ダブル・ライフ～異世界召還後の出来事～

第一章 一回目の人生

第二話

ーーー何された？
思考が追いつかない。
全身が震えて警告を促す。
早く、逃げろと。

「はっはっは！割と頑丈だな！俺の一撃に耐えきった事を褒めてやる！」

弟のほうが上機嫌に悠輝に向かって笑う。
…耐えきった？
知らず知らずの内に悠輝は殴り飛ばされていた。
思い切り殴られた頬が今頃になって痛みを知らせてくる。
背中が痛い。
勢いで木に叩きつけられたせいだろうか。

「ガフッ…げほっ、がっ」

息苦しくなって咳き込む悠輝の胸ぐらを掴み、自らの顔と突き合わせるように持ち上げる弟。
体が宙に浮く感覚に震えた。

「さてと…じゃあ、もう一発お見舞いして気絶してもらうかな」
「あまり騒がせるなよ。森とは言っても王都が近いからな」

ーーー森？王都？
ここは森なのか。
今更になってここの正体が分かった。
どうりで木しかないわけだった。
この暴力マッチョに少しだけの感謝を捧げる。
少し、だけ。
今、悠輝の感情は一割と九割に支配されていた。
一割が、感謝。
九割が…恐怖。
怖かった。
殴られた頬が熱い。
ブラブラと揺れる手足に力が入らない。
息が苦しい。
兄のほうがにたりと笑うと、弟に向かって無慈悲な命令を下す。

「やれ」
「ははははは！」

その冷たい声と、愉快げな狂った笑い声が反響して悠輝は目眩を覚えた。
ーーーいじめられる人ってこんな感じなんだ。今まで無視してごめん。
命の危機が陥りながらもそんな呑気な考えしか浮かばない自分に笑えた。
容赦なく鉄拳が悠輝の頭部に向かって振り下ろされた。
その瞬間だった。

パァンッ！

ーーー自分の頭部が吹っ飛ばされる音であろうか。
はたまた、自分の中身がひしゃげる音であろうか。
…そのどちらかだとしても、痛みを感じないのはおかしい。
恐る恐るつむった目を見開いた。
眩しい光が目に差し込み、目を細める。

「おおおおおおっ！？」
「ぃたっ」

弟マッチョのけたましい悲鳴が聞こえた瞬間、悠輝の体は地面に投げ出されていた。
ドサリと尻餅をついて苦痛に顔を歪める。
が、目の前の光景を目にしてその痛みを忘れてしまった。
映ったのは、切り裂かれた弟マッチョの腕から流れる真っ赤な血。
それを呆然と見つめるひょろい兄。
ーーー先ほどまで居なかった美少女。
美少女としか説明がつかないほど、その少女は美しかった。
プラチナブロンドのサラサラの髪を腰まで伸ばし、色素の薄いすみれ色の大きな瞳は悠輝を静かに見下ろしている。
桜色のぷっくりとした唇が開いて、綺麗な声が空間に響く。

「そこの盗賊、下がりなさい。この者の身柄は私が預かります」
「ふっ…ざけるなぁあああああっ！！」

弟が絶叫して怒りにまかせ少女に突進する。
悠輝はその怒涛の迫力に口を開けっ放しだ。
少女が、危ない。
弟の筋肉が盛り上がり、少女の細い体を鷲掴みにしようとした。
が。

「！？」
「えっ………」

途端、少女の姿がかき消えた。
戸惑いの声を上げて悠輝は何度も目をこすった。
何度見ても、そこには少女は居なかったのだ。
と、後ろからぐい、と手を引っ張られて悠輝は驚いて振り向いた。
先ほどの少女が微笑みを浮かべて悠輝に囁く。

「もう大丈夫よ。危ないから、下がってね」
「あ…はい…」

ただ頷くしか出来ない悠輝はその選択肢に従って後ろに下がった。
少女の存在に気がついたひょろい兄がその痩せぎすな手を少女に向けた。

「木よ！あいつを突き殺せ！」
「………」

何も、起こらなかった。
シン…とした空間に兄の焦ったような声が響く。

「な、何でっ！？何で使えないーーーっ」
「ここは私の領域よ。あなたなんかじゃ魔法を使える訳がないじゃない」

にこりと笑った少女は残酷ながらも艶があり、妖艶だった。
ぞくりとした色気を感じて悠輝は身震いする。
一方、兄、弟揃ってパニックに陥っていた。

「何でだぁああっ！？」
「いてぇっ！いでぇっ！」
「…見苦しいわね。木々よ。そいつらを捕まえて放り出してしまいなさい」

すると、目の前で信じられない事が起こった。
周りの木々がうねりだし、兄と弟に巻きついた。
悠輝が困惑の唸りを上げるのと同時に兄と弟が悲鳴を上げた。

「ギャアアアアアッ！？」
「わあああ！？」
「そーれっ」

無邪気な少女の声を最後に、兄と弟は遠く遠くに飛ばされていった。
ーーー残された悠輝の方を向いて、少女は笑う。

「待たせてしまってごめんなさい。私はノエルよ。よろしくね」

少女の可憐な笑みに翻弄されつつ、悠輝は冷や汗をかいていた。
少女の技に見覚えがあった。
それは現実のものではなくーーーアニメや漫画、ラノベなど。

「…異世界……来ちゃった」