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アルスフォード編

第八十八話 試行錯誤

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そこから一時間後。
ユリーカは研究室からボードを引っ張り出し、まるで教師のようにして声を上げた。

「対策していきます。まず、あの植物の名前を決めましょう」
「はいはい!」
「ライアン君」
「ヘンテコ草!」
「却下」

即座に案を否定されたライアンは、「なんでだよーっ!」と不満げな声を上げる。
続けてシオンが手を挙げる。

「はいっ」
「シオンさん」
「ウネウネ草!」
「却下」

これまた即答であった。
最後に残ったアリスが提案する。

「私の故郷……魔界に、こんな草がある。ミメームって言う」
「ミメーム」
「魔界語で、支配」
「採用」

植物の名前が決まった。
ミメーム、とボードに記入し、進行を続ける。

「このミメームですが、あらゆる魔法が通じません。……この喋り方、鬱陶しいからやめていい?」
「まあいいけども」
「アリスちゃんの雷魔法、ライアンの炎魔法、シオンの風魔法……私の持ちうる全属性でも不可能だった」

ミメームにはあらゆる耐性があった。
主な攻撃手段である魔法を用いても、ミメームは全くビクともしなかった。

「あと試してないのは、光魔法かしら」
「光魔法だけ、俺らの中で使える奴いないからな」
「ここにアレク君がいてくれたら……」

全属性を使いこなすアレクに死角はない。
しかし、普段頼りになるアレクがいないとなると、ここは自分達で解決せねばなるまい。

「……質問」
「なに? アリスちゃん」
「そもそも、人間が使う魔法ってどうなってるの?」
「人間が使う魔法?」
「うん。魔物とどう違うの?」
「どうって言ったって……」

三人はここで頭を悩ませた。
生まれてきてから、当たり前のように使ってきたものだ。
そんな疑問を抱いたことすらなかった。
博識なユリーカを代表に、ひとまず魔法について話していく。

「ええと……私達には魔力回路っていうものがあって、そこに魔力が通ってるの」
「血管の横ね? ここが病気になったら大変なんだよ?」

少し脅かすようにしてシオンが言えば、アリスはふむと考え込む。

「そこから違うんだ……」
「アリスちゃん達、悪魔の人ってどうなってるの?」
「私達に魔力回路なんて存在しないの。私達悪魔は、周りにいる魔物から魔力を吸い取って魔法を使うから」
「へえ~」
「質問質問!」

ここでライアンが手を挙げた。

「結局魔物って、悪魔のケンゾク? だったか」
「うん」
「その、ケンゾクってなんだ?」
「う~ん、家来」
「なるほど」

わかりやすく噛み砕いた説明をされ、ライアンは納得して頷く。
そんなライアンに、ユリーカは呆れているようだった。

「あんたね、眷属くらいわかりなさいよ」
「うえ? なんかムズくね?」
「アリスちゃんだってわかってるのよ」

こんなに小さいのに、と言って、ユリーカはアリスを抱き寄せる。
しかし、アリスからは意外な答えが返ってきた。

「私、もう三百歳だよ」
「……え?」
「は?」
「へ?」

三人の声が見事に揃う。
三百歳と言ったか。

「さ、さんびゃく?」
「うん。悪魔は長生きなんだ」
「え~~!?」
「じゃ、じゃあ、アリスさん……?」
「やめてよ」

予想もつかなかったアリスの年齢に、三人は呆然としている。
しかしアリス自身、自分の年齢に頓着などないらしい。

「人間はすぐ死んじゃうもんね。だから年齢なんて気にするんだ」
「他種族すげー」
「そんなに生きるんだ」

人間と他種族の違いなどそんなものだ。
人間は、この世で一番脆弱とされる高知能生命体である。

「じゃあアリスちゃん。さっき魔法使ったのって」
「うん。ここの外にいる子に呼びかけたの。私達、ツノがないと命令できないから」

アリスの手の中には、自身の象牙のようなツノが握られている。
これにそんな力が宿っているとは、三人にとっては不思議である。

「とりあえず、光魔法は最終手段としましょう」

ユリーカがボードの横に、「光魔法」と記入する。

「次の作戦。この煮ても焼いてもどうにかならなさそうなミメームを……どこまで研究したのか、ルイーズさんに聞きましょう」

もう太刀打ちできる術は試した。
しょうがないので、ヘルプを呼ぶことにする。

「なんだ。もう音を上げたのか」
「そうおっしゃらず」
「あの。これの研究をしていた人って、普段はどんな研究をしていたんですか?」

シオンに尋ねられ、ルイーズは答える。

「命の創造。いわゆる禁忌の実験だな」
「命の創造……」
「研究者として、タブーと言われる実験だ。まあ、それを乗り越えてしまうのが私達なのだがな」
「ルイーズさんも!?」
「バカ言え。私はやらない。やったのは我が先祖たるガーベラだ」

ルイーズはボードを見つけると、面白そうに目を細めた。

「ミメーム……この植物の名前か? 意味はなんという」
「支配、です」
「言い得て妙だな。お前、どこの出身だ」
「……遠いところです」

濁すようにしてアリスが答えれば、「いつかお聞かせ願おう」と、茶化すようにルイーズは言った。

「諸君。道徳は好きか? 私は嫌いだな。そのような倫理があるから、我々研究者は思うような実験ができない」

ルイーズがボードの前に立つ。
濃い隈と白衣が相まって、なにやら異様な雰囲気であった。

「教えてやろう、命というものを」
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