騎士様も異世界人

キマイラ

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 次の日の朝、私は普段通りの態度を心掛けていた。朝食を食べて、出て行く姿を見送る。もちろんお弁当を持たせるのも忘れない。

「いってらっしゃい」

「……行って参ります」

 パーシヴァルさんは終始なにか言いたそうにしていたけれど、なにも言ってこなかった。

 洗濯をして掃除をして井戸端会議に参加する。それが終われば買い物だ。商店街でご近所さんのリンジーさんに会った。

「あらミナーヴァ、あなた今日は浮かない顔をしていると思ったけどまだ暗い顔をしてるわね。なにか悩みでもあるの?」

「あー、パーシヴァルさんとちょっと喧嘩っていうか私が一方的に気まずいというか」

「その顔は仲直りしたい顔ね。素直になりなさいな。謝るのは早い方がいいわよ」

「そうは思うんですけど謝ると言いたくないことを言わないといけなくなりそうで」

「それを言ったら彼を傷付けるの?」

「それはないです」

「なら言った方がいいわよ。きっとその方が上手くいくから」

「そういうものですか?」

「そういうものよ。男と女なんてね、言いたいことだけ言っても上手くはいかないんだから。だから言いたくないことでも伝えるべきことはきちんと言葉にしなくちゃ」

 私の感情ははたして伝えるべきことなのだろうかという疑問はあったが素直になった方がいいというアドバイスには従おうと思った。一緒に住んでいるのだし変にぎくしゃくしたくはない。

 夕飯はローストビーフにした。あとミネストローネ。どちらもパーシヴァルさんの反応がよかった料理である。なにを出しても美味しいと言ってくれるけどたぶんこの二つは好きな食べ物だと考えていいと思う。あとはハンバーグも結構いい線行ってると思う。オムライスも好評だった。今日の主食はパン。私は白米派だけどパーシヴァルさんを喜ばせるのが今日の食事のメインテーマなので。赤ワインも用意して準備は完璧。あとはパーシヴァルさんが帰って来るのを待つだけ。

 ああ、帰ってきた。

「おかえりなさい」

「帰りました」

「今日のご飯はローストビーフとミネストローネです。先にお風呂にしますか? それともご飯にしますか?」

「それは楽しみです。……先に風呂に入ってきます」

「分かりました」

 パーシヴァルさんは魔法を使って一瞬で髪を乾かしてしまうので、その間にミネストローネを温めるなんてことはできない。どうしても少し待ってもらうことになる。仕方がないんだけどちょっと申し訳ない。ちなみにこの髪を一瞬で乾かす魔法は私も教えてもらって習得済みだ。QOL爆上がりだった。私が唯一使う魔法である。

 あ、パーシヴァルさんたぶん脱衣所にいるわ。ミネストローネ温めよう。

「今温めてますからもう少し待っててくださいね」

「はい」

 普段通り、だと思う。パーシヴァルさんの反応もいつもと変わらない。このままなにもなかったことにしてしまいたかった。けれど私は昨夜パーシヴァルさんを傷付けた。この事実はなかったことにならない。

「召し上がれ」

「今日も美味しいです、マスター」

「それはよかったです。ワインもありますよ。飲みますか?」

「いただきます」

 あ、ワイングラスないや。ワインは買ってきたけどそこまで頭が回らなかった。

「ごめんなさい、ワイングラスを忘れてたのでコップで飲んでください」

「かまいません」

 アルコールの力を借りようと私もワインに口を付ける。リンジーさんに素直になった方がいいと言われたけれど素面じゃ無理だ。

「昨日のことなんですけど。まず、言い方が悪かったです。ごめんなさい」

「……俺には言いたくないことっていったいなんなんです?」

「……あなたが好きだと気付いてしまいました」

 今の私はきっと困ったように笑っている。

「マスターが、俺を、好き?」

「はい」

 言ってしまえば簡単だった。困惑の中にいるであろうパーシヴァルさんとは対照的に私は落ち着いていた。

「はあ」

 顔を押さえたパーシヴァルさんがはあと息を吐いたのが分かって思わず肩が揺れる。ああ、やっぱり迷惑だったかな。申し訳ない。

「こんなことがあっていいのでしょうか」

「マスター、俺はあなたの唯一の騎士ナイトになれて幸運だったと思っていました。選ばれるかも分からないその他大勢から選ばれ続けるただ一人になれたのですから。その上、マスターが俺を好き? 正直信じられません。こんな幸福があっていいのでしょうか」

「好きですよ、パーシヴァルさん」

 あれ、意外と好感触? と調子に乗った私は改めて好きだと伝えた。

「俺達騎士ナイトは英雄達のエピソードを切り貼りされて能力をつぎはぎされて生まれた人造生命です。主人の命に従い戦うことだけを求められた命なんです。そんな俺に普通の人間の家庭のような温かさを与えてくださったのがマスター、あなたです。そんな人に心惹かれぬ生物などいるでしょうか。少なくとも俺は惹かれずにはいられませんでした」

 さらっととんでもないことを暴露された気もしたがそんなことは気にならなかった。人造生命だとかよりもっと気になることがあったから。

「えっと、じゃあ両想いってことですか?」

「はい、マスター。お慕いしています」

 そう言ってパーシヴァルさんはそれはそれは綺麗に微笑んだのだった。
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