上 下
14 / 83

赤い髪の(小)悪魔③

しおりを挟む
「なにやってんのよ!!」

 程なくしてツタの中から現れた二人は彼女と合流すると、そのまま走って森の外へ向かう。
 走りながらミーナは二人に尋ねる。

「なんで?! うまくいったんじゃないの?!」
「うまくはいってたんだよ。ただ、いつ落ちたか分からない黒い実を、俺が倒れた拍子に潰しちゃったらしい」

 と言って、汚れた自分の服を前に引っ張り、ミーナに見せる。

「潰しちゃったらしい、じゃないわよ!バカ! それにあんたがその服着てたら、ずっと魔物おびき寄せちゃうじゃない!」
「まぁ、落ち着けって。なぁ、フィリカ?」
「はい。ミーナさん、とりあえずこれ食べて落ち着いてください」

 そう言って鞄から一つの実を取り出すとそれをミーナに渡す。

「なによ、これ」
「あの実だよ」
「そんなことは分かってるわよ!」
「走りながらの水分補給にもいいから、とりあえず食ってみ?」

 ジャックはデタラメな嘘をつく。
 ミーナは怪訝そうな顔でフィリカからその実を受け取ると、走りながらその実をかじる。

「んんっ!! なにこれ!? うんまああぁい!! ほっぺ落ちそうー!!」

 彼女は幸せそうな顔でその実を食べていた。二人は「やったな」という感じに目を合わせ、グーサインを出す。
 だが、それも束の間だった。実を食べ終えた彼女が二人に言う。

「ねぇ······あんたたち、これ食べてて遅れたの?」

 突然のドスが効いた彼女の声に二人はドキッとして、しどろもどろする。

「い、い、い、いや、わわ、私はやめた方がいいってジャックさんにいったんですよぉ? でもこの人が勝手に——」
「嘘つけ! なに言ってんだ! お前キラッキラッした目で"私も!"なんて言ってたくせに! 裏切るのか!?」
「ジャックさんが食べなければそうは思わなかったですよ! あんな美味しそうな顔して食う方が悪いんです!」
「なんだと! 俺は親切に実をとってやっただけだろ!? それに、ミーナに食べさせたら怒りも吹っ飛ぶって言ったのもお前だろ? なんで俺だけが——」
「ねぇ」

 あの低い声が二人の会話を遮る。

「あんたら、帰ったら覚えてなさい」
『······はい』




 しばらくして、ジャックが周りの気配に気付く。

「かなりついてきてるな」
「ええ。でも、もうすぐ森の外よ。頑張って走って。フィリカもね」
「はい」

 なんとか追いつかれることなく、森の外へ出た三人は少しペースを落とし、後ろを振り返る。




 砂埃とゴゴゴゴゴという音とともに、木や草の陰に隠れて見えなかったモンスター達が、茂みから一斉に姿を現した。

「おい······、こんな連れてきたのかよ······」

 熊や鷲、猪に狼、それらが変形した魔物。ツルを脚のように使い、地面を歩く異形の花。木の幹に目と口を生やした樹木の群れが、横一列になるように、後ろから彼らを追いかけてきていた。

「よくこんな森に入って無事でしたね······」

 三人は再び全力で走り出す。だが、魔物との距離を放せるでもなく、詰められるわけでもなく、同じ距離を保ったまま、街が遠くに見える位置まで来ていた。
 このまま街に入るわけにもいかない。かと言ってこのまま走り続ければ、先に力尽きるのは自分達だと、三人は分かっていた。
 その状況に、いよいよ痺れを切らしたミーナが立ち止まる。

「あぁ、もう! しつこいわねー!」

 後ろを振り返った彼女は、胸ポケットに入れていた一つの包み紙を取り出した。

「おいミーナ!! 何してんだ!!」
「いいから下がってて!!」

 包みの中に入れられた深紅の薬を口に含むと、彼女は左側に手を伸ばした。同時に放り投げられた薬包紙が宙を舞う。

 すると、何もない空間から炎が現れ、紙を燃やした。

 やがて、彼女の左右にも、炎が現れる。
自分の前で、反時計回りに小さくクルリと左手を回し、腕を少し上げたかと思うと、何かを握るような動作を胸の前でし、その手を一気に前方へ突き出した。
 同時に、彼女の周り、半円から溢れるように出た炎が、大波となってモンスターたちに襲いかかった。

 ——グオオおおおお!!

 業火は、追ってきた魔物を一匹と残らずに呑み込んでいた。

 モンスターの断末魔と木々の燃える音が草原に響き渡る。炎の中で浮かぶ黒い影が次々と崩れ去っていく。十五秒ほどしてその影は何処にも見えなくなった。
 それを確認したミーナは、ブレスレットをした左手を、軽く振り降ろす。火柱のように高くなっていた炎が一気に姿を消した。

 その光景を見ていた二人は唖然とする。

「ジャックさん······。あれが、ドラゴンの血を使ったっていう新しい魔法ですか······?」
「いや、そうだけど······俺が使った時はあんな悪魔染みてなかったぞ······」

 炎が消えた後も、少しの焦げるの臭いと、パチッ、パチッ、と燃える音はまだ辺りに残っていた。
 モンスターは一匹残らず、あの炎に身を焼かれていた。

「全力でやってもこんなものなのね。修行不足かしら」

 彼女の反省を聞いて二人は青ざめる。 

「ジャック、あんたの服貸しなさい」

 さっきの魔物の姿を見ていたジャックは言われるがままに、半袖のシャツを脱いで彼女に渡した。彼から服を受け取った彼女は、手の上でそれを燃やす。

「あぁ······俺の服······」

 ジャックは哀しそうな目で、その凄惨な様を見ていた。やがて、手の上に乗っていた服は灰になると、風に運ばれていった。

「これでもう、追われる事はないわね。行きましょう」

 パンパンと両手を払うと、ミーナは先に歩みを進める。残された二人は竦然としていた。

「フィリカ、魔法使うアイツには逆らわないようにしような······」
「そ、そうですね······」
「どうしたの二人とも? 行くわよ」
『はい、ミーナさん······』




 ——城へと繋がる、街の大通り。

 街行く人々は、三人が通る度に怪しげな顔をして彼らを見ていた。

"ママー、なんであのひと上半身裸なの?"
"コラッ、見ちゃいけません!"

"君は絶対あーなっちゃダメだよ?"
"うん! 大丈夫! なりたくないから!"

"やだー、なにあれー?"

 色んな人の声がジャックの耳へと飛び込んでくる。

「違う······俺はこんな風に注目されたかったんじゃない······」

 少女二人が、後ろに上半身裸の男を連れて歩く。それは、多くの人が往来するこの通りには、あまりに異様な光景だった。

「堂々と歩きなさい、ジャック」
「歩けるか······」
「色んな人にチヤホヤされたかったんでしょ?」
「こういう事じゃねぇよ······」

 恥ずかしさのあまり、ジャックは顔を隠していた。

 フィリカも顔を隠すように俯き気味で歩いていた。
 "わざわざ人通りの多い、この道を通らなくても······"そう思った彼女は、あまりにも不可解なミーナの行動に疑いを覚える。
 やがて何かに勘付く彼女。
 自分の身の危険を感じた彼女は、あたかも探していた店を今見つけたかのような演技をする。

「あっ! ミ、ミ、ミーナさん! そっ、そういえばわたし! あ、あそこで、か、買いたいものがあったんですよ——」
「あら、家でも買うの?」

 彼女の指差していた先にあったのは"売り出し中"の看板が掛けられた空き家だった。
 焦っていたフィリカは、あまりにも適当な方向を指差してしまっていた。

「あっ、ち、ち、違いました!」

 彼女は眼鏡を外す動作をする。

「あれ、おかしいなー。眼鏡の度が合ってないんですかねー? ちょっと直してもらいに行ってこようかなー」

 墓穴を掘った彼女は、もはや何でもいいからはやく逃げなければ、と、いい加減な理由をつけてその場から離れようとする。だが

「どこ行くの? フィリカ」

 肩を掴まれ「ひぃ!」と短く声をあげる。フィリカの耳元で囁くように彼女は言う。

「声、震えてるわよ?」

 フィリカは一瞬、肩を縮める。
 彼女がおそるおそる後ろを振り向くと、赤い髪の女が目を細め、優しそうな笑顔を作り、そこに立っていた。
 フィリカはその顔を見て戦慄する。

「な······なんでもないです······」

 その笑顔にはまだ、あの森での怨念が目に見えて宿っていた。

 ミーナはまるで"逃がさない"というように彼女の手を取ると、その手を揺らしながら街の真ん中を歩いて行く。
 恥辱を受ける少年。恐怖に怯える少女。

 こうして彼らの凱旋は、あまりにも不本意な形で幕を閉じる事となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

処理中です...