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アルスフォード編

第七十四話 異端児

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『ねえ君。ここら辺で話題に上がってるのって……君のことだよね?』

あの日のことは、今でもはっきりと覚えている。
異端児であった自分へと話しかけ、手を差し伸べてくれたことを。

『おいで。僕が君の存在意義を与えてあげる』





「キャハッ、キャハハッ、あはははっ!」
「っ、うるさいわねっ」

エルルが放つ爆発魔法が、マルへと全て直撃する。
その度に水の体となって躱すマルに、エルルは苛立ちを覚えていた。

(おかしいーーあの時は、ちゃんと血が出てた)

魔法で焼かれたり、ハウンドの声による攻撃で、傷を負っていたはず。
しかし、今のマルにはそもそも血液が通っているかも怪しい。

「食らえーっ!」
「あっ」

加えて、四方八方から飛んでくる大剣の攻撃。
その扱いづらさに、エルルは歯噛みした。

(どういう力してんのよーーっ!)

「あはは、面白ーい!」
「アンタ……なに? 人間じゃないわよね」
「そりゃそうでしょっ。マルちゃんはねー、特別なのよ!」

バカァんっ!

大剣が地面を抉り、地盤が大きく割れる。
目眩しを食らったエルルに、すかさずマルが斬り込んだ。

「!」
「あはははははっ!」

ぞぶっ

嫌な音と共に、横腹が少し持ってかれる。
その苦痛にエルルが顔を歪めると、マルは構うことなく大剣を振り回す。

「ちょこまかとっ、逃げるなぁ!」
「……フリーズ・フローズン」

エルルが呪文を唱えた。
その瞬間、マルの体が凍らされた。

「水なら凍らせちゃえばいいでしょ」
「………」

重力に逆らって凍る様は、まるで氷の彫刻のようである。
しかし小刻みに震え始めたかと思うと、氷が全て割れた。

「!?」
「言ったでしょ。マルちゃんは特別だって」

マルの体の周りに、炎が渦巻いている。
その有り様にエルルは瞠目した。

「今、変だ~って思ったでしょ。そうだよね。正反対の属性の、水と火が同居できるわけないもん」
「……そうだとしても、私があなたをここで殺すことには変わりない」
「単細胞! あれ? これって、私がよくミヤちゃんに言われてるやつじゃない? まあいっか~!」

ブォン、と大剣を振り翳し、マルが再び斬りかかってくる。
それらを躱しながら、エルルは必死に考えを巡らせた。

(よくーーよく思い出して! コイツが水と火、両方の属性を持ち合わせるにしても、何かしらの違和感があった! 昔、そう、一回目に戦った時に!)

「考え事!? いいね! その隙に私が切っちゃうよ!」

まるで、得体の知れない化け物を相手にしているような気分になった。
今まで狩ってきた魔物、人、動物などは、全て血の通った生き物。
刺したり、魔法を放ったりすれば、簡単に死んだ。
手札が封じられ、エルルは手痛い思いを引きずる。

(よく見て! 観察して! 何かおかしいと感じるなら、それを逃すな!)

「マルちゃんスペシャルアターック!」

バガァンッ! と大剣が炸裂し、木々を大量に薙ぎ倒す。
下手すれば、山ごと破壊しかねない勢いだ。

「とりあえずっ、止まれ!!」

エルルがマルの割った地盤を操り、マルに向けて放つ。
それらを水になることで再び躱すマルに、エルルは歯噛みした。

「本当にキリがないわねっ……!」

その時、ガディがこちらにすっ飛んできた。
慌てて受け身を取ると、二人揃って転がり込む。

「ガディッ、平気?」
「すまんエルル……」
「どうした。まだまだこれからだぞ」

筋骨隆々とした男が、拳を構えてこちらにやってくる。
マルはパァッと表情を輝かせ、男、ミヤに抱きついた。

「ミヤちゃん! ティファン様に修復してもらったお陰かな? 絶好調だね!」
「うるさいマル。カタをつけるぞ」
「あいりょーかい!」

二人がかりの猛攻に、ガディ達は歯を食い縛る。

(ジリ貧かーー何か手はないのか!)

「!」

ビィん、と弓の弦が揺れる音と共に、ミヤの足元に矢が飛んでくる。
視線の先には、弓矢を構えたリリカがいた。

「ガディさん、エルルさん! 今から五分、全力で私を守って!」
「!」
「少女……何か思いついたか?」

ミヤがリリカの元へと行こうとしたので、すかさずガディが抑える。

「行かせるかよ」
「ガディ……君はここで死ぬ運命だ。無駄な足掻きはやめたまえ」
「眉間に皺寄ってるぜ? そんなにイライラしてちゃ、神様は笑っちゃくれない」
「言いよる」

ガディの挑発に、あえてミヤは乗ることにした。
今のミヤには、ガディ程度、五分の内に片付けることができる自信があった。
しかしマルは違ったようだ。

「もー、ミヤちゃんっ! これで失敗したら、後からドヤされるの私達なんだよぉ!? 私は先行くからっ!」
「ああ」
「行かせないっ!」

エルルが止めに入るが、マルが体を水に変貌させて躱す。
しかし、その隙を狙って、エルルが氷魔法を発動させた。
液状の水が固体へと変わったのを見計らい、エルルは氷を踏み潰す。
しかし、ギュルンと空中で回ったかと思うと、すぐさま元の形状へと戻ってしまう。

「だからぁ、無駄だってば! マルちゃんの体は囚われないのー」
「………」

エルルは無言でマルを睨みつける。
マルは未だにニコニコと笑みを浮かべながら、エルルへと斬りかかった。
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