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ザマァレボリューション

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 その男の到来は突然だった。
 エルと俺の間にあった、あの条件がなくったにも関わらず、エルは甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。そのことに、誰に向けるでもない優越感を抱いて、俺の気分はいつになく良い時。

 俺たちがこなす依頼は、いつも超高難易度の達成することが難しい仕事が多く、それは一ヶ月に一回ほどの割合でやってくる。その仕事を一回こなすだけで、向こう一年遊んで暮らせる大金が手に入るが、モンスターと戦うことは趣味だ。それ以外の高難易度の依頼も気分で受けたりもして、その日もなんとなくエルとともにギルドに行った時だった。

「ギルド長からお話しです」

 難易度6以上の依頼は掲示板に貼っておらず、受付に聞くしかない。案の定、冒険者用に見目の良いのが揃った受付嬢に聞けば、短くその言葉だ。

 エルの話か、新しい高難易度の依頼か、と予想して三階に上がり、いつものようにノックもせずにギルド長室に入れば、成金趣味の如何にも貴族と言った初老の男がエヴァに怒鳴りあげている。入り口に馬車が止まっていなかった為、貴族がいるとは思わなかった。

「だから、エルを出せと、っお前なんだ!」
「!」

 その男は、いきなり入ってきた俺に目を見開き、高圧的に怒鳴る。無礼だ、これだから冒険者は、とやらひとしきり言ってから、早く戸を閉めろと急かす。エヴァも突然入ってきた俺に驚いているから、俺が来たのは予想外だったのだろう。
 これ以上、関わるのも面倒と判断した俺はさっさと戸を閉める。そして、振り返ればエルは呆然としていた。

「お父様……」

 あのイカレ野郎がエルの父親?

 取り敢えず、それが本当だとしてもここにいて良い予感はしない。こんな時は即時撤退とばかりに、俺は微動だにしないエルの手を引いて一階へ降りる。受付を通った時、俺に連絡をした受付の女はこちらをぎょっとして顔で見て、視線を逸らした。

 瞬時に怒りが湧く。

「ひ、」
「お前、あいつの回し者か」

 胸ぐらを掴み、怒りのまま声を捻り出す。ギルド内が静まり、訝しげにこちらを見ているのが分かる。エルに至っては、驚いて声も出ないようだった。

「あ、」
「さっさと答えろ」
「だ、だって、モーガンが悪いのよ! 私の事なかったみたいに扱うから!」

 女は否定しない。やはり、エルの父親がエルが来たらギルド長室に来るようにと女に根回ししていたんだろう。だが、それにしては、あの男は俺たちを追い払うし、何がしたいんだ。震えながらも、俺を恨みがましい目で見てくる女もそうだ。一度誘われて寝ただけで何を言っている。

 数秒すれば、だんだん頭が冴えてきて馬鹿らしくなってきた。あの男の目論見から外れたのなら、さっさと降参すべき。と、手を外した時にはもう遅い。俺の手から逃げだせた女は一目散に逃げ出し、冒険者ギルドから出て行く前には、エヴァの焦った声が聞こえたからだ。

「ハーツさん!」

 ギルド長室にいたはずの男が、ずんずんと顔を歪めながら小走りで来た。その後ろを、エヴァが追ってきている。

 失敗した。

 素直に自分の行動を分析して、自分の愚かさを実感する。おそらく、俺が受付嬢に暴行を行おうとしたと職員がエヴァに報告しに行ったのだろう。

「お前がヴォルフ・モーガンか! 後ろにいるのはエルだなっ」

 下り終えて早々、息を切らしながら大声で威圧する男に、体力が無さ過ぎる、とどこか思いながら対峙する。男は、さっき以上に俺とエルを睨む。その時には、エルも冷静さを取り戻したのか、握った手を強く握り返した。

「エル、帰るぞ! この私がわざわざ来てやったんだ。まったく。手をかけさせやがって」

 エルがついてくると疑ってない態度。エルは今まで父親の言うことに背いたことがないのだろう。だが、今は違う。ひとしきり、独りよがりのクレームをつけた男は、やっとエルが俺の後ろから離れないことに気づいた。

「いつまでそこにいる気だ。早くこっちへ来い」

 エルが来てないことに不思議な様子で命令する男は、どこまで馬鹿なんだ。エルの手は少し汗ばみ、俺に話していいかと目で聞く。俺から話してもいいが、この男はそれじゃあ納得しないだろう。エルに任せる、と頷けば、エルは一歩前に出て、でも手は繋いだまま男を見た。

「私は行きません」

 確固たる気持ちを持って言ったと分かる、そんな深みのある声音だ。男は、その言葉が理解出来ると元々真っ赤だった顔をもっと真っ赤にして怒鳴り散らした。

「お前、何を言ってるのか分かってるのか!」
「分かってますわ」
「私が来いと言っている!」
「行きません」

 男はひたすら身勝手な命令だけを威圧的に繰り返す。もうそろそろ頭から血が吹き上げそうだ。

「そもそも私は勘当されたはずですわ。あなたとは一切関わりのない人間ですの」

 エルが正論を投げる。エルは勘当された。まったく罪を犯していないというのに。

「あれは、お前がしっかりと説明しなかったのが悪い!」

 男は右から受け取った正論を、曲論に変え送り返す。

「私は何度も説明しようとしたはずです。でも、あなたはその時間すら与えなかったわ」
「それは、しょうがないだろう!私だって騙されていたんだ!」

 また被害者面。こいつらは、競って被害者面でもしているのか。
 エルは、そんな理不尽慣れているのかもしれない。呆れを微塵も顔に出さず、真っ直ぐ対応している。

「それなら、あなたは私を信じるべきだった。今更何を言われても遅いですわ」
「だ、誰がお前を育ててやったと思っている!」
「その事には感謝してますわ。なに不自由ない生活をしていました。でも、それは国民の税のおかげです。……私、仕事のためにヴォルフと一緒に色んな街へ行きましたの。知らなかったのです。王都以外ではあんなに苦しい生活をしてるだなんて。勿論、あなたの領にも行きました。領民は厳しい税に苦しんでいましたわ」
「なにを!私がいるからあんな品のない虫ケラだって生きていけるんだ!それを、ま、まるで私が悪者みたいに!」

 男の虫ケラ発言に、冒険者達の目つきが変わる。当たり前だ。見下している、と堂々と宣言したのだ。死線を何度も潜り抜けた猛者達に囲まれ、その男達を敵にまわしたことを男は気付かない。

「何を言っても無駄ですわね。もう話すことはありません。お帰りになって下さいまし」
「私の話は終わっていない!」
「では、私が出て行きますわ」

 そう言ってエルは踵を返す。それに一瞬、男は意表を突かれたが、怒りが込み上げたのだろう。ずんずんとエルに向かい、その勢いのままエルの腕を掴もうとした。

「触るな」

 それを当たり前のように、俺が払い抜ける。エルの敵にエルを易々触らせてやるほど俺は優しくない。また、ピーピー騒がれるのも面倒で、出し惜しみをせず殺気を出せば男は喉の奥を引きつらせて一目散にギルドの奥、闘技場へ逃げて行った。

 男の手を払い抜けたついでに、エヴァを見ればエヴァもこちらを向いていて目が合う。そして、手でさっさと行けとジェスチャーしたので、行かせてもらう事にした。待て、と言われても出て行く予定だったので、まあ、好都合だろう。

「エル、大丈夫か」
「……ええ」

 普段よく話すエルが黙りこくる。エルが話さなければ、俺たちの間にあるのは静寂だ。

 まあ、いいか。

 そう思い、気にせず歩いていたらエルがポツポツ語り始める。

「あの頃、お父様はただ漠然に偉くて凄い人だと思ってたの」

 エルが男を父と呼ぶ。男の前でそう呼ばなかったから、割り切っていたのだろうと思っていたが、そうではなかったらしい。あのクソ男に、まだ情を少し残すエル。俺は、親を利用すべきものだと思っても情を交わす相手とは思っていなかったから、少し理解できない。

「でも、実際は違うのよ。私は勘当されて正解だったわ。本当の世界を知れた」
「……」
「お父様とまた顔を合わせる事になったら、私は何も言えなくなるかも知れない、と思ったこともあるわ。それだけあの人は絶対だったから。でも、今は何故か平気。何故かしら……いえ、きっとヴォルフが居たからね」

 俺はなんて言えばいいか分からなかった。エルの付与魔法が気に入った。だから、利用価値があるから置いている。そのはずなのに。

 エルの寂しそうな、でも幸せそうな泣き笑い。

 それを見て俺の中に生まれた暖かい、経験したことのないなにかは溢れる。

 それが何かはまだ分からない。
 でも、直感で分かった。

 エルは、俺にとって、きっと利用価値以上の何かであることを。



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