上 下
62 / 83

絆⑤

しおりを挟む
 ミーナは地上へ出る階段の終わりまで来ると『サーチ』を使い、人が居ないことを確認する。
 そして出口を作り、外の空気を浴びた。
 彼女に続いて、後ろの三人も数時間振りの空を仰ぐ。

「すっかり日が落ちてるなー」

 二番目に出てきたスライが、そう言って辺りを見る。

 風が吹くたびに木々がさざめき、途端に収まると、不気味な静けさだけを周囲に残していた。
 木々の隙間から見える空は、半分以上が薄紫色を占めていた。だが飾り気のない、淡白な色。

 そんな景色とは裏腹に、拍子抜けした声が雑木林に響く。

「わたしお腹空きました~」
「俺もー」

 ジャックとフィリカはお腹に手を当てて、出てくる時から空腹の意思を示していた。

「あれだけ動きゃ、そりゃ当然腹も減るわな」

 流し目で「旨い御飯食いたいですねぇ」とスライを見るフィリカ。しかし「旅の時にね」と軽く受け流される。

「それにさ、ずっと黙ってたけど、お前らだけ水あるのに俺、水もなかったんだぞ?」
「どうして?」
「どうしてって······お前のせいだよ、半分」
「あぁそういえば、あの時空っぽになってたな」
「そう」
「私はてっきり、自分を追い込んでるのかと思ってましたよ」
「んなトコで追い込みかけねぇよ。ってか気付いてたのかよ」

 同じポーズを取っている彼女に、ジャックはつい突っ込んでしまう。
 そんな彼に、魔法で入り口を閉じたミーナが話しかける。

「それならそうと、なんでもっと早く言ってくれないのよ」
「いやだって、そんな長くなると思ってなかったし······。それに、そういう空気じゃなかったじゃん······」

 彼は、つい口にした不平を隠すように、尻すぼみになる。

 土の中での訓練は、ミーナが主導のもと行われていた。
 その内容は、戦闘を想定した魔法の使用だったが、魔力を無駄遣いしたり、他者へ魔法を使う『チェイン』のタイミングが一瞬ズレただけで、彼女から叱責が飛ぶというスパルタなものだった。

 ——そこ! 一秒遅い!
 ——ちゃんと相手の魔力を感じて!
 ——違う! もっと足元に集中するの!

 それは彼女自身が、魔力——魔法に長け、そこに完璧を求めてしまう故のものだった。

 中でもジャックは、四人の中で「魔力操作」に関しては一番下手に当たるため、特にひどく叱られていた。

 ——ジャック! あんたやる気あんの!
 ——下手くそ! しっかりやって!
 ——あああ、もう! さっき言ったでしょ! 同じ失敗繰り返さないで!

 そのため彼は自分の不甲斐なさも含め、怒り続ける彼女に、自分の意思をなかなか申し付けることが出来なかったのだ。

 だが、そんなジャックの胸中はいざ知らず、追い打ちをかけるよう、彼女はここでも説教を始めてしまう。

「なによ。あんたが私と離れてる時も、魔力の訓練を怠らなければ良かっただけのことじゃない」

 咎める口調の彼女が言う「時」とは、あくまで、彼が兵士になるまでの時間である。

「正直ガッカリしたわ。昔とそんな成長してなくて」

 ジャックに対しての、訓練中のもどかしさがまだ取れきってない彼女は、無遠慮に思いの丈を吐き出してしまう。

「操作のやり方は知ってるんだから、その練習を続けてないのはあなたのせいだと思うわ」

 そんな滅茶苦茶な答えをする彼女に、少年期の自由奔放な時間までも叱責の対象にされ、ジャックもいよいよ、訓練中に募っていた苛立ちと共に、感情を思いのままに口にしてしまう。

「はぁ? 何言ってんだ」

 森がちょうど鳴き止んだ。
 彼女は、その言葉を聞き逃しようがなかった。

「なに、文句あるの?」

 いつもの愚痴を漏らしたのだろうと、彼女は思っていた。

「あるに決まってんだろ。俺は元々兵士になるつもりだったんだぞ?」
「だからなに?」
「その時の兵士だぞ?」
「だから?」
「だから! 魔法なんて必要ないだろ!?」

 急に声を荒げたジャックに、一瞬目を丸くしたミーナだったが、すぐにそれは鋭い目つきへと変貌する。
 彼女にとって、彼が口にする「魔法なんて」という言葉だけは許せなかった。

「お前が急に何も言わず姿見せなくなって俺は日常が変わったってのに、そんな中ひとり、魔力の練習に励んでろなんて言うのは、いくら何でも自分勝手がすぎるんじゃないのか!?」
「じゃあなに? 今やってる訓練が上手くいかないのは、全部私のせいだっていうの!?」
「誰もそんなこと言ってねぇだろ!」
「じゃあなによ! 不満があるなら全部言ったらどうなの!?」
「いいのか本当に言って!?」
「えぇいいわよ! その腑抜けた頭の中全部聞いてあげるわ!」
「なんだと······!」

 瞳孔の開いた彼は、今にも飛び掛りそうな勢いだった。

「言いたいことがあるんでしょ! 早く言いなさいよ、ジャック! それともあんた、本当に腑抜けなの!?——」
「ちょ、ちょっともうやめてくださいよ······」

 流石にこれ以上はまずいと思ったフィリカが、間に入って止めにかかる。だが、二人は互いを睨んだまま、頑なに目を逸らそうとはしない。
 再び木々が風に揺れ、さざめき始める。

「ジャックさん落ち着いて。ミーナさんも、らしくないですよ。そんなムキになるなんてどうしたんです——」
「フィリカ。明日は俺と練習してくれ」
「えっ」

 それだけ言うと彼は、城の外へ向け歩き出した。

「ジャック、勝手は許さないわよ」

 聞こえるよう言ったミーナだが、彼は振り返ることなく、その場を立ち去っていった。

 その姿が見えなくなってもまだ、ミーナは肩で呼吸をしていた。

 重い空気の中、取り残されるフィリカとスライ。それを察してではないが、一度深く息を吸ったミーナが、二人に向け言葉を発す。

「······ごめんなさい。ちょっと一人にしてもらえるかしら」

 心配そうな顔を浮かべ、胸元で手を組むフィリカの背中に、そっと手が添えられる。
 その主と一、二秒目を合わせるとフィリカは顔を伏せ「······待ってますからね」と言って、林の外へと並んで歩き出した。

 ひとり、立ったまま取り残されるミーナ。

 木々は明かりを失い、彼女の周りには黒い影だけが形作っていた。
 人気を感じなくなった彼女はしゃがみ込んでいた。そして自分の腕に、目元を押し当てる。

 彼女の頭の中では、彼の放った一言がずっと渦を巻いていた。

 ——魔法なんて必要ないだろ!?

 嫌でも繰り返されるその言葉に、彼女の喉から鼻の奥へ、重たいものがこみ上げてくる。

「············ぐすっ············なによ」

 誰も来ない訓練場の奥で、嗚咽する少女の声だけが、哀しく響き続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

処理中です...