デュラハンに口付け

キマイラ

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番外編

ヒーローサイド6

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 彼女の心に触れたいのだと望みを自覚した途端に彼女に触れることへの躊躇いだけが大きくなっていく。どんなに触れたところで一番欲しい物は手に入らない。彼女の心を請うことすらできないのだ。それがこんなにも辛く苦しいことだとは知らなかった。芽生えた迷いが重石になってどんどん身動きが取れなくなっていく。ひどく息苦しい気分だった。

 鏡に映る己が日に日に窶れ草臥れていく。こけた頬に落ち窪んだ目。何時の間にやら痩せたようで、肌も髪もつやを失って、憔悴しきった姿のなんと哀れで惨めなことか。夢の中に現れる彼女に生気を吸い取られていると言われても納得できそうな程だった。

 精神的にも肉体的にも限界が近いのだと、否が応でも気付かされた。

 何一つ解決に導いてはくれないが苦痛から逃れたくて彼女に手を伸ばし続けた。他に逃れる術など知らなかった。彼女だけが――その縋る腕が、見上げる視線の切なさが、甘い嬌声が、束の間苦痛を忘れさせてくれる。けれどそれも一時の慰めにしかならなかった。彼女を弄んでいるような現状は何一つ変わりはしないのだから。目覚めれば罪悪感と虚しさが残るだけだと、そう分かっているのに俺は彼女に手を伸ばさずにいられない。

 まるで麻薬のようだと思う。微温湯に浸かるような日々に少しずつ蝕まれて後戻りできなくなっていく。さながら中毒者のように、手放せない甘い猛毒が日を追うごとに足りなくなって、今まで通りじゃ満足できなくなった。愛されたいと、求められたいと渇望だけが大きくなっていく。じりじりと胸を焦がす感情のままに叫んで愛を請うてしまいたい。どれだけ叫ぼうが聞こえないことも分かっている。それでも心は伝えたいと喚き散らしているのだ。伝えられない情熱が、飲みこんだ分だけ腹の底に溜まって燻っていた。

 こんなにも誰かに焦がれたのはいつぶりだろう。そう考えて思い返した過去のあれこれと比べても彼女への想いと比肩するものは無い。ここまで焦がれた人が現実に存在しないことの残酷さなんて知りたくはなかった。

 二人でつかる浴槽は狭く、かなりの量の湯が溢れ出ていった。腕の中の彼女は柔らかく微笑んでいる。それがどこか幸せそうに見えて、自分の願望が見せた幻想だとしても心が浮つく。濡れた黒髪をくるくると指に巻きつけて、乾いたらどんな手触りがするのかと考えて苦笑した。乾いた髪に触れられる日なんて来やしないと分かっているのに、有りもしないもしもを考えてしまう。夢の中でも鏡越しにでもなく彼女と会えたならと。

『いっそこのまま連れ去ってしまえたらいいのにな』

 彼女にも神にも届くことのない自分勝手な願いと溜息が零れ落ちた。……首が無くてよかったと初めて思った。



+++++



 ああ、まただ。また彼女は苦しそうな顔をしている。何かを耐えるような彼女の表情に切なさだけが増えていく。日ごと増していくその切なさをどうしたら笑顔に変えられるのだろう。

「こっちも触って」

 導かれるまま触れた先は僅かにぬめりを帯びていた。それを馴染ませるように秘裂をなぞっていると再び彼女が口を開いた。

「ねえ、痛くてもいいから早く入れて」

 そんなことできる訳がない。快楽に溺れるさまを見たいと思うことはあれど彼女を苛みたい訳じゃないのだ。己はむしろ彼女を慈しんで愛でていたいのだから。

「あん、……お願い、今日はひどくして。何も考えたくないから」

 ひどくしてくれだなんていったいどうしたのだろう。どこか苦しそうな表情の彼女に、今日は殊更に優しくしようと思った。擦って摘まんで転がして、撫で回して擽って。そうして絶頂へと導いてほぐれて蕩けた体内へ指をそっと滑り込ませる。

 俺の指を咥えこんでうっとりと縋り付く彼女はなんとも淫らで愛らしい。蕩けたままの彼女の表情が不意に憂いを帯びた。

「キスもできたらいいのに」

 ポツリとこぼした彼女の視線の切なさにまるで自分に焦がれているような錯覚を抱きそうになる。この目で見つめられて愛を囁かれたならきっと命さえ惜しくない。彼女が悪魔だったなら喜んで魂を捧げよう。そうして彼女に絡め取られるなら幸せだろうと思う自分を馬鹿げていると笑いたかった。

 俺が何度届くことのない口付けを送ったかも知らぬ彼女の柔らかな頬をそっと撫でた。

『お前が好きなんだ。頼むからそんな目で見ないでくれ』

 このままでは引き返せなくなってしまう。感情の波に呑まれて溺れ死んでしまいそうなのは、ただ彼女に耽溺していた己への罰なのだろうか。

 不意に心臓の真上に唇を寄せた彼女に、心も魂も何もかも吸い取ってほしいと思った。苦しくて堪らない。沸き上がる衝動のままに愛していると叫んで抱きしめてしまいたい。強く噛んだ唇が痛んだ。この痛みも朝になれば消えてしまう。その遣る瀬無さに更に強く唇を噛んだ。
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