上 下
11 / 55

間話 アビ・ユートルアの日記

しおりを挟む
この世はクソッタレだ。
俺はクソッタレな世の中で、それ以上にクソッタレな人間として生きている。
医学の道を極めるため、伝説と呼ばれる『治癒魔法』を研究していたところ、同じく『治癒魔法』を研究する団体にスカウトされた。
医療学院を卒業後、俺はすぐそこの研究者となった。
王宮の地下に研究室を構え、王族の名の元で研究するらしい。
俺は王宮に入ってみたいということもあり、また、給料が良かったことで、入るのに躊躇いはなかった。
ちょっとした興味本位であった。
なぜ王宮の地下に研究室があるのか、疑問に思わなかったのか。
地下といえば、罪人や凶暴化した動物が閉じ込められているという噂があったというのに。
そこで俺は、地獄を見た。



始めは実験動物を使っての実験だった。
傷ついた動物の体を、無属性魔法の応用で操り、傷を塞ぐ。
確かに傷は塞がれるものの、失われた血液は戻らない。
下手すれば出血死してしまう。
これは『治癒魔法』とは言えない。
物語の『治癒魔法』はいつでも万能で、どんなものでも癒してきたのだから。
研究はどんどんエスカレートしていき、とうとう人間にまで手を出すようになった。
当初の俺は研究材料にされる人間を可哀想に思いつつも、罪人なので仕方ない、と思っていた。
いざ罪人を用いて実験をしてみれば、罪人からは絶叫が上がった。

「な、何なんだこれはァ!?」
「『治癒魔法』の副作用だよ」
「副作用だとォ!?」
「無理やり体を操るんだ。体には不可がかかり、それは激痛となって返ってくる」
「なんだとォ……!?」

淡々と実験のデータを取る同僚に、俺は思わず青ざめる。 
異常だ。
あまりに恐ろしい実験内容。
罪人の傷はたちまち治っていったが、罪人達の精神的苦痛はあまりに大きかった。
何人もの人間が正気を失った。
特に酷かったのが、病気にかかった人間の治療だ。
薬で治せないほどの難病者を、奇跡と評される『治癒魔法』の模造品で治そうとするなど、それは間違った判断だったに違いない。
やはり病人は病気が治る前に繊細な体のつくりをぐちゃぐちゃにされ、こと切れていった。
医療の進歩には必要な犠牲。
そう言われて簡単に切り捨てられていった者達を、俺は何人も見送った。
地下に研究室があったのは、罪人をすぐに実験台にできるから。
頭を回せば、すぐにわかったことだったというのに。
仕方ないんだと、自分に言い聞かせてきた。
そんなある日のことだった。

「ユートルア。お前が面倒を見ろ」

上司に押し付けられた子供は、オルガといった。
濃い緑の髪にピンクの瞳が印象的な、見た目的には派手な子供だ。
そいつは奴隷としてここに送られてきたらしい。
とにかく、やかましい子供だ。

「ねえねえねえねえ、アビ先生はさっ、『治癒魔法』ができんの?」
「……うるせェ。ガキは黙って寝ろ」
「アビ先生、オルガ、頑張ったんだよ? 今日も実験、頑張った。褒めてよ」
「………」

包帯に巻かれた体を見て、俺は何も言えなかった。
『治癒魔法』で治されているはずの体が、傷だらけに見えたから。
それでもオルガは元気だった。
オルガが、俺を正気でいさせてくれた。
事件が起こったのは、オルガと会って1年が経ったある日のことだった。

「じっ、実験番号25番が暴走!! 研究員は避難せよっ!!」

オルガが正気を失い、暴れている。
オルガは子供だ。
それも、奴隷であることや実験されていることが災いして、痩せている。
それなのにも関わらず、研究員達は誰一人オルガのことを止めることができなかった。
実はオルガの他にもこのような症状を発症する者は多かった。
人間だけではなく、動物も凶暴化してきた。
いつもは兵士がそのような暴走者を止めるのだが、行き先は牢屋と決まっている。
俺は堪らず飛び出した。

「オルガッ!!」
「……アビッ、せんせっ」

俺がオルガの前にたどり着くと、オルガはようやく止まってくれた。
既にオルガの暴走に巻き込まれた研究員達数名は気絶しており、オルガの体は血だらけになっている。
オルガを刺激しないようにゆっくりと近づくと、オルガは怯えるように首を振った。

「や、こないで。こないでよ、先生」
「オルガ」
「先生を、傷つけちゃう……! オルガ、変なんだよ、物が勝手に壊れるの……! オルガ、触っただけなのに。周りの人が、オルガを殺そうとしてくるの……!」
「オルガ、落ち着け」
「オルガ、悪い子? オルガ、殺されちゃう?」
「………大丈夫だ」

錯乱するオルガを抱き締めれば、子供特有の高い体温が伝わってくる。
オルガは恐怖で震え、泣き出した。
この時、俺はハッキリとーーようやく理解した。
これ以上ここにいちゃならねぇってな。

◆ ◆ ◆

騒動が終わった後、俺はオルガを連れて研究室を出た。
止められるかと思ったが、もともとオルガは牢屋に入れられる身だったので、難なく出ていくことができた。
自分達が作り出した癖に、こいつらは何の責任も取ることをしない。
オルガは度重なる『治癒魔法』とやらと、薬品の大量摂取で、特異体質となっていた。
腕力や握力がありえないくらいに上がり、回復スピードが高まった。
この研究は、オルガのような異質な者を作り上げてしまったのだ。

「せんせ、怒ってる?」
「……何でだァ?」
「オルガのせいで、先生、追い出されちゃった。ごめんなさい」
「てめぇのせいじゃねぇよ。いちいち大人の事情に首突っ込むんじゃねェ。ガキが」

ぶっきらぼうに頭を撫でると、オルガは嬉しそうに笑った。
……そういやこいつ、親に口減らしで売られたって言ってたな。

「あ~~~、らしくねェ」
「?」
「こっち見んな」
「オルガ嫌いっ!?」
「嫌いじゃねェよ」
「じゃあ、好き?」
「……さァな」

本当にらしくない。
こんなガキに入れ込むだなんて、らしくない。

「先生、仕事どうするの?」
「……これは封印だなァ」

一冊の研究日記とオルガが、俺のあそこでの日常を想起させる。
まさかこんな実験を王家が黙認しているとはな。
考えてもいなかった。
こんなもん捨てちまったほうがいいのに、俺は何してるんだか。

「何で!?」
「『治癒魔法』は人間に使えるシロモノじゃねェ。この技術は誰にも渡さない」




「ーーとか言ってたのに」

2年前のことを掘り返し、オルガはニヤニヤと笑って俺を見た。
ったく、俺だって渡すつもりなかったっての。

「何で渡しちゃったの?」
「……何でかなァ。あいつらだったら大丈夫、誰も犠牲にしないって思えちまった」

あいつらが神様ってわけでもないのに、変なことだ。
オルガはただ上機嫌に鼻歌を歌い出す。
よほどあの二人のことが気に入ったのだろう。

「イリーシャ様に、レオナルドさんかぁ。オルガ、好きだなぁ」
「……お前、俺に話し方似てきてねェ?」
「似てねぇよ~だ」

何でこんな、くそ生意気な子供を拾っちまったんだか。
それは俺にもわからない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...