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アルスフォード編

第七十八話 ミヤコワスレ

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核を埋め込まれた彼女は目を開けた。
紫色の瞳に、心臓が射抜かれた心地だ。

「お前の名前はガブリエル。いいか、よく聞け。お前はエルミアの子供が来たら目覚めるんだ。それまでは眠れ。そして、エルミアの子供を助けなさい」
「………」

そして妹は、すぐさま眠りについてしまった。
それを後ろで見ていたナオは、慌ててガーベラへ呼びかける。

「ちょ、ちょちょ……ちょっと。いいんですか?」
「いいんだよ、これで。少なくとも自立できることがわかったんだ。これで私が、エルミアの核を守る必要はなくなった」
「……エルミアって」
「聞きたい? 私の友達のこと」
「はい」

ガーベラの友には興味があった。
何しろ、人との繋がりが全く感じられない者だったので。
ガーベラはエルミア、そして彼女の関係者のことを片っ端から語ってくれた。

「んで、エルミアの子供がティファンっていうんだけど……ちょっと力に悩まされてたみたいで。父親であるウィルフィルムと一緒に、旅に出て。それっきり」
「それっきりって」
「さびしーよなー。せっかく友達だったのに」

ガーベラはお茶を啜ると、どこか遠くを見つめた。

「本当はさ……わかってるんだ。もう二人が帰ってこないこと」
「!」
「でも、願っちゃうよな。もしも帰ってきてくれたらって。少しばかり、夢見ちゃうよな……」

物悲しげに語る母の背が、やけに小さく見えた。
ナオは何も言えなかった。
その後、彼女は結婚した。
相手は、研究室に迷い込んできた男だった。
そして彼女は子供をもうけ、英雄家としての地位を確立していった。
自身の意地だけではどうにもならないことを悟ったのだろう。
そして彼女は死に際に、ナオに命令した。

「……ナオ。お前のことは息子に任せる。お前の体は私の生命活動と同化してるから、しばらく動けないだろうけど……安心しろ。すぐに新しい体を作ってもらえる」
「お母様」
「幸せになれよ。そしてどうか……子孫達を守ってやってくれ」

ガーベラが事切れると共に、ナオの意識も潰えた。
そして、次に目覚めた時には、別の体になっていた。
ガーベラの息子はナオに言った。

「お前には、子供が生まれるたびに新しい体を与えよう。そして、お前が目覚め、主人としてふさわしいと思った者こそが次期当主だ」

そうしてアインバイル家は、子供が生まれるたびに、その子供にそっくりな人形を必ず作った。
不思議と人形にナオの核を埋め込み、作動する時としない時で別れた。
それはナオが、「この人に使えたい」と願った時のみに作動した。
子供の中の誰かが、必ずそれに該当した。
ナオはここから、アインバイル家の当主のお守り人形マリオネットであると共に、当主の鍵にもなったのだ。
しかしーー

「来ませんねえ……」

いつまで経っても、ティファンは現れなかった。
ずっと、ずっと、妹と共に待ち続けた。
倉庫には妹であるガブリエルと、「ナオの体になり得なかった」人形達が眠っている。

「早く来たらいいんですけどね。あなたの目が、もう一度見たい」

ガブリエルに寄り添い、ナオは囁く。
待てど暮らせど、やはりティファンは来ない。
そして、ナオがガーベラに生み出されてから、百五十年ほど経過したある日。
唐突に彼はやって来た。

「遅れてごめん。来る勇気がなかったんだ。君を見る覚悟が足りなかった。でも……これからは一緒だ。よろしく、ガブリエル」

彼に触れられた瞬間、ガブリエルは起動した。
ゆっくりと目を開け、花が綻ぶように笑う。
それをぼうっと眺めて、ナオはふと考えた。

(ガブリエルは、何かの花に似ていますね……この前世話した……ああ。ミヤコワスレ、でしたっけ)

「じゃあ、この子は連れて行くね」

そう言い残して、彼と妹は出ていった。
そこにはナオ一人が取り残される。
寂しいような、嬉しいような、複雑な気持ちだった。
それでも、ガブリエルは旅立ったのだと。
ナオは理解をして、日常へと戻った。

◆ ◆ ◆

「あの子とはもう、それから会っていません。でも……ある日、ティファンが訪れてきて。ガブリエルを見なかったか、とか言い出して」

ナオは少しおかしそうに笑った。

「ガブリエル、家出しちゃったみたいです」
「そうだったのか……」
「私が知っているのはこれだけ。ガブリエルがどこにいるかなんて、知るよしもない」

ナオがそう言い切ったので、アレクの表情に落胆の色が滲む。
そんなアレクを元気付けるように、ナオは早口で言った。

「で、でもあの子、賢いんで。アレク様が探せば気づいて、あっちから接触してきますよ」
「そ、そうかなぁ……?」
「絶対そうです! 姉の私がそう言うんですから!」

ふんふんと鼻息を荒くして言うナオに、アレクは頷いた。
そうだ、地道にでも探していけばいい。
ティファンを辿るための手がかりは、そこら中に散らばっている。

「……来るか? 俺の実家」
「え」

ラフテルがふと、そんな提案を投げかけた。
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