある。
朝日には、初めて会ったときから何故か懐かれていた。始めは僕のような陰気な男が物珍しいのかと思いながら接していたけれど、接していくうちに僕も朝日に惹かれていた。
めんどくさい質問をしてしまった自覚はある。女々しくてまわりくどいその問いに恥ずかしくなったが、朝日はうーん、と真剣に考えてみているようだった。
「そうだなあ、俺の話をああだこうだ言わずにとりあえず聞いてくれるところ?」
「うーん、まあそういうこと多いか」
「あとは、結構抜けてて余裕ないくせにその自覚なくて、やさしーところ」
「……褒められてる気しないんだけど」
「まあ、あんま褒めてはねーな」
「褒めてないのかよ」
朝日は裏表のない男だった。いつも清々しいほど本音でぶつかってくるし、僕の何もかもを受け入れて笑い飛ばしてくれる。
「別に俺はお前が完璧でかっこいいから好きになったわけじゃないよ。お前だってそうだろ」
僕たちは正反対だった。けれどふたりとも不完全だったし、そのでこぼこを埋め合うみたいに寄り添った。僕は朝日の何もかもを照らすような力強さに惹かれたし、朝日は僕の穏やかでジッと我慢強い物静かさに惹かれていたらしい。
「優れた人じゃなくてもいい。すごい奴だから好きなんじゃない。俺はお前がお前だから、好きなんだよ」
朝日の言うことは、いつだって正しく思えた。例え事実がそうでなかったとしても、僕にとって大事なのはそう思えることだった。
『俺は先生がかっこいい大人だから好きになったんじゃないよ』
正直、どきりとした。花崎と朝日は似ているわけじゃない。外見はもちろん、考え方だって境遇だって何一つ同じなわけじゃない。それでも、同じ台詞を僕に向かって言った。
僕は物心ついた頃から男の人が好きだった。それは自分にはどうにもできないことだった。うちは両親も祖父母も教師の家系で、とても厳しく育てられた。正しく在りなさいと言われて生きてきた。自分もそう在りたかった。
そういう家の中で、自分は家族が望むような普通の結婚はできない人間だということをいつも引け目に感じていた。自分は間違っているんだ、自分は正しい人にはなれないんだ。そう思いながら生きていた。
そんな僕のことを、朝日は何も間違ってないし、例え間違っていたっていいじゃないかと笑って、僕を好きだと言ってくれた。朝日の前では、僕は僕のままでいいんだと心から思えた。勇気を出して朝日とのことを打ち明けても、やっぱり家族には受け入れてもらえなくて、逃げるように家を出たけれど、いつも隣には朝日が居てくれたから何も怖くはなかった。
教師でいる間は、生徒たちの前では正しい人であろうと思っていた。ただ厳しい人であるのではなく、まっとうに教え、子どもらしい自由を尊重し、僕は僕なりに僕らしくいることで、それでいいんだと思える人でありたいと。
これまでのことを思い返せば、花崎とは始めから教師と生徒ではなく人と人として出会って関わってきてしまったような気がする。
『俺は志水先生のかっこわるくてかわいいところも知ってるからね』
『先生の好きなやつ、読んでみたい』
そんな風に僕自身を見てもらえたのは、いつ以来だろうか。思えばいつからか、心を動かさないようにと人と関わることを避けてきていた。
ああ、僕はなんて簡単な男なんだろう。朝日と同じ、僕がわざわざ引いてる人との境界線を物ともしないで、心に触れようとしてくれた人。それが花崎だったんだ。ただそれだけのことで、立場も考えずに惹かれてしまったっていうのだろうか。
「……あさひ、僕はどうしたらいい」
誰も居ない、誰も帰っては来ないひとりきりの部屋で、ぽつりと呟く。
「だからさ、いつも言ってるだろ? お前はもっと自分が欲しいものをちゃんと言ったほうがいいぜ」
「……ずいぶん都合のいい幻だな」
「そりゃあ、幻だからな。でも、俺の言いそうなことだろ?」
「もう何度も聞いたよ。お前が生きてる頃からさ」
やりたいこと、欲しいもの、そういうのをちゃんと言え。僕が朝日にずっと言われてきたことだ。
「……僕は、朝日しか欲しくなかった。朝日にそばにいてほしい。それだけだったんだよ」
「そりゃ申し訳ないことをしたと思ってるよ」
「ほんとかよ」
「でもさ、それって本音なのか?これまではそうだったかもしれないけど、今はどうだ?自分の心を無視しちゃ駄目だぞ」
「ああもう、うるさいなあ」
本当に都合のいいことばかりを喋る幻だ。会えない時間が長くなりすぎて、幻の姿としての朝日がどんどん自分に都合のよいものになり果てているような気もするが、よくよく考えるほどにそれは朝日が言いそうなことだった。
ああどうして、こんなにも欲しい言葉をくれるのに、今も鮮明に声が聞こえてくるのに。笑った顔も呆れたような顔も、声もにおいも、いつも僕のことを想ってくれていた心も、こんなにも綺麗に思い出せるのに。
朝日だけがここに居ない。僕はずっと変わらない、変われないまま、ここに居るのに。
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