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 反射的に金森かと思ったが、顔を見なくても違うと分かった。何故かは分からない。ただ目の前の人物が自分の求める人じゃない。感覚でそう感じる。

「なにしてんの?」

 目の前にはそこそこ整った顔立ちをニヤニヤと歪ませた男が立っていた。目が合うやいなや、ずいと距離を縮ませて観察するように俺を品定めしている。知らない男の距離感にたじろぎ、距離を取ろうにも後ろは壁だ。引き攣りそうな顔を隠して、咄嗟に嘘をついた。

「……待ち合わせしてます」

 この男からは酷い悪意を感じる。この場から離れないとと、通り抜けようとすると男は俺を通さないように壁に手をついた。

「ふーん。じゃあさ、そいつ来るまでこっち来なよ」

 下卑た笑みを浮かべる男がもう片方の手で指差した場所には、この男と同じように俺を見せ物のように見て笑い合う男女がいる。ソファ席になっているそこは、確か入場とは別に高額な料金を払わないと使えない特別席だったはずだ。

 男の仲間だろう女が俺を指差して笑っている。

「いやです」

 UMAとしてこれから悍ましい拷問をされるかのような、恐怖。ゾッとしながら断ると、男は店内の爆音で俺の返事が聞こえなかったらしく、顔を近付けてきた。生理的嫌悪が襲う。

「来るでしょ」

 男はまさか俺が断るとは思っていない態度で、傲慢に決めつけた。それは板についていて、普段からこうなのだろう。何の違和感もなく俺が言うことを聞くと思っている。

「いや、です」

 離れたい気持ちを抑えて、男に聞こえるように声をあげた。この男に怯えて、はいはいと着いて行ってしまったらヤバい。能天気な俺だって分かる。

 今度こそ聞き取れたのだろう男は少し不愉快そうにした後、嘲笑うように鼻で笑ってぐいっと俺の腕を引っ張った。

「あー、はいはい。取り敢えず行こっか」

 元から俺に拒否権はないのか。断っても連れて行くつもりだったのか、強い力で引っ張り無理やり連れて行こうとしている。下半身に力を入れて踏ん張っても、ヒョロい俺の力ではなんの抵抗にもならない。

 嫌だ。なんでこんなことに。
 俺はただ金森に会いたくて。それだけで。

 もしかしてバチが当たったのだろうか。金森のメッセージに浮かれてこんなところまでノコノコ来たから。

 今更ながらの後悔で胸を埋めても、今を乗り越えないとどうにもならない。握られた腕を渾身の力を込めて振ると、拘束が少し弱まった。

「っ」
「お前、調子乗ってんじゃねぇぞ」

 その隙に離れようとしたが、男の長い腕に簡単に捕まってしまう。今までのヘラヘラした態度とは違う明らかな怒気。男の低い声が俺を地獄へ落とし、先ほどより強く握られた腕が悲鳴を上げた。

 もうだめだ。
 金森。

「ーーーー遅かったね」

 俺が諦めかけたその時、まるでこの場に似合わない気軽な声を聞いた。

「っかな、もり」

 金森は男と俺の横に立ち、微笑を持って俺を見ている。その笑みが作り物と知っているのに心の底から安心した。酷い男とわかっているのに、そるで恋愛小説のヒーローみたいでキラキラと輝いて見える。

 男は突然の金森の登場に一瞬呆気に取られたが、自分よりも若そうな男相手に自信を取り戻したように強気に笑う。

「ああ、待ち合わせ相手?」

 男は尚も俺の腕を掴んだまま、ジロジロと値踏みするように金森を見た。俺が怯んだ視線に金森は動じることもなく、寧ろ男のことは完全に無視だ。まるで相手にしていないそれに、男も少しして気付いたのだろう。

「っおい」

 俺にしたように怒気を持って睨むが、金森に効くことはない。意図的に見ていないというよりは本当に眼中にないようなそぶりだ。

「来るでしょ」

 今にも掴みかかりそうな男をそれでも無視した金森は、俺に笑う。一見優しそうなそれも、実は俺の腕を掴む男と変わらない。まるで断られるとは思っていない。俺がついて来るのが当たり前だと思っている。そう、本質は変わらないはずなのに、どうしてこんなにも金森の言葉が嬉しいのか。俺がこんな目に合ってるのも、ここに呼んだ金森のせいでもあるのに。どうしてこんなにも恋しいのか。
 でも、来ると決めたのは俺だ。

「行く」

 俺の絞り出した言葉を聞いた金森はうんと言って、掴まれた腕とは反対の俺の手を引く。金森の手は温かく、緊張で冷えていた俺の手にじんと安心が広がった。勿論、俺は金森について行こうとしたが、男はやはり簡単に引くような奴じゃなかったらしく大声を張り上げた。

「無視してんじゃねえぞ!」

 背後でアルファのフェロモンを感じる。分かりやすい威嚇だ。オメガの発現率が一割の俺でも本能的な恐怖を感じる。周りのオメガがびくりと身体を震わせるのが見えた。

「……邪魔だよ」

 金森が笑顔のまま諭すように言った。威嚇フェロモンを出しながら。騒がしかったホールが沈黙で静まり返る。激しい音楽が鳴り響く中、人の声だけ消え去って、走った緊張がビリビリとこの場を支配した。威嚇フェロモンは男と比べものにならない程強く、動物としての格の違いを明確に示している。ステージ上のオメガの腰が抜け、一番近くにいた俺も恐怖で肩が振るえた。それでも、金森に握られた手が俺を守って恐慌状態になることはない。

 男は顔を青くして俺の腕を離した。

 緊張感の中、金森は何もなかったかのように歩き出す。俺は目の前を歩く背中が無性に愛おしくなって、そっと金森の手を握り返した。




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