31 / 79
本編
31.元恋人のこと
しおりを挟む
しかしながら、田崎が店に来たのは仕事のためである。ビジネスの場で恋人がどうだとかそういう話はしないもので、全員がそれ以上は触れなかった。蓜島はすぐに帰宅したし、東は店の中へ田崎を案内した。
「約束のお時間の前にすみません、今日はよろしくお願いします。本当は少し早めに来て、お客様が入っている様子も見ておこうと思ったのですが」
「そうだったんですね。確かに早めの到着でしたが、今日は特に早く完売してしまって」
「すごい人気ですね。私も何度か頂いてますが、人気商品は本当に手に入りにくくて」
渡された名刺には、大手情報誌の副編集長と書いてある。会社の規模を考えれば、かなり地位の高い人だと考えられる。
「副編集長さんも直接取材に来られたりするんですね」
「ウチの雑誌は編集長も自分の足で良い店を探して取材するんですよ。口コミ頼りや人任せでは見つけられないものや本当の良さがわからないこともありますから」
「それ、わかります。僕も研究とか食材のために地方でもあちこち行ったりしますよ」
いいものを探すために自ら動き労力を惜しまない、ということにおいては田崎と東は考え方が似ていた。
話題はそのまま仕事の話になり、流れるように取材も始まった。田崎は話すほどに聡明で、けれども仕事に対する情熱のある魅力的な人だった。
仕事は仕事と割り切って色々と話すものの、東の頭の片隅には蓜島と田崎の関係についてが常にちらついていた。
綺麗な人だな、と思う。かわいいというよりも、凛とした美人という感じだった。真面目な人だということもわかるし、正直なところ、蓜島とはお似合いだと思ってしまった。
その日取材が終わった頃、蓜島から東へ連絡があった。『夜うちに来ませんか』と、ただそれだけだったけれど、なんとなく東には蓜島が何を伝えようとしているのかがわかってしまった。
だから切り出された話を聞いても、さほど驚きはしなかった。
「田崎さんは、以前交際していた女性です」
だろうな、と東は思った。むしろ他のことを言われたほうが驚くくらいだった。
「前に話してましたね、何年か前にフラれたっていう」
「そうです、三年位前のことです」
付き合い始めるときに聞いた、仕事の多忙さによるすれ違いで蓜島のほうが振られてしまったという元彼女、それが田崎だったらしい。
「たまたまうちの取材に来るなんて、結構すごい偶然ですよね」
「はい。ただ出版社に勤めてて、ああして店舗の取材等もしているとは知っていたので、こういうこともあるものだなと……突然だったので驚きはしましたが」
付き合っていたのだから職業やどんな仕事をしているかも知っているのは当然だ。それにしたって、二人でいるところにばったり遭遇するなんて、お互い驚くはずだった。
「……少し、変な態度をとってしまったと思ったので。説明だけはきちんとしておきたくて、今日はお時間いただきました」
「あ、ありがとうございます」
相変わらずビジネスじみた口調の蓜島に東は思わず笑いそうになる。笑いがこみ上げてきたことで少しもやもやとした気持ちが晴れて、強張っていた体から力が抜けた気がした。
「お互い大人なんですから、過去のことは色々あるって理解してます。まったく気にならないと言ったら嘘ですけど……おれは、蓜島さんが説明しなきゃって思ってくれたことが嬉しい」
「彼女とは、ちゃんと終わっています。私にも彼女にも、もう特別な気持ちはありませんから」
恋人である東に変な勘違いをさせないようにすぐに行動して、言葉にしてくれたことが東は嬉しかった。東に蓜島の言葉を疑う気持ちはひとつもない。それは、蓜島が嘘のない男だと知っているからだ。
「約束のお時間の前にすみません、今日はよろしくお願いします。本当は少し早めに来て、お客様が入っている様子も見ておこうと思ったのですが」
「そうだったんですね。確かに早めの到着でしたが、今日は特に早く完売してしまって」
「すごい人気ですね。私も何度か頂いてますが、人気商品は本当に手に入りにくくて」
渡された名刺には、大手情報誌の副編集長と書いてある。会社の規模を考えれば、かなり地位の高い人だと考えられる。
「副編集長さんも直接取材に来られたりするんですね」
「ウチの雑誌は編集長も自分の足で良い店を探して取材するんですよ。口コミ頼りや人任せでは見つけられないものや本当の良さがわからないこともありますから」
「それ、わかります。僕も研究とか食材のために地方でもあちこち行ったりしますよ」
いいものを探すために自ら動き労力を惜しまない、ということにおいては田崎と東は考え方が似ていた。
話題はそのまま仕事の話になり、流れるように取材も始まった。田崎は話すほどに聡明で、けれども仕事に対する情熱のある魅力的な人だった。
仕事は仕事と割り切って色々と話すものの、東の頭の片隅には蓜島と田崎の関係についてが常にちらついていた。
綺麗な人だな、と思う。かわいいというよりも、凛とした美人という感じだった。真面目な人だということもわかるし、正直なところ、蓜島とはお似合いだと思ってしまった。
その日取材が終わった頃、蓜島から東へ連絡があった。『夜うちに来ませんか』と、ただそれだけだったけれど、なんとなく東には蓜島が何を伝えようとしているのかがわかってしまった。
だから切り出された話を聞いても、さほど驚きはしなかった。
「田崎さんは、以前交際していた女性です」
だろうな、と東は思った。むしろ他のことを言われたほうが驚くくらいだった。
「前に話してましたね、何年か前にフラれたっていう」
「そうです、三年位前のことです」
付き合い始めるときに聞いた、仕事の多忙さによるすれ違いで蓜島のほうが振られてしまったという元彼女、それが田崎だったらしい。
「たまたまうちの取材に来るなんて、結構すごい偶然ですよね」
「はい。ただ出版社に勤めてて、ああして店舗の取材等もしているとは知っていたので、こういうこともあるものだなと……突然だったので驚きはしましたが」
付き合っていたのだから職業やどんな仕事をしているかも知っているのは当然だ。それにしたって、二人でいるところにばったり遭遇するなんて、お互い驚くはずだった。
「……少し、変な態度をとってしまったと思ったので。説明だけはきちんとしておきたくて、今日はお時間いただきました」
「あ、ありがとうございます」
相変わらずビジネスじみた口調の蓜島に東は思わず笑いそうになる。笑いがこみ上げてきたことで少しもやもやとした気持ちが晴れて、強張っていた体から力が抜けた気がした。
「お互い大人なんですから、過去のことは色々あるって理解してます。まったく気にならないと言ったら嘘ですけど……おれは、蓜島さんが説明しなきゃって思ってくれたことが嬉しい」
「彼女とは、ちゃんと終わっています。私にも彼女にも、もう特別な気持ちはありませんから」
恋人である東に変な勘違いをさせないようにすぐに行動して、言葉にしてくれたことが東は嬉しかった。東に蓜島の言葉を疑う気持ちはひとつもない。それは、蓜島が嘘のない男だと知っているからだ。
1
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜
華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。
日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。
しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。
続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574
完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。
おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。
合わせてお楽しみいただければと思います。
【完結】悪役令嬢だって真実の愛を手に入れたい~本来の私に戻って初恋の君を射止めます!
灰銀猫
恋愛
筆頭侯爵家の令嬢レティシアは、真実の愛に目覚めたと言い出した婚約者の第三王子に婚約破棄される。元々交流もなく、学園に入学してからは男爵令嬢に骨抜きになった王子に呆れていたレティシアは、嬉々として婚約解消を受け入れた。
そっちがその気なら、私だって真実の愛を手に入れたっていい筈!そう心に決めたレティシアは、これまでの他人に作られた自分を脱ぎ捨てて、以前から心に秘めていた初恋の相手に求婚する。
実は可憐で庇護欲をそそる外見だった王子の元婚約者が、初恋の人に求婚して好きになってもらおうと奮闘する話です。
誤字脱字のご報告ありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。
R15は保険です。
番外編~レアンドルはBL要素を含みます。ご注意ください。
他サイトでも掲載しています。
王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。
薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。
アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。
そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!!
え?
僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!?
※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。
色んな国の言葉をMIXさせています。
金木犀の馨る頃
白湯すい
BL
町外れにある小さな珈琲店【金木犀珈琲店】にはじめてのおつかいに行った主人公・花村夕陽の長い長い初恋のお話。長い髪とやわらかな笑顔が美しい・沢木千蔭は、夕陽のまっすぐな恋心と成長にしだいに絆されていく。一途少年×おっとりお兄さんなほのぼの歳の差BLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる