騎士様も異世界人

キマイラ

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 今日のパーシヴァルさんは仕事が早く終わったらしく午前中で家に帰ってきた。もともとお弁当はいらないと言っていたのでそうだろうなと予想はしていたけれど。お昼ご飯はなにを作ろうか、なんて考えていたら声をかけられた。

「マスター、出かけませんか」

「どうしたんですか、急に」

「いえ、他の冒険者から美味しいと評判の定食屋を聞いたのでぜひ一緒に行きたいと思いまして」

「外食ですか、たまにはいいですね。行きましょう」

 そんなわけで二人で外出した。こうして二人で歩くのはこの世界に来た最初の日以来だ。それからはずっとパーシヴァルさんはお仕事、私は家事と別れていたので。

「マスター、こちらです」

「……パーシヴァルさん、そのマスターって呼びかけるのやめません?」

「御身は我が唯一の主ですから。……お嫌ですか」

「嫌っていうか。世間様がギョッとすると思うんですよ。せめて人がいる時くらい名前で呼んでください。私も自分の名前を忘れそうです」

「では、外ではミナーヴァとお呼びしましょう」

「そうしていただけると助かります」

 本当は普段からマスター呼びとかやめてほしいけどたぶん無理だろうからここで妥協した。他人同士の関係において妥協とか折衷案とかって大事だよね。

 メニューを見て私は驚いた。かつ丼がある。オムライスも。ということはこのお店ではお米が食べられるのだ。いやでもあまり期待してはならない。ジャポニカ米じゃない可能性だって多分にあるのだから。

 期待しすぎるなと自分に言い聞かせながらも胸が躍るのが止められない。私はかつ丼を頼んだ。パーシヴァルさんはこだわりがなかったらしく私と同じものをと店員さんに頼んでいた。

 運ばれてきたのは紛うことなくかつ丼だった。お米もジャポニカ米に見える。一口含んで出汁の絡んだ白米の甘くもっちりとした食感に思わず笑みが零れる。ああ、私はこれが食べたかったのだ。幸せ。連れて来てくれてありがとうパーシヴァルさん。

「私、こっちに来てからずっとお米が食べたかったんです。だからありがとうございます。連れて来てもらえてよかったです」

 そう笑顔で告げればパーシヴァルさんも微笑んだ。

「それはよかったです」

 それから二人で街をぶらぶらした。普段行かない方にも行ってみたらなんとエスニック食品を扱う店があるではないか。……お米はあった。私が探せていないだけだった。少し悔しいけどこれで今度からお米が食べられるのだ。よしとしよう。あちこちのお店をひやかして、立体的な花模様のバレッタに目が行った。髪留め、欲しいんだよね。いつも下ろしてるけどちょっと作業中とか邪魔になるし。いや、ヘアゴムの方がいいのは分かってるんだけど可愛いじゃん。あ、あっちのべっ甲柄のやつも可愛い。それでもやっぱり視線は最初に目を引かれた花模様のバレッタに行ってしまう。

 我慢我慢。お小遣いだって多少貰っているけど私は養われている身だ。無駄遣いはできない。

「ミナーヴァ、これですか?」

 私がいいなと思っていた花模様のバレッタを指差してパーシヴァルさんが言う。気に入ったのバレてたんだ。目敏い人だ。

「可愛いなとは思いましたけど今日は買いません」

 事実、私のお小遣いじゃちょっと足りない。具体的に七百ゴールドほど。

「店主、これをくれ」

「え、パーシヴァルさん?」

「ミナーヴァだって年頃の娘です。髪飾りの一つや二つ持っていたっておかしくないでしょう」

 年頃の娘と呼ぶにはアラサーは薹が立っていると思うのだが……。パーシヴァルさん、私のこといくつだと思ってるんだろう。これは帰ったら話し合いだな。

「ありがとうございます」

 バレッタを手渡されて素直にお礼を言った。それから私達は家へと帰った。

「パーシヴァルさん今日はありがとうございました。楽しかったです」

 なんかこういうことを言うとデートみたいだなと思ったけれど気にしないことにした。いやデートしたことないけど。なんとなく異性と縁がなかったのだ。むしろ会社と家との往復の日々でどうやったら異性と出会えるのか教えてほしい。

「マスターはいつも家にいるでしょう? 外出と言えば日用品の買い出しばかりで気分転換になればと思っていたんです。楽しかったなら何よりです」

「はい。髪飾りも大事にしますね」

 はにかむように笑みを浮かべてそう答えた。パーシヴァルさんは優しい人だと思った。それ以外にもなにか芽吹きそうな感情があったけれどそれは見ないふりをした。気付いてもきっと幸せになんてなれない感情だ。気のせいだということにして私はなんでもないような顔をした。
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