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プロローグ

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 南歴八二四年、ヒュプノ王国。第三次魔王大戦から百年を過ぎ、東の大陸の端にあるこの大きな国の政治は腐り切っていた。
 大国であるという理由で、近隣諸国を見下した貴族たちはその欲を満たすために小競り合いを繰り返した。大事な家族を亡くし傷つく人など見ないふり、街に親を亡くした孤児と夫を亡くした売女が溢れてもなんの対策だって打ち出さない。貧しくなった人々が犯罪に手を出し、治安が悪くなるのも必至だった。
 それでも、自分を蝕む不幸が誰のせいだと言われて神様のせいと言う愚か者は減っただろう。それは、近隣諸国の秘密裏な教育のおかげだ。下に甘んじていた愚か者達に知恵を与える。これほど、国に打撃を与えるものはない。

 そんな中でも、魔獣の襲来は収まることなど知らない。人類が生まれて早何万年。魔王がどのようにして生まれるかは未だに謎のまま。ただ、分かることが魔王は人類の敵だと言うことのみで。魔王は、人を憎み滅ぼそうとしてくるからだ。そして、そんな魔王のであるしもべである魔獣も生まれながらに人を憎み襲ってくる。魔獣の生まれ方も謎だ。

 兎も角、世界は前の魔王が残していった魔獣の脅威で満ちているのに、それ以前の人災によってこの国は滅亡へひた走っていた。





 昼下がり、一仕事終えた俺は数杯目のエールを口にした。喉にキリリとくる刺激は、冒険者として危険な仕事をしていても尚、退屈と感じさせる俺の日常を少し色染める大切なスパイス。

 やっぱり、ギルドのエールが一番美味い。

 エールといえば、冒険者ギルド。それは、この街での決まり文句だ。冒険者は、魔獣相手に命がけで戦ったり、戦争の兵隊のスペシャリストとして呼ばれる分稼ぎが良い。そんな冒険者達が集まる冒険者ギルドでは、金持ち向けの最高級のエールが売れるため用意されているという算段だ。

 冒険者ギルドは、石膏石による立派な建物で三階建てとなっている。それは冒険者ギルドが国連により、国と分離された独立した組織と定められ、稼ぎを過分な税金として持っていかれることがないからだ。冒険者ギルドは、財産を蓄えている。そのことを国を牛耳る貴族は、不満に思い両者は対立しているのだ。
 ギルドは一階が受付となり、二階が品定め室、三階が事務、ギルド長室となっていて、一階にバーが併設されており、そこで冒険者達は飲んでくれている。

 ざわつくバー内では、パーティを組んでいる冒険者達が自分の武勇伝を仲間内に語り騒いでいる。ガヤガヤと雑多に響く話し声は、ギルドが閉まるまで途切れることはないが、そんな中俺は一人だ。

 冒険者は、パーティを組むのが基本である。依頼料が山分けで多少のデメリットはあるが、強大な敵に複数で立ち会え、夜の見張りは交代で行えたりメリットが大きい。
 そんな中、ソロを貫くのは三種類の人間だ。余程の変わり者か、パーティに入れてもらえない者。俺は、三種類目の人間で、一人でも充分に強いからこそ、ソロでも支障がない人間だ。

 冒険者の階級は、1段から12段、12級から1級と幅広くあり段階級である者は、冒険者ギルドの離れにある闘技場兼けん試験場で試験官と戦い昇級し、級階級である者は成した偉業の数で昇級するのだが、この国唯一の第一級冒険者。それが俺だ。第一級冒険者は、世界でも四人しかいない。
 この広い世界で四人だ。世界中にいる王族の数より少ない。

 俺は、生まれてこのかた誰にも負けたことがない。美と愛の女神に愛された男がアドーニスなら、戦いの神に愛された男は俺で間違いないだろう。
 その上、頭も冴えるし、容姿も男らしく整っている。これまで、金や女に苦労したことなんてないし、恐らくこれからもない。得た者は大きく、失ったものもない。きっとこれは人が言う幸せな生活だ。俺は今のまま、何不満なく生活している。

「モーガン、これ」

 エールを飲み終わった所で、冒険者ギルドの受付嬢ミランダが一枚の紙をさらりと渡し去っていく。そこには、宿屋の名前と時間。まあ、お誘い、というやつだ。ミランダはこの街の冒険者のマドンナで、本性は股の緩いビッチだが自分の本分をわきまえているから扱いやすい。

 強い者は男女問わず人を惹きつける。それは、人の心理で抗いようもないこと。

 そんな免罪符を元に、いや、免罪符さえも踏みにじって俺は数多いるセフレと寝ているから、有り余る男としての本能もしっかりと消化出来ている。

 人の美醜なんてどうでもいいが、この顔で生まれて正解だったなと素直に思う。何もしなくても、性欲処理の道具がやって来るのだから。

 約束の時間まで、さあ、暇だ。

 どうしていようか、そう考えていた時だ。目の前に、大きな魔法帽に足首まですっぽり覆うローブと、典型的な魔法使いの格好をしたガキが立ち止まる。

 深くかぶった帽子で顔は見えないが、精巧な魔法帽と高い生地を使ったローブはガキの裕福さを物語っていて、殺気などは感じない。少しでも俺に敵意があれば酒を飲んでいたってその存在が分かる。一流冒険者とはそう言うものだ。

 立ち止まって数秒、じっと俺を確かめるように見たガキは、俺の正面に平行に立って、155センチほどしかない小さな背をピンと張って言った。

「ヴォルフ・モーガン! 光栄に思いなさい! この私があなたのパーティ入ってあげるわ!」

 偉そうに高らかに言うその声は、耳にキンキンとくるほどに高い。若い女だ。

「あ?」

 なんだ、こいつ。


 俺は、この時知りもしなかった。
 この出逢いが俺の運命を大いに変えるなんて。




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