1 / 18
プロローグ
1
しおりを挟む南歴八二四年、ヒュプノ王国。第三次魔王大戦から百年を過ぎ、東の大陸の端にあるこの大きな国の政治は腐り切っていた。
大国であるという理由で、近隣諸国を見下した貴族たちはその欲を満たすために小競り合いを繰り返した。大事な家族を亡くし傷つく人など見ないふり、街に親を亡くした孤児と夫を亡くした売女が溢れてもなんの対策だって打ち出さない。貧しくなった人々が犯罪に手を出し、治安が悪くなるのも必至だった。
それでも、自分を蝕む不幸が誰のせいだと言われて神様のせいと言う愚か者は減っただろう。それは、近隣諸国の秘密裏な教育のおかげだ。下に甘んじていた愚か者達に知恵を与える。これほど、国に打撃を与えるものはない。
そんな中でも、魔獣の襲来は収まることなど知らない。人類が生まれて早何万年。魔王がどのようにして生まれるかは未だに謎のまま。ただ、分かることが魔王は人類の敵だと言うことのみで。魔王は、人を憎み滅ぼそうとしてくるからだ。そして、そんな魔王のであるしもべである魔獣も生まれながらに人を憎み襲ってくる。魔獣の生まれ方も謎だ。
兎も角、世界は前の魔王が残していった魔獣の脅威で満ちているのに、それ以前の人災によってこの国は滅亡へひた走っていた。
昼下がり、一仕事終えた俺は数杯目のエールを口にした。喉にキリリとくる刺激は、冒険者として危険な仕事をしていても尚、退屈と感じさせる俺の日常を少し色染める大切なスパイス。
やっぱり、ギルドのエールが一番美味い。
エールといえば、冒険者ギルド。それは、この街での決まり文句だ。冒険者は、魔獣相手に命がけで戦ったり、戦争の兵隊のスペシャリストとして呼ばれる分稼ぎが良い。そんな冒険者達が集まる冒険者ギルドでは、金持ち向けの最高級のエールが売れるため用意されているという算段だ。
冒険者ギルドは、石膏石による立派な建物で三階建てとなっている。それは冒険者ギルドが国連により、国と分離された独立した組織と定められ、稼ぎを過分な税金として持っていかれることがないからだ。冒険者ギルドは、財産を蓄えている。そのことを国を牛耳る貴族は、不満に思い両者は対立しているのだ。
ギルドは一階が受付となり、二階が品定め室、三階が事務、ギルド長室となっていて、一階にバーが併設されており、そこで冒険者達は飲んでくれている。
ざわつくバー内では、パーティを組んでいる冒険者達が自分の武勇伝を仲間内に語り騒いでいる。ガヤガヤと雑多に響く話し声は、ギルドが閉まるまで途切れることはないが、そんな中俺は一人だ。
冒険者は、パーティを組むのが基本である。依頼料が山分けで多少のデメリットはあるが、強大な敵に複数で立ち会え、夜の見張りは交代で行えたりメリットが大きい。
そんな中、ソロを貫くのは三種類の人間だ。余程の変わり者か、パーティに入れてもらえない者。俺は、三種類目の人間で、一人でも充分に強いからこそ、ソロでも支障がない人間だ。
冒険者の階級は、1段から12段、12級から1級と幅広くあり段階級である者は、冒険者ギルドの離れにある闘技場兼けん試験場で試験官と戦い昇級し、級階級である者は成した偉業の数で昇級するのだが、この国唯一の第一級冒険者。それが俺だ。第一級冒険者は、世界でも四人しかいない。
この広い世界で四人だ。世界中にいる王族の数より少ない。
俺は、生まれてこのかた誰にも負けたことがない。美と愛の女神に愛された男がアドーニスなら、戦いの神に愛された男は俺で間違いないだろう。
その上、頭も冴えるし、容姿も男らしく整っている。これまで、金や女に苦労したことなんてないし、恐らくこれからもない。得た者は大きく、失ったものもない。きっとこれは人が言う幸せな生活だ。俺は今のまま、何不満なく生活している。
「モーガン、これ」
エールを飲み終わった所で、冒険者ギルドの受付嬢ミランダが一枚の紙をさらりと渡し去っていく。そこには、宿屋の名前と時間。まあ、お誘い、というやつだ。ミランダはこの街の冒険者のマドンナで、本性は股の緩いビッチだが自分の本分をわきまえているから扱いやすい。
強い者は男女問わず人を惹きつける。それは、人の心理で抗いようもないこと。
そんな免罪符を元に、いや、免罪符さえも踏みにじって俺は数多いるセフレと寝ているから、有り余る男としての本能もしっかりと消化出来ている。
人の美醜なんてどうでもいいが、この顔で生まれて正解だったなと素直に思う。何もしなくても、性欲処理の道具がやって来るのだから。
約束の時間まで、さあ、暇だ。
どうしていようか、そう考えていた時だ。目の前に、大きな魔法帽に足首まですっぽり覆うローブと、典型的な魔法使いの格好をしたガキが立ち止まる。
深くかぶった帽子で顔は見えないが、精巧な魔法帽と高い生地を使ったローブはガキの裕福さを物語っていて、殺気などは感じない。少しでも俺に敵意があれば酒を飲んでいたってその存在が分かる。一流冒険者とはそう言うものだ。
立ち止まって数秒、じっと俺を確かめるように見たガキは、俺の正面に平行に立って、155センチほどしかない小さな背をピンと張って言った。
「ヴォルフ・モーガン! 光栄に思いなさい! この私があなたのパーティ入ってあげるわ!」
偉そうに高らかに言うその声は、耳にキンキンとくるほどに高い。若い女だ。
「あ?」
なんだ、こいつ。
俺は、この時知りもしなかった。
この出逢いが俺の運命を大いに変えるなんて。
10
お気に入りに追加
1,806
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
ヤクザと私と。~養子じゃなく嫁でした
瀬名。
恋愛
大学1年生の冬。母子家庭の私は、母に逃げられました。
家も取り押さえられ、帰る場所もない。
まず、借金返済をしてないから、私も逃げないとやばい。
…そんな時、借金取りにきた私を買ってくれたのは。
ヤクザの若頭でした。
*この話はフィクションです
現実ではあり得ませんが、物語の過程としてむちゃくちゃしてます
ツッコミたくてイラつく人はお帰りください
またこの話を鵜呑みにする読者がいたとしても私は一切の責任を負いませんのでご了承ください*
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる