デュラハンに口付け

キマイラ

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番外編

その後1

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 目の前の男が別の世界の住人だということはすぐに分かった。菫色の瞳が光の加減で見せるネオンピンクの煌めき。極上のカラーチェンジアメジストの瞳に帰れないことを知り、そこに映る熱を見てもう離れられないと思った。パサパサとしたアッシュブラウンの髪に手を伸ばして唇を合わせて、息継ぎの合間に二人愛を囁き合い溺れるように交わった。

 そんなふうに白日の下求め合って、そしてこの世界で再び目覚めた時、私は熱を出していた。鈍く痛む頭と目の奥の熱さに苦笑いを浮かべながらシーツにくるまる。自分が今いるこの場所の季節は定かではないが、一人寝するシーツの中は肌寒く、そんななか髪も身体も濡れたまま夜を明かし一糸纏わぬまま過ごしていたのだから当然の結果であった。

 不意に心細くなって仕事があると出ていく男を思わず呼びとめようと口を開いたがそれが音になることはなかった。呼び掛ける為の彼の名を知らなかったからだ。自分が情けなくて笑えてくる。むしろ泣きそう。いくらここが見知らぬ場所だとはいえ子供じゃあるまいに体調が悪くて一人じゃ心細いから傍に居てほしいだなんて思ったこともそうだし、未だ名前すら知らないことを忘れるくらい浮かれていたこともだ。何もかも情けなくて、何も考えたくなくて。妙に考えが悲観的になったり自虐的になったりするのはきっと熱のせいだ。そう自分に言い聞かせて不安を誤魔化して、次に目覚めた時こそは名前を聞こうと思いながら目を閉じた。

 名前を問うた私に男は何故か困ったように笑いながらビリーと名乗った。その表情に熱を出して魘されながら抱いた不安がまた鎌首を擡げた。

 どうして困ったように笑うの。名前を聞かれたくなかったとか? そんなふうに考えてしまう自分が嫌になる。いつからこんなに弱くなっちゃったんだろう。今までなら上手く自分に言い聞かせて解決できたのに。強がっていただけだって分かってはいるけど、それでも良かったのだ。だって私は独りでも生きられたのだから。それなのに、今はこの不安を彼に取り除いてほしいと思ってしまう。何度自分に言い聞かせても不安は消えない。強がることを止めたら途端に一人で立てなくなってしまった。

 彼は行く宛の無い私を何も言わず家に置いてくれているけれど、本当はいつになったら出て行くのだろうと思われているのではないか、いっとき忘れていたそんな不安を思い出してしまったのだ。不安から逃れたくて、楽になりたくて、いっそ本当は私を持て余しているのではないかと聞いてしまいたかったけれど、それを行動に移す勇気は持てなかった。

 あの時、私は確かに一歩を踏み出した。そうして彼の腕の中に飛び込んだのに。自分の殻を破ったはずだった。それなのに不安を取り除く為の問いかけすら言葉にできない。一言、たった一言でいいのだ。言葉にすればきっと彼は否定してくれる。そう思っているのに私はそれを口にできない。慣れ親しんだ臆病さはそう簡単に取り去れなかった。

 正直、厄介事として見られていても仕方ないと思う。ガスも電気も無いこの世界で私は常識も無ければ家事も碌にできないのだから。火を熾すことすらできない私を彼はどう思ったのだろう。行為の最中に囁かれた愛の言葉なんて信用ならないと言った誰かの言葉を思い出すくらいには私は冷静さを取り戻していた。それでも、無性に彼の腕の中で愛の言葉を聞きたくなった。
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