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東雲(しののめ)④
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それから二日後の城の上空には、曇り空が広がっていた。
あの後、城へ戻った二人は、医務室へとフィリカを運んでいた。
トゲの刺さった彼女と、右手にモンスターを持ったジャックを見た医師は、すぐに対応をし、彼女に処置をしてくれた。
だが、まだ完全には麻痺が抜けなかったフィリカは、それから医務室のベッドでしばらく過ごす事となっていた。
「おう、元気か?」「元気? フィリカ」
二人は彼女のお見舞いへと来ていた。
ジャックの手には、街で買った、焼きたてのパンが入った紙袋がぶら下がっている。
「あっ、ジャックさん、ミーナさん。また来てくれたんですね」
「おう。これ持ってきたぞ」
彼は、持っていた紙袋をフィリカに見せる。
「わぁー! それって人気店『オレンジ』のパンですよね!? ありがとうございます!!』
それを受けとったフィリカは、中を開け匂いを嗅ぐと、「んはぁ······」と、それだけで幸せそうな顔をする。
「良かったわ。喜んでもらえて」
そう言って、ベッドの隣の丸椅子にミーナは座る。
我慢しきれなかったフィリカは、紙袋からパンを一つ取り出し、ベッドの上でそれを食べ始めた。
「せめてベッドから出て食えよ。怒られるぞ?」
だが、今のフィリカには彼の声も届いていないようだった。
あまりの美味しさにか、それを勢いよく食べていた彼女は、パンを喉に詰まらせる。
側のテーブルにあった水をミーナが渡すと、フィリカは急いでそれを飲み、自身の胸をバンバンバン、と叩く。
「······んああっ!! はぁ、はぁ······美味しさのあまり、危うく死ぬところでした」
「違うだろ。ったく、ちゃんとゆっくり食えよ」
「ジャックの言う通りよ。パンなんかで死なれたら、たまったもんじゃないわ」
ミーナは、フィリカから空になったコップを受け取る。
「でももう、自分で食べられるようになって良かったわ」
「はい。まだ痺れる感覚はありますけど、おかげさまで、食事くらいは出来るようになりました」
「医者の薬もよく効いているのね」
「みたいです」
フィリカは自分の手や腕を、あちらこちら動かしては見て、その様子を確かめる。
「思ったより早い回復だったな、フィリカ」
快方に向かう彼女を、ジャックはおちょくる。
「なんですか? その言い方は。こっちはこっちで大変だったんですよ?」
「大変って何が? 寝てるだけだろ?」
「自分で動けると動けないとじゃ大違いなんです! ——トイレも碌に出来ないんですから······」
「あぁ。そういうこと」
「デリカシーないわね······あんた」
「世話をしてくれたのが女の人だったとは言え、あんな事されて物凄く恥ずかしかったんですから······」
彼女は、髪から少し出た耳を赤くしながら、またパンにかじり付いた。
だが、モグモグと食べながら何かに気付いた彼女は、目を大きく見開き、かじるのをやめる。
「あっ、でも、そしたらもう、ミーナさんに御飯食べさせてもらえなくなるのか」
しまった、というようにフィリカは両手で頭を抱え、煩悶する。
「何を残念がってるのよ······」
「ミーナ、フィリカのためにも、もっかいトゲ刺してやれよ」
「その方がいいのかしら······?」
彼女はまだベッドの上で、パンを持ちながら悶えていた。
「こんな子だったかしら······」
「さぁ······麻痺で頭おかしくなったんじゃないか?」
二人がその光景に呆気取られていると、男性の声が部屋に響いた。
「ミーナさんは居ますかー?」
彼女を呼んでいたのは、門で警備をする、若い兵士の一人だった。
「何かしら?」
「さぁ······」
何の心当たりもないミーナだったが、「私です」と手を挙げ、立ち上がる。
そして、それに気付いた門兵はこちらに歩み寄ってくる。
「お話中、失礼します。怪しい輩が城門をくぐろうとしておりましたので、つい引き止めた所、その者が『あなたに会いたい』と仰ってるものですから······とりあえずお伝えしに来ました。その風貌から、どうするべきかは悩んだのですが······」
「誰かしら······? ちなみにどんな方です?」
「黄金の鎧に身を包んだ男と、おっとりした風格のエルフの女性です」
ミーナの頭には、あの一行しか浮かばなかった。
それを端で聞いていた二人も、目を合わせると「あの一行に違いない」と確信をする。
「知ってる顔よ。すぐ行くって伝えてもらえるかしら?」
「はっ、わかりました!」
門兵は敬礼をすると、早足で城の外へと向かった。
「ごめんなさい。そういう訳だから、ちょっと行ってくるわね」
「······ああ」
「フィリカをよろしくね」
それだけ言うとミーナは、スタスタと部屋の外へと出て行った。
彼女が姿が見えなくなった後も、ジャックはまだ、そちらをずっと見ていた。それを見兼ねたフィリカが、溜息をついて口を開く。
「ジャックさんも行ってきたらどうです?」
「······なんで? 俺に用じゃないんだろ?」
「ミーナさん、心配じゃないんですか?」
彼女に心を見透かされたジャックは、返す言葉に戸惑う。
「もう、早く行ってくださいよ。食事の邪魔なんです。せっかくの私のパンが冷めちゃうじゃないですか」
フィリカは彼を追い払うように手をシッシッ、とする。
それでも少し躊躇(ためら)いをするジャックだったが、次には、すぐ足を動かして、入り口の方へと走っていた。
「······悪いな、フィリカ。また今度そのパン買ってやるよ」
「へへ、楽しみに待ってます」
そう言ってジャックは部屋にフィリカを残し、彼女の後を追いかけた。
あの後、城へ戻った二人は、医務室へとフィリカを運んでいた。
トゲの刺さった彼女と、右手にモンスターを持ったジャックを見た医師は、すぐに対応をし、彼女に処置をしてくれた。
だが、まだ完全には麻痺が抜けなかったフィリカは、それから医務室のベッドでしばらく過ごす事となっていた。
「おう、元気か?」「元気? フィリカ」
二人は彼女のお見舞いへと来ていた。
ジャックの手には、街で買った、焼きたてのパンが入った紙袋がぶら下がっている。
「あっ、ジャックさん、ミーナさん。また来てくれたんですね」
「おう。これ持ってきたぞ」
彼は、持っていた紙袋をフィリカに見せる。
「わぁー! それって人気店『オレンジ』のパンですよね!? ありがとうございます!!』
それを受けとったフィリカは、中を開け匂いを嗅ぐと、「んはぁ······」と、それだけで幸せそうな顔をする。
「良かったわ。喜んでもらえて」
そう言って、ベッドの隣の丸椅子にミーナは座る。
我慢しきれなかったフィリカは、紙袋からパンを一つ取り出し、ベッドの上でそれを食べ始めた。
「せめてベッドから出て食えよ。怒られるぞ?」
だが、今のフィリカには彼の声も届いていないようだった。
あまりの美味しさにか、それを勢いよく食べていた彼女は、パンを喉に詰まらせる。
側のテーブルにあった水をミーナが渡すと、フィリカは急いでそれを飲み、自身の胸をバンバンバン、と叩く。
「······んああっ!! はぁ、はぁ······美味しさのあまり、危うく死ぬところでした」
「違うだろ。ったく、ちゃんとゆっくり食えよ」
「ジャックの言う通りよ。パンなんかで死なれたら、たまったもんじゃないわ」
ミーナは、フィリカから空になったコップを受け取る。
「でももう、自分で食べられるようになって良かったわ」
「はい。まだ痺れる感覚はありますけど、おかげさまで、食事くらいは出来るようになりました」
「医者の薬もよく効いているのね」
「みたいです」
フィリカは自分の手や腕を、あちらこちら動かしては見て、その様子を確かめる。
「思ったより早い回復だったな、フィリカ」
快方に向かう彼女を、ジャックはおちょくる。
「なんですか? その言い方は。こっちはこっちで大変だったんですよ?」
「大変って何が? 寝てるだけだろ?」
「自分で動けると動けないとじゃ大違いなんです! ——トイレも碌に出来ないんですから······」
「あぁ。そういうこと」
「デリカシーないわね······あんた」
「世話をしてくれたのが女の人だったとは言え、あんな事されて物凄く恥ずかしかったんですから······」
彼女は、髪から少し出た耳を赤くしながら、またパンにかじり付いた。
だが、モグモグと食べながら何かに気付いた彼女は、目を大きく見開き、かじるのをやめる。
「あっ、でも、そしたらもう、ミーナさんに御飯食べさせてもらえなくなるのか」
しまった、というようにフィリカは両手で頭を抱え、煩悶する。
「何を残念がってるのよ······」
「ミーナ、フィリカのためにも、もっかいトゲ刺してやれよ」
「その方がいいのかしら······?」
彼女はまだベッドの上で、パンを持ちながら悶えていた。
「こんな子だったかしら······」
「さぁ······麻痺で頭おかしくなったんじゃないか?」
二人がその光景に呆気取られていると、男性の声が部屋に響いた。
「ミーナさんは居ますかー?」
彼女を呼んでいたのは、門で警備をする、若い兵士の一人だった。
「何かしら?」
「さぁ······」
何の心当たりもないミーナだったが、「私です」と手を挙げ、立ち上がる。
そして、それに気付いた門兵はこちらに歩み寄ってくる。
「お話中、失礼します。怪しい輩が城門をくぐろうとしておりましたので、つい引き止めた所、その者が『あなたに会いたい』と仰ってるものですから······とりあえずお伝えしに来ました。その風貌から、どうするべきかは悩んだのですが······」
「誰かしら······? ちなみにどんな方です?」
「黄金の鎧に身を包んだ男と、おっとりした風格のエルフの女性です」
ミーナの頭には、あの一行しか浮かばなかった。
それを端で聞いていた二人も、目を合わせると「あの一行に違いない」と確信をする。
「知ってる顔よ。すぐ行くって伝えてもらえるかしら?」
「はっ、わかりました!」
門兵は敬礼をすると、早足で城の外へと向かった。
「ごめんなさい。そういう訳だから、ちょっと行ってくるわね」
「······ああ」
「フィリカをよろしくね」
それだけ言うとミーナは、スタスタと部屋の外へと出て行った。
彼女が姿が見えなくなった後も、ジャックはまだ、そちらをずっと見ていた。それを見兼ねたフィリカが、溜息をついて口を開く。
「ジャックさんも行ってきたらどうです?」
「······なんで? 俺に用じゃないんだろ?」
「ミーナさん、心配じゃないんですか?」
彼女に心を見透かされたジャックは、返す言葉に戸惑う。
「もう、早く行ってくださいよ。食事の邪魔なんです。せっかくの私のパンが冷めちゃうじゃないですか」
フィリカは彼を追い払うように手をシッシッ、とする。
それでも少し躊躇(ためら)いをするジャックだったが、次には、すぐ足を動かして、入り口の方へと走っていた。
「······悪いな、フィリカ。また今度そのパン買ってやるよ」
「へへ、楽しみに待ってます」
そう言ってジャックは部屋にフィリカを残し、彼女の後を追いかけた。
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