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 あれから週に一回ほど呼び出されるようになった。場所は六本木のナイトクラブだったり、ホテルのスイートルームだったこともある。自分でも弄ばれる自覚はあるが、好きなのだから仕方ない。たが、理性を溶かすような金森のフェロモンに身体が慣れてきて、金森は俺が言い返しても面白がるだけだから、結構反抗的な態度を取るようになったと思う。

「太った……」

 食べる量も運動量も変わっていないのに、最近体重が増えた。角張って筋のあった腕もふっくらと丸みを浴び、肌は柔らかく滑らかになった。原因は分からないが、元が痩せ過ぎというのもあって悪くない変化だ。

「小林さん!」
「豪くんじゃん」

 校内でたまたま居合わせた豪くんが、手を振りながらこちらに近付いてきた。なんだか大型犬みたいだ。

「今日、何限までですか?」
「今日?四限だけど」
「あー、じゃあ時間合いませんね。俺五限まであるんです。もし時間合えば一緒に帰らないか誘いたかったんですけど」
「そうなの?別に待つからいいよ」

 本当ですか!?と爽やかに笑う豪くんとは最近よく話すようになった。基本コミュ症な俺だが、豪くんなら気楽だ。この前から何故か豪くんに懐かれたようで連絡先を聞かれ、それ以来時々一緒に帰っている。最寄駅もバイト先も同じだから特に気を使うこともなく、このまま友達になれるのかもと期待していた。

「今日、倫理の田中教授の授業で」

 初対面で怖がられることが多いという豪くんだが、アルファの中でも特に見た目が良いから注目を集めていて、先ほどからチラチラと視線を感じた。今も友人と一緒にいたみたいだが、俺なんかと帰っていいのだろうか。

「田中教授は出席厳しいからそこだけは気を付けなよ」
「抜かりありませんよ!」

 弟がいたらこんな感じかもしれない。一人っ子だし、部活も入っていなかったから後輩もいたことがなく歳下と関わったことがないため分からない。強面の美形なのに、可愛いと思うのは豪くんの懐っこさ故だろう。

「ん、なに?」

 豪くんの視線を感じて、首を傾ける。何か言いたいことがあれば言えばいいのに。

「あ、いえ……」
「なんだよ?怒らないから言ってよ」
「あの、最近雰囲気変わりましたよね」
「雰囲気?」
「はい」
「雰囲気というか、太ったからそう感じるんじゃない?」

 俺がケロッと言うと、豪くんは気まずそうな顔をしながらまた何か言うまいか悩んでいる。

 女の子じゃないから気にしないのに。

「あー、太ったというより綺麗になってます」

 やっと言葉を口にした豪くんは少し照れたように言った。

「まじ? 全然そんなことないけど」
「いや、本当ですって!どんどん変わっていくから、驚いてますよ」
「えー、ま、褒め言葉として受け取ろう。ただ太っただけなんだけど」
「それだけじゃなくて、こう!色気と言うか」
「色気って俺に?笑うんだけど」

 どうやら褒めてくれているみたいだが、一等の美形に言われてもしっくり来ない。そもそもベータのお手本みたいに平凡な俺が綺麗などあり得ない。確かに鏡を見て印象が変わった気もしないではないが、それも体型故だろう。その上、色気なんてあるわけがない。

「いや、本気ですけどね。それと、今日は体調大丈夫ですか?」
「もう大丈夫。心配かけてごめんな」
「いえ、健康が一番ですから!じゃ、また連絡します!」

 太ったことと関係あるのかは疑問だが、最近腹痛で気持ち悪くなることが多く、前回のバイトの時、豪くんに重作業を変わって貰った。身体でかいんで余裕ですよ、と快く受け入れてくれた豪くんは本当に良い子だ。

 次の講義まで時間がある。図書館でも行こうかと、歩き出したところ金森率いる集団がいた。ふいに昨日のことを思い出す。




「ベータのくせに調子のってんじゃねぇよ」

 金森がいない時に言われた言葉。呼び出された時に居合わせる、金森のセフレたちは大体がオメガだ。時々ベータもいるが、オメガに並ぶほど美しい顔立ちで。金森に相手をして貰うと言うことは、オメガの中でも選ばれた者だけらしく、彼らは金森のセフレと言うことを一種のステータスにしていた。

 その中で、平凡な俺がいたらそれはそうなるだろ。

 実際俺はオメガなのだが、どう見てもベータにしか見えないし、彼らの気持ちは分かるから何も言わない。最初はすぐ飽きられるだろうと相手にされなかったが、俺が継続して呼び出され、金森にタメ口を使うようになるとあからさまに嫌がらせをされるようになった。

「ブサイク」
「よくその顔で生きてけるね。可哀想」

 昨日も開口一番こんな言葉を浴びながら、金森のいる部屋に向かうと扉の前でよく見かける男オメガに肩を叩かれた。
 なんだと振り返ると指を口元に置いて静かにとジェスチャーをしている。従う必要もないが、つい黙って彼を凝視すると扉の向こうから会話が聞こえた。

「金森さんがベータ呼ぶの珍しいですよね」
「あ!それー!ベータ以前にブサイクな奴ね」
「ああ、彼ね。暇つぶし。たまにはいいかなって」
「えー、ひどーい!早く切らないとつけ上がりますよ!!」

 取り巻きのオメガと金森の会話。ベータは俺のことだろう。隣のオメガがニヤニヤと俺を見て笑っている。

 なるほど。これを聞かせたかったわけだ。

「呼ばれたから来たけど」

 誰が傷つく様子なんて見せるか。金森が気まぐれで俺を呼んでることなんで重々承知している。今更なんだ。もう傷つききった心からは涙も出ない。俺は飄々と何も聞かなかった顔をして金森の前に向かった。金森の隣に座っている二人の女オメガは一瞬驚きつつも俺を睨み上げる。

「今、私たちが話してるんだけど?」
「そうですか。……金森、用がないなら帰るけど」

 こんな日々を続けていたら、臆病だった心が擦れて太々しくなってしまった。そうじゃないと、もう無理だったから。

「……早いね」

 金森は今の会話を俺に聞かれても、何も思わないようだ。微笑のまま俺を見て、立ち上がる。

「行っちゃうんですか!?」
「うん。今日は帰っていいよ」

 不満そうな女たちを受け流し、金森がソファへ向かう。俺は女たちの強い視線を感じながら後ろに続いた。




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