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俺
浮気した彼の末路
しおりを挟む「あー、悪いけど内緒にしてくんない?」
晴久に見られた。
そればかりが俺の頭を占拠する。別に晴久は気にしないはずだ。だって俺のことなど好きでもなんでもない。
「彰?」
晴久に名前を呼ばれ、反射的に中谷さんの後ろに隠れる。俺のことを一途に好きだと言ってくれる中谷さんは、中谷さんの存在を無視して俺を見る晴久に少し戸惑いながら説得を続けた。
「ええ……君もこんなラブホ街歩いてるんだし分かるでしょ?」
「それ、僕の恋人」
まだ恋人なんだ、と現実逃避しながら思う。バレたらきっと何もなかったように。聞き分けの良い優等生みたいに分かりましたと言って全てを終えるかと。晴久はそういう奴だ。
「恋人……あー、はるひさ君だっけ? 彰君はね、君と別れたいんだって」
浮気現場を見られた。もう別れるに充分なはずなのに、決定的な言葉を聞いて反射的に身体が震える。別れたくない。でも、こんなに苦しいから別れたい。
「彰」
それでも、晴久は中谷さんを無視して説明を求めるように俺の名前を呼ぶ。怖くて見れないが、晴久はどんな顔をしているのだろう。
血の気が引いて、指先が冷たい。
苦しくて、晴久以外の誰かを好きになりたくて、俺は中谷さんとセックスをしてきた。全ては晴久以外を好きになるためだ。それなのに晴久と別れたくなくて、縋り付いて泣き喚きたいほどに別れたくない。
好きで。大好きで。
だからこそ、晴久が俺を好きじゃないことに耐えられなかった。
俺が晴久に縋りつかないのは、縋りついてもきっと晴久は俺のことを捨てるし、もし赦されてもきっと俺が苦しい想いをするのは変わらないからだ。
俺が何も言えずに俯いていると、中谷さんは痺れを切らしたのだろう。俺の怒りを代弁するかのように、呆れ口調で話し始めた。
「あのさ、君、好きな人いるんでしょ?聞いてるよ。彰君から。義理の妹さんだっけ?」
そうだ。晴久は晴久の義理の妹を肉親として以上に愛している。いつもいつも彼女と比べられ、負けて、俺はひとりぼっち。俺を優先したことなど一度もなく、デート中だろうと彼女から呼び出されればそっちに行ってしまう。
一度、彼女の文句を言ってしまった日には一週間口を聞いてもらえなかった。それだけの扱いの差がどれだけ俺を惨めにしたか。
晴久は中谷の言葉を否定しなかった。何も言わず、恐らくこちらを見ている。
中谷も無視され続けて、いい加減頭にきたのだろう。
「君に彰君に何か言う権利はないから」
行こう、と中谷さんが俺の手を取り、入るはずだったラブホに向かう。俺はその手を離すことはせずとも、その場から動けなかった。
晴久はきっと追って来てくれない。俺がここにいないと本当に駄目になってしまう。もうとっくに見捨てられいるはずなのに俺はまだ何かを保ちたかったのか。
俺が動けずにいると、中谷さんは後ろから俺を抱いていやらしく腹をさすった。
「彼氏いるのに処女マンだったのには驚いたけど、今や立派に中イキも出来るようになったね」
俺は晴久とセックスをした事がない。モテる晴久はコロコロと彼女を変えるし、別に童貞という訳ではない。寧ろ、気持ちいいことは好きだと積極的なイメージだ。ゲイだった俺がノンケの晴久に告白して、運良く付き合えてもう三年。
何回かセックスに誘っても、晴久は応えてくれなかった。1回目はまだ早いからと。きっと男の俺に勃たないんだと悲しみ、フェラの練習をして2回目、3回目を挑んでも義理の妹に呼び出されたと去っていった。いつからか、俺は晴久を誘うことが出来なくなっていて。そんな時に魅力的だと俺を誘ってくれた中谷さんに初めてを捧げたのだ。
中谷さんは格好良くてスマートな男性だ。男性経験も多く、俺は彼に開発されたと言っても過言ではない。
だから否定できない。
「彰君はエッチで浅い所を突いてもすぐイっちゃうんだ。……君さ、彰君のこと何にも知らないでしょ?」
やめて。もうそれ以上言わないで。晴久が行ってしまう。中谷さんを止めたくとも、中谷さんは嘘をついていないし、俺にそれを止める権利もない気がした。
チラリ、と周りを歩く人たちから視線を感じる。男3人の修羅場なんて面白いだけだ。力強く手を引く中谷さんに今度は逆らわず着いていく。
もうなにも考えたくなかった。
「は?」
予想外な動きを見せたのは晴久だ。何も言わず、俺たちに着いてくる。
「なんなの?」
「いや、最後に彰で勃つのかどうか、あなた達のセックスを見て確かめようかなと」
いつも通りの落ち着いた話し方。だが、その話した内容に耳を疑いそうになる。だけど、そうだ。基本的に優しい晴久は時に凄く残酷なところがある。
「頭おかしいんじゃねぇの?」
「彰、未成年ですよね?バレたら困るのはあなたでは?」
暗に淫交だと脅す晴久に中谷さんは何も言い返せず、黙って部屋の選択を済ました。そして、俺の腕を引っ張って諭すように俺に言った。
「あんな奴と別れて正解だったよ」
晴久に浮気現場を見られた時点で混乱していた頭が今や、それ以上に悪化した状況で何も考えられない。
ああ、もう晴久と別れたことになっているんだ。
絶望で涙さえ出てこない身体は引っ張られる方向に動くだけだ。
安いビジネスホテルのような廊下を歩きながら、これから晴久に他の人とセックスするところを見られるのかとぼんやり思う。
嫌だ。
他の男に抱かれる俺を見ないで欲しい。
そんな風に拒否したくとも俺にそんなこと言う権利はない。それに晴久にとっては実験みたいなもので、その事実が惨めで情けなく、何か言おうとする俺の口を塞ぐ。
中谷さんが俺をベッドに押し倒し、性急にズボンを脱がせる。いつももっと丁寧に愛撫する中谷さんがこんなに急ぐのは、横にいる晴久が原因だろう。
中谷さんが俺の後孔に指を入れ、もうそこが解れているのを確かめる。
「用意して来たんだ。いい子だね」
前を寛がせた中谷さんが自身の肉棒を擦りながら片方の手で俺の頭を撫でる。晴久を好きになったきっかけは怖がられていた俺の頭を撫でてくれたことだと話してから、中谷さんは事あるごとに頭を撫でてくる。中谷さんのそれはすぐに勃ち上がった。
「挿入いれるよ」
中谷さんの肉棒が迫ってくる。せめてもの現実逃避でぎゅっと目を閉じていたが、少しでも晴久が嫌な顔をしてくれればいいと目で隣を見る。
途端、ガツンと硬いものをぶつけた音がした。どさり、と中谷さんの身体が覆い被さってくる。俺はそれに驚き、声を上げそうになったが中谷はぐったりと目を閉じていて意識がないみたいだ。
隣にいたはずの晴久がいなくて、急に中谷さんが倒れた。
混乱していると、倒れた中谷さんをいなくなったはずの晴久がベッドから落とした。その手には血に汚れた花瓶を持っている。
「まだ死んでない」
そう言って冷たく笑う晴久は次に俺の首に手をかけた。
「僕のにならないなら死ね」
痛い。苦しい。身体が勝手に抵抗しようとして、俺はグッとそれを留めた。
嬉しかった。初めて晴久に求められた気がして。良識ある晴久が人を殺すほどに嫉妬してくれた。その事実だけ分かれば死んでもよかったのだ。
いかにもなラブホテルの一室に、荒い呼吸が響く。
少しずつ意識が薄れていく。俺は首を絞める晴久の手に自分の手を添え、うっとりと笑う。
ーーー愛してる。
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