上 下
25 / 83

東雲(しののめ)④

しおりを挟む
 それから二日後の城の上空には、曇り空が広がっていた。

 あの後、城へ戻った二人は、医務室へとフィリカを運んでいた。
 トゲの刺さった彼女と、右手にモンスターを持ったジャックを見た医師は、すぐに対応をし、彼女に処置をしてくれた。
 だが、まだ完全には麻痺が抜けなかったフィリカは、それから医務室のベッドでしばらく過ごす事となっていた。

「おう、元気か?」「元気? フィリカ」

 二人は彼女のお見舞いへと来ていた。
 ジャックの手には、街で買った、焼きたてのパンが入った紙袋がぶら下がっている。

「あっ、ジャックさん、ミーナさん。また来てくれたんですね」
「おう。これ持ってきたぞ」

 彼は、持っていた紙袋をフィリカに見せる。

「わぁー! それって人気店『オレンジ』のパンですよね!? ありがとうございます!!』

 それを受けとったフィリカは、中を開け匂いを嗅ぐと、「んはぁ······」と、それだけで幸せそうな顔をする。

「良かったわ。喜んでもらえて」

 そう言って、ベッドの隣の丸椅子にミーナは座る。
 我慢しきれなかったフィリカは、紙袋からパンを一つ取り出し、ベッドの上でそれを食べ始めた。

「せめてベッドから出て食えよ。怒られるぞ?」

 だが、今のフィリカには彼の声も届いていないようだった。
 あまりの美味しさにか、それを勢いよく食べていた彼女は、パンを喉に詰まらせる。
 側のテーブルにあった水をミーナが渡すと、フィリカは急いでそれを飲み、自身の胸をバンバンバン、と叩く。

「······んああっ!! はぁ、はぁ······美味しさのあまり、危うく死ぬところでした」
「違うだろ。ったく、ちゃんとゆっくり食えよ」
「ジャックの言う通りよ。パンなんかで死なれたら、たまったもんじゃないわ」

 ミーナは、フィリカから空になったコップを受け取る。

「でももう、自分で食べられるようになって良かったわ」
「はい。まだ痺れる感覚はありますけど、おかげさまで、食事くらいは出来るようになりました」
「医者の薬もよく効いているのね」
「みたいです」

 フィリカは自分の手や腕を、あちらこちら動かしては見て、その様子を確かめる。

「思ったより早い回復だったな、フィリカ」

 快方に向かう彼女を、ジャックはおちょくる。

「なんですか? その言い方は。こっちはこっちで大変だったんですよ?」
「大変って何が? 寝てるだけだろ?」
「自分で動けると動けないとじゃ大違いなんです! ——トイレも碌に出来ないんですから······」
「あぁ。そういうこと」
「デリカシーないわね······あんた」
「世話をしてくれたのが女の人だったとは言え、あんな事されて物凄く恥ずかしかったんですから······」

 彼女は、髪から少し出た耳を赤くしながら、またパンにかじり付いた。
 だが、モグモグと食べながら何かに気付いた彼女は、目を大きく見開き、かじるのをやめる。

「あっ、でも、そしたらもう、ミーナさんに御飯食べさせてもらえなくなるのか」

 しまった、というようにフィリカは両手で頭を抱え、煩悶する。

「何を残念がってるのよ······」
「ミーナ、フィリカのためにも、もっかいトゲ刺してやれよ」
「その方がいいのかしら······?」

 彼女はまだベッドの上で、パンを持ちながら悶えていた。

「こんな子だったかしら······」
「さぁ······麻痺で頭おかしくなったんじゃないか?」

 二人がその光景に呆気取られていると、男性の声が部屋に響いた。

「ミーナさんは居ますかー?」

 彼女を呼んでいたのは、門で警備をする、若い兵士の一人だった。

「何かしら?」
「さぁ······」

 何の心当たりもないミーナだったが、「私です」と手を挙げ、立ち上がる。
 そして、それに気付いた門兵はこちらに歩み寄ってくる。

「お話中、失礼します。怪しい輩が城門をくぐろうとしておりましたので、つい引き止めた所、その者が『あなたに会いたい』と仰ってるものですから······とりあえずお伝えしに来ました。その風貌から、どうするべきかは悩んだのですが······」
「誰かしら······? ちなみにどんな方です?」
「黄金の鎧に身を包んだ男と、おっとりした風格のエルフの女性です」

 ミーナの頭には、あの一行しか浮かばなかった。
 それを端で聞いていた二人も、目を合わせると「あの一行に違いない」と確信をする。

「知ってる顔よ。すぐ行くって伝えてもらえるかしら?」
「はっ、わかりました!」

 門兵は敬礼をすると、早足で城の外へと向かった。

「ごめんなさい。そういう訳だから、ちょっと行ってくるわね」
「······ああ」
「フィリカをよろしくね」

 それだけ言うとミーナは、スタスタと部屋の外へと出て行った。
 彼女が姿が見えなくなった後も、ジャックはまだ、そちらをずっと見ていた。それを見兼ねたフィリカが、溜息をついて口を開く。

「ジャックさんも行ってきたらどうです?」
「······なんで? 俺に用じゃないんだろ?」
「ミーナさん、心配じゃないんですか?」

 彼女に心を見透かされたジャックは、返す言葉に戸惑う。

「もう、早く行ってくださいよ。食事の邪魔なんです。せっかくの私のパンが冷めちゃうじゃないですか」

 フィリカは彼を追い払うように手をシッシッ、とする。
 それでも少し躊躇(ためら)いをするジャックだったが、次には、すぐ足を動かして、入り口の方へと走っていた。

「······悪いな、フィリカ。また今度そのパン買ってやるよ」
「へへ、楽しみに待ってます」

 そう言ってジャックは部屋にフィリカを残し、彼女の後を追いかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

処理中です...