上 下
45 / 55

ユーグside

しおりを挟む
俺の母親は、とうの昔に壊れてしまっていたのかもしれない。
そう、思った。

◆ ◆ ◆

俺は第一王子としてこの国に生まれた。
第一王子なのだから王位はついてくるものだと思い面倒に思っていれば、この国の王は、代々魔法の適性が優れた者がなることを知った。
俺には魔法の適性はあまりない。
だからか、俺の母である王妃は、あまり俺に興味は示さなかった。
初めのうちは寂しくてしょうがなかった。
構ってほしくて何でもかんでも頑張った。
しかし母の関心は妹のミリスに移り、次第に俺は期待するのをやめた。
王子としての最低限の教養は受けつつ、日常には退屈していた。
毎日同じようなことの繰り返しで、忙しさに目を回していたはずだったのに、次第にそれは味気ないものとなっていく。
そんな日々が変わったのは、王宮にとある女性が転がり込んでからだ。
女性の名を、レガリアといった。
レガリアは本当に美しい女性であった。
絹のようにしっとりとした金の髪に、どの宝石にも勝ると断言できる、空のように澄んだ碧眼。
一見儚げで大人しそうな女性に思えるが、勝気な性格だったことをユーグは知っている。
彼女は英雄であった。
知らず知らずの内に危機に晒されていたこの国を、とある魔法で助け出したらしい。
ユーグにはよくわからなかったが、彼女は英雄となった後、父に身染められて側室の一人となった。
それから、父の寵愛はひたすらレガリアに傾いた。
側室であるはずなのに、正室である母よりも、父はレガリアを愛していた。
母が嫉妬で狂うのは、時間の問題であった。
母はなんとかしてレガリアを殺そうとした。
しかしレガリアは、あの手この手でそれらをすり抜ける。
母は無駄だと悟ったのか、それからは一切の関係を絶った。


それからレガリアは妊娠した。
レガリアは身重になったことで、母に抵抗できないと思われた。
母がその時を狙い、レガリアに刺客を仕向けた。
だが、何とレガリアはそれすらも覆してみせた。
それから、レガリアの娘である、イリーシャが誕生した。
そこまでは良い。
しかし、レガリアが生まれて間もないイリーシャを連れて庭園を散歩していたところを、俺は見かけた。
何となく声をかけることはせずにそれを見守っていれば、突然物陰からナイフを持った暗殺者が数人飛び出す。
レガリアは咄嗟にそれを躱したが、イリーシャを守りきれないと判断したらしい。
レガリアは自身の杖である、木でできた杖を出現させ、呪文を唱え始めた。

「ウェル・ハレア・カシム・アドバンラン・トールム・フォレア」

よくわからない呪文だった。
そんな呪文聞いたこともないし、何やら詠唱が長い。
彼女は躊躇いながらも、次の呪文を唱え切った。

「イリーシャ・ルンナ・イクストーム!!」

イリーシャの名前だった。
その瞬間、信じられないことが起きた。
地面が揺れて、最初は地震だと思う。
しかし次の瞬間植物が暗殺者を捕らえ、空に暗殺者を放ってしまった。
抵抗する間もなく、一瞬だ。
ポカンとしていれば、レガリアと目があった。

「……あなたは、第一王子のユーグね」
「は、はい。噂はかねがね聞いております、レガリア様」

子供らしくない挨拶に、レガリアは吹き出した。
そうして俺は、レガリアと少しだけ話をした。

「あれはね、禁術なの」
「禁術?」
「そう。私の魔力の6割と引き換えに、対象に起こりうる最も最悪なことを引き起こすことができる魔法。普段は周りの人を巻き込んでしまうから、あまり使わないの」
「最後にイリーシャの名前を叫んでいたのって……?」

それを聞くと、レガリアは嬉しそうに笑った。
本当に綺麗な笑みであった。

「この詠唱の最後には、大切な人の名前を叫ぶの。私はイリーシャが大切だから、イリーシャの名前を呼んだのよ」
「そっか……」
「皮肉なものよね。最悪を引き起こす魔法の最後に、大切な人の名前を呼ぶだなんて」

それが、レガリアとの最初で最後の会話であった。



レガリアは、王宮を出て行った。
これ以上王妃にーー母に命を狙われないためと、イリーシャを巻き込まないためであろう。
王女であるイリーシャは、連れ出すことができないのだから。
そのことにせいせいしたのか、母はイリーシャには手を出さなかった。
しかし、5ヶ月前に父が不治の病に倒れた時、イリーシャは父を治す研究のために王宮を飛び出してしまった。
母は何とかして、自分の子供を王位につけたいようであった。
この人に権力を握らせちゃならない。
代々続いてきた『治癒魔法』の研究を黙認しているのも母だ。
父は何も知らない。母が、裏舞台を操ってきた。
これ以上母の好きにさせてたまるか。
俺は王位争いを魔力不足を理由に離脱した。
イリーシャはどんどん力をつけていったようで、母はイリーシャを目の敵にするようになった。
それこそ、かつてのレガリアのように。
母は父の寵愛が受けられなくなってから、父を恨むようになっていた。
だから父を治すつもりなんて、毛頭なかったのだろう。
父が用意した大臣は不自然な罪で捕らえられ、母の用意した大臣に切り替わった。
リンメイ大臣は、そのような役を任され、困っているようであった。
それを狙っていたかのように、母は兄弟同士で争うよう言ったのだ。
信じられない。
兄弟同士で争わせるなど、鬼畜の所業である。
兄弟殺しはご法度であると言いつつ、再起不能には目を瞑るというのか。
この時、俺は母を止めればよかったのかもしれない。
ただ、そんなことを考える母が恐ろしく、関わることをしたくなかった。




そして、今日。
突然母が、今まで見向きもしなかった俺の元へ訪れた。

「地下の実験動物を王宮に解き放ったわ」
「……は?」

言われた意味が理解できなかった。
唐突に伝えられた情報は、「そうですか」と呑み込んでしまえるほどたやすくはない。

「は、母上……これは、重罪ですよ!? 王宮内の人が死ぬ!! 王族ですらも例外なく!! なぜこのようなことをっ!?」
「いいのよ。あの女の娘が死ねば」

イリーシャが来ているのか。
ということは、父を治す手段を見つけてきたのか。
母は静かに憎悪の炎を燃やしていた。

「他の兄弟、みんなみんないなくなっちゃえばいいの。ミリスはもういいわ。役立たずですもの」
「実の娘になんてことを……!!」
「それですべて死ねば、あなたが王よ」
「俺は、王位など欲しくはない!! それに、きっと事が終わればあなたは死刑になる!! あなたに実権は握らせない!!」
「いいわ。私の血をひくあなたが王になってさえくれれば。私を愛してくれないあの人なんて、死んでくれれば」

狂っている。
母は静かに壊れていた。
放っておいた、俺の責任だ。

「ああ、早く死んでくれればいいのに」

どこから、間違えたんだ?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...