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アルスフォード編

第五十話 愚者たる所以

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兄が死んだ。
唐突に突きつけられた現実は、到底ラフテルが耐えられるものではなかった。

「はっ、はっ、はっ」

息を切らしながら走り続ける。
脳裏に浮かぶのは、死んだ兄との思い出だ。

『ラフテル、お前は次期当主としてお父様に期待されてはいるが……あまり縛られすぎるなよ? 何かあったらこの兄を頼れ』

「レオ兄様……」

『大丈夫か? ほら、ドーナツ。好きだろ』

「レオ、兄様」

『お前はいつか、英雄家のしがらみからは解放されて、自由に生きてほしい』

「レオッ、にっ」

『ラフテル。愛してるぞ』

足をもつらせ、倒れ込む。
雨が更に強くなった気がした。
擦り向いたところと、昼間の怪我が酷く痛む。
呼吸がしづらい。

「……何でだよ、何でだよっ!」

地面を叩いて、ぴちゃ、と水の跳ねる音がした。

「レオ兄様、何で、死んじゃうんだよ……」

叫ばなければ、どうにかなってしまいそうだ。
肋骨が軋み、心臓の音を大きく伝える。
雨ばかりが鬱陶しくて仕方ない。

「ラフテル!」

後ろから、声がした。
振り向けば、心配そうな顔をして、アレクがこちらを見ている。

「……なんで来た」
「ラフテル、帰ろう! ここ危ないよっ」
「放っておいてくれ!」

はっきりとした拒絶を示され、アレクの肩がびくつく。

「お前にっ……わかるわけないだろ! お前の兄と姉はっ、生きてるじゃないか!」

アレクについてきたナオが、ラフテルの発言に眉を吊り上げる。

「ご主人様、いくらなんでもその言い方は!」
「いいんです」

ナオの言葉をアレクが遮る。
アレクは少々怯えを灯しながらも、ラフテルのほうへと歩みを進めた。

「そうだね、わかんないよ……でも僕、ラフテルに一人で悲しんでほしくない」
「何だよ。同情ならやめてくれ。惨めになる、だけだ……」
「僕にできた、初めての友達なんだよ」

アレクはラフテルに触れようと手を伸ばす。
それをラフテルが弾いた。

「やめてくれ!」
「っ……」
「レオ兄様はなっ、死んだんだ! 俺の、兄様……大好きだった」
「わかるよ、僕も兄様と姉様のこと、大好きだから」
「俺はもう、どうすればいいんだ……レオ兄様がいなくなったら、俺は」

あまりに悲惨な表情に、アレクが一歩後ずさる。
ラフテルの指針はレオであった。
自分と違い、強くて頼りになる兄。
まさか死ぬなんて、最後の別れすら言えないなんて、ラフテルは思ってもいなかった。

「ラフテル、こっち見てよ」
「………」
「ラフテルには、ナオさんがいるでしょ」

ナオが自分とよく似て、それでいて全く違う顔をこちらに向けてくる。

「ナオさんが、ラフテルのこと支えてくれるよ」
「ご主人様、私じゃ足りないかもしれないけど、私精一杯ーー」
「やめてくれ! もう、やめてくれ! ナオがレオ兄様の代わりになれるわけないだろ!? ! もう俺に期待しないでくれよ……だから……頼むから……」

そんな目で、俺を見るな。
ラフテルは蹲った。
現実を直視できるほどの勇気などない。
兄が死んで、怖くなった。

「俺も……死ぬのか……?」
「ラフテル……」
「あんなに強かったレオ兄様が死んだんだ。俺も、すぐ死ぬ」

死への恐怖が這いつくばって来る。
兄に向けた執着と、恐怖心がないまぜになった。

「~~~っ、ご主人様! いい加減にしてください!」

ナオが前へと飛び出し、ラフテルの肩を掴んだ。
強気な態度にラフテルは呆気に取られる。

「さっきからナヨナヨ、くよくよしてっ! アレク様を助けたいって意気込みは、どこに行ったんですかっ!」
「でも……俺は……」
「言いましたよね。ここで諦めたら、恥ずかしくて生きていけないって! 何ですかこの体たらくはっ!」

激しく叱咤するナオに、ラフテルの顔が歪んだ。

「じゃあ、どうしろって言うんだよ! 立ち上がれって言うのか!?」
「そうですよ! 立ってちゃんと見てください! ご主人様がどれだけ落ち込んでもっ、レオ様は帰ってこないんです!」
「お前っ、薄情すぎないかっ……」

ナオの瞳から、大粒の涙が零れる。
ギョッとしてラフテルは固まった。

「私が悲しくないと思いました……? 悲しいに決まってるじゃないですか。。レオ様が、どれだけ私達によくしてくれたか……」
「ナオ……」
「自分だけだとっ、思わないでくださいよ!」

ナオの叫びが、山へと吸い込まれて消える。
硬直し続ける二人に、アレクがそっと触れた。

「悲しいよね……辛いよね……わかったよ……」
「アレク?」
「アレク様……?」

アレクの瞳が、歪な虹色へと変化している。
どこか遠くを見ているような目つきだ。

「レオさん、本当に優しかったよね……ドーナツ、くれたよね。転んだら、助けてくれたよね」
「え……?」
「ラフテルはあんまり泣かなかったけど、ナオさんは泣いてばっかりだった。その度にレオさん、慰めてくれたよね。訓練ばっかりで辛かったけど、レオさんが守ってくれたんだよね」
「何で、知って」

呆然とする二人に、アレクは力強く言った。

「お願い二人共。レオさんの思い、無駄にしないであげて。レオさんの考えてたこと、伝えるから」
「は……?」

アレクが二人の手を握る。
途端に何かが入り込んできた。


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