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アルスフォード編

第九十三話 帰宅

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「え、あれ、グリフォンはどこに」

いなくなったグリフォンにシオンが動揺していれば、魔物の鳴き声が聞こえてきた。
慌てて振り向けば、魔物の大群がこちらに押し寄せてきている。

「ど、どこからあんなに!」
「やっべ~よ! どうする!? 絶対強いやつじゃんか!」
「あ、アリスちゃん」

ユリーカがアリスの名前を呼ぶ。
しかし、悔しげにアリスは首を横に振った。

「ダメ。答えてくれない。あの子達も……」
「っ!」

先程のグリフォンと同じくらいの強さの大群。
どうするべきか頭を働かせ、目の前までそれが迫った瞬間ーー

「シャイン・エクスプロージョン!」

中性的な声が、その場に凛と響く。
眩いばかりの光が充満し、魔物達の足取りを止める。

「!」

二つの人影が飛び出し、凄まじい速度で魔物達を切り伏せた。
一匹残らず倒れ伏し、魔物達を倒した二人がこちらに振り向く。

「よう。ルイーズにこき使われた気分はどうだったんだ?」
「セクハラでもされたのかしら」
「がっ……ガディさんにエルルさん!」

双子の銀髪が、風に靡いて翻る。
続いて、アレクがこちらに走ってきた。

「みんな! 大丈夫だった?」
「あ……アレグ~~!」
「わっ」

半泣きのライアンが、アレクに抱きつく。
それを羨ましそうにシオンが見つめた。

「お、おれ、もうダメかと……」
「とりあえず間に合ってよかったよ」

安心したのか、力が抜けて、ユリーカはその場にへなへなと座り込む。
あの群勢には肝が冷えた。
アレク達が間に合っていなかったのなら、一体どうなっていたことだろう。

「……そういえば、短剣、完成したんですね」
「まあな」

双子の手に握られた短剣を、ユリーカが興味深げに眺める。
素人目にもわかるほど、それは見事な出来栄えであった。

「やっぱそれいいっスね。俺も作ってもらいたいっス」
「お前が作ってもらうなら、当分先になるだろ」
「ですよね~~~」

その時、後ろの方から何やら揉めた声が聞こえてくる。

「姉上! 怪我人はもう少し丁寧に扱ってくれ!」
「なに、このくらいでは死ぬまい」
「る、ルイーズ様~~! 後で苦情入れられたら、対処するの私なんです~~!」

ラフテルとルイーズが言い合い、ナオが辺りを走り回っているようだった。
そんな三人に、アレクはふふ、と笑い声を漏らす。

、ラフテルとナオさんってあんな感じなんだよね……」
「……え。アレク君、昔からって」

シオンがアレクの発言に口を挟む。
アレク自身も無意識だったようで、ポカンと口を開けた。

「あれ? 僕、少しだけ思い出してきてる?」
「よかったね! ラフテルさんとの思い出、きっと大事なものだもの」

アレクは「うん」と頷き、そっと頭を抑える。

「もっと思い出せないかな……」

記憶の糸を手繰ってみようとするが、先が見えないままである。
しかし、確かに「ラフテルとナオが、昔からあのような会話をしていた」ということだけ思い出せた。
それだけでも十分な収穫と言えよう。

「おい、愚者共! 帰るぞ」
「あの人張り倒していい?」
「だ、駄目だよ姉様!」

ルイーズが「愚者」と言ったのが気に食わなかったらしく、喧嘩っ早い様子でエルルが拳を構える。
アレクはそんな姉を止めつつ、アインバイルの屋敷へと戻った。









「……へえ、そんなことがあったんだ」

アレクが自身のいなかった時の事の詳細を聞き、その大変さに眉を顰める。
散々ルイーズに振り回されたであろう三人は、どこか渋い表情をしていた。

「それでね、その植物……ミメームを、アリスちゃんが毒魔法でやっつけちゃって」
「毒魔法?」
「うん。悪魔は毒を魔法として使えるみたいよ」
「それって凄い! どういう仕組みなんだろ……!」

未知の魔法の存在を説明されたアレクは、興奮気味に身を乗り出す。
知らないことは知りたいし、なによりアリスのことだ。
今アリスは席を外しているため不在だが、後で聞こうとアレクは心に決めた。

「ところで……さっき使った魔法。あれなんだったんだよ、ユリーカ」

ライアンがユリーカに問い詰める。
グリフォンを下す時に使った魔法のことを、聞いてきているのだろう。
ユリーカがパチンと指を鳴らすと、とある書物が空中から現れた。

「これ」
「それって……魔導書?」
「ええ。初等部から中等部に上がる際にもらった、学業最優秀者に与えられる魔導書」
「そんなのあるんだ!」

古めかしい雰囲気を放つ魔導書は、ユリーカが持つと非常に絵になる。
眼鏡でもかけていれば完璧だろう。
ユリーカはそんな魔導書のページを開くと、アレク達に中身を見せる。

「これ読める?」
「んん?」
「読めないなあ……」
「僕も」

魔導書の中には、よくわからない文字の羅列が並んでいる。
アレク達には読むことができなかった。

「不思議よね、魔導書って。読む権利が与えられなきゃ、それを読むことができないんだから」
「……魔導書って、どういうものなんだろ」
「私はそれがとても気になる。アレク君についていけば、わかる気がするのよね」

ユリーカが何やら確信した表情で言い放つものだから、それが現実味を帯びた話のように思えてならない。
「なあなあ」とライアンはユリーカに話しかける。

「さっき使った魔法、そこに書いてあったのか?」
「ええ。一番最初のページに書いてある『重力魔法』。この魔導書、中等部にいる間にしか、読む権利が与えられていないの。だから早く全部読んで、ものにしたいんだけど……」

ユリーカは、この魔導書を受け取った際の、学園長との会話を反芻する。

『ユリーカさん、これを』
『魔導書ですか?』
『そうです。あなたには、この魔導書を読む権利を、中等部の間だけ差し上げます。早速開いてみなさい』
『はい……』

緊張のまま魔導書を開く。
ユリーカは硬直した。
開いたページの文字が、一つも読めなかったからだ。

『あの……本当に権利ってもらえているのですか?』
『ああ、もちろんだとも。だが、その魔導書を一部読むことができたのは、歴代でたったの二人だけ。まだ英雄学園は建ってから日が浅いけど、本当にごく少数しか読み解けなかったんだ。そしてーー全てのページを読むことができた人間は、いない』

まるで魔導書に拒絶されているように。
ユリーカはなんとなく嫌な気分になって、魔導書を持つ手に力を込めた。

『私はね、ユリーカさんなら、それを全て読み解けると思っているんだ。私の力を持ってしても、それはちっとも相手をしてくれなかった』
『私が……?』
『君にはなにか、大きな可能性を感じる』

「私はこれを、最初は読むこともできなかったの。読めるようになったのは、ポルカさんとの修行が終わってから」

顔を上げ、ユリーカはアレクに言った。

「アレク君。私、これを全部読んでみたいの。だからアレク君についていって、力を磨きたい。これじゃ……いけない?」

ユリーカはポルカに覚悟を問われた。
自身の意思をはっきりさせることが必要と言うなら、ユリーカは友達を守りたい。
それと同時に、魔導書も読み解いてしまいたかった。
ユリーカが初めての人間になりたいと、強く思ったのだ。

「それ、いいね。……凄くいい夢だ」

アレクがそう言ったものだから、ユリーカは満足げにはにかんだ。
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