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超大規模依頼編

第四十話 面倒臭い男

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アレク達は話し合いの後、早速ロースウェスト商会へと足を向けた。
相変わらず多種族な商会で、もはやすっかり顔見知りとなった今では、面白げに妖精が擦り寄ってきたりなどする。

「あんた達、どうしたの。ここに来るなんて珍しい」

アグニのいる金魚鉢まで行けば、アレク達が来たことはもう気がついていたらしい。
真っ赤な金魚のようなヒレを揺らし、アグニがこちらを見下ろしている。
レベッカは事情を説明した。

「……はあ!? ルーウェン商会が、取引を!?」
「は、はい。そうですわ」
「何てこったい……! ルーウェン商会、はあ、ルーウェン」
「何かあったんですか」

アグニのあまりの取り乱しように、流石に不審に思って問いかけてみる。

「何かあったもなにも、仲良くしてた商会が最近反応悪いと思ってたら……ルーウェン商会の保護下に入ってたのよ!」
「こんなにも早く……」
「そういうことね。ローズウェスト商会が薬で有名になった影響かと、ずっと思ってたけど……まさか対抗馬になってくるとは」
「どうしましょう」

困り顔のレベッカの前で、アグニがそろばんを弾き出す。
何やら鬼気迫る勢いであった。

「あ~……薬を手放すわけにはいかない。売り上げが一気に傾く。でも、ルーウェン商会と真っ向勝負できるだけの力は、ウチにはない……もう! 何て相手連れてきたの!」
「わたくし達も困っておりましてよ」
「アレク! アレクはどう思うの!」
「えっ」

ここでアグニの焦点がアレクに移る。

「薬の製造者はあんたよ。あんたに決定権がある。こっちに居座り続けて一緒に戦うか、あっちに素直に移動するか。私としては絶対こっちにいてもらいたいわけだけど」
「う~ん……結局どっち選んでも、厄介なことになりそうな気がするんですけど」
「その通りね!」

アグニは自らの金髪をかき混ぜ、わかりやすく悶えている。
アレク達にも対処法などわからない。
こういう時、どうするのが一番の正解なのだろうか。
頭を抱えたアレク達の元へ、遅れてレイルが合流した。

「ごめんごめん。話は聞いたよ。ルーウェン商会が取引を持ちかけてきたんだって?」
「レイル先輩っ!」
「いや、大変だね。どうしようか」
「今考えてる最中でして……」

レイルはどうやら職場からそのまま飛び出してきたらしく、白衣を揺らしてアレクに近づいた。

「それとは関係ないんだけど、今日はいいニュースを持っててね」
「いいニュース?」
「ほら。じゃーん」
「? これは……」
「僕が開発した新薬! アレク君の魔力を解析して、薬草と混ぜ合わせ、錠剤にしてみた! いやあ、これを作るのには苦労したよ」

レイルが持っている新薬を見て、アレク達は目を輝かせる。

「レイル先輩凄い!」
「天才では?」
「いやあ、照れるなあ。でもこれ試作品で。上手くいってるかはわからないんだよ」

新薬はレイルの手の中でぼんやりと光っていて、アレクの魔力が確かに感じられる。
しかし効果を試すところも考えどころで、レイルは薬をずっと持っていたらしい。

「試せる人がいればいいんだけど、そう簡単にはなあ」
「……あ」

そこでアレクは、一つの案を思いつく。

「ギルドで治験しましょう。こういうのを依頼に出したら、乗ってくれる人いますよ」
「いやでも、ちょっとルール違反というか、正式に薬として扱うなら、諸々の手続きが必要というか……」
「手続きですか……でも、試すくらいならいいんじゃないですかね」
「まあ、それもそうか。ギルドでやってみるよ」

そうして話題が片付いたものの、大方の問題は解決などしていない。
振り出しに戻り、アレク達は再び考えを巡らせる。

「……わかりましたわ」
「ベッキー先輩?」
「こうなったら、婚約者としての権利を振り回してやりますの。無理やり突破しましょう」
「ええ!? でもそれって」
「ちょっとやそっとじゃ、動くような男性ではありません。今こそわたくしの出番!」
「でもなあ、マウロス家にも色々あるだろうし」
「いや……婚約者としての立場、使えるかもしれません」

アレクがそう言ったので、全員の視線がアレクのほうへ集まった。

◆ ◆ ◆

後日。
ラビンはローズウェスト商会に呼ばれ、レベッカ達に会いにきた。

「皆様、昨日ぶりです。早速お返事を聞かせてもらっても?」
「ええ、わかりました」

頷き、レベッカは答えを口にする。

「取引はお断りさせていただきます」
「ほほう……?」
「代わりに、別のものを用意いたしましたの」
「別のもの?」

ここでレイルから、例の新薬を持ち出される。
ラビンは怪訝そうにそれを眺めた。

「これは?」
「わたくし達が売り出している薬と、似たようなものですわ。わたくし達の現在売り出している薬は、どんな病も治し、立ちどころに健康体にしてしまう優れもの。ですがデメリットとして、製作時間というものがあります」

ヴィエラが横から、その時間を書いた紙を大きく広げる。

「薬を一つ作るのに、およそ一ヶ月かかりますの。そして、希望者の元へ届けられるのは、その半月後。およそ一ヶ月半の時間を必要としますわ」

正直アレクからすれば、薬は一日に何個も作れるのだが、魔力を使いすぎれば体力にも影響が出るし、市場が傾いてしまう。
どんなものにも効く万能な薬であるからこそ、量を調整し、薬市場を滞らせないよう注意を払う必要があった。
おまけに値段も高いので、一般人にはまず手の届かない代物だ。

「一方こちらの薬は、一ヶ月で十個ほどのペースで作ることができますの。その代わり効果は少し落ちますが、売り上げ的にはこちらのほうが有利でしょうね」
「落ちるというと、どれくらいで?」
「そうですわね……私達の売り出している薬が、不治の病を治すとすると、こちらの薬はハイ・ポーションくらいの効果でしょうか。病ももちろん治せますよ」

ここでラビンの表情が変わった。
ハイ・ポーションといえば、冒険者御用達のポーションの、二番目に高いランクのものだ。
四肢欠損までとはいかないものの、大抵の傷なら治してしまう。
一番効果の高いエリクサーなど、もはやあってないようなものなので、実質最上級のポーションを簡単に扱えることになる。

「こちらの薬を、ルーウェン商会との取引で売り出しますわ。ですので、今売り出してる薬からは手を引いてくださいません?」
「……確かに魅力的です。しかし、やはり一発で儲けた方が、価値があるのでは?」

ラビンはどうやらまだ諦めきれていないらしく、返事の歯切れが悪い。
そこでレベッカは、ラビンに懇願した。

「お願いします、ラビン様。今度デートしてあげますわ」
「……デート」
「あなた様の行きたがっていた、鍵コレクションミュージアムに行きましょう」
「わかりました。乗りましょう」

ここで取引はあっさりと成立した。
レイルの開発した新薬が国に認められ次第、ルーウェン商会と取引することを義務付ける契約に、双方共にサインをする。
これで何とかなったことにほっとしたものの、アレクは昨日のことを思い出す。

『冒険者の人に試してもらって、新薬は怪我に対して効きがよかったらしい。病気はまあ、アレク君の魔力から作られてるし、何とかなるでしょう』
『新薬で許してもらえますかね……』
『大丈夫ですわ。ずっと断っていた、鍵コレクションミュージアムのお誘いをお受けいたしますから』
『なにそれ』
『文字通り、鍵を見るだけのデートですわ。わたくしは鍵に興味はありませんので、断り続けていたんですけど』
『優秀な人って、変わった趣味が多いよなあ』

「上手くいってよかった……」

思わず胸を撫で下ろすアレク達であったが、ラビンがアレクに話しかけてきた。

「ちょっと、君」
「? はい」
「いいかい」
「いいですけど……?」

ラビンはアレクを商会の隅へ連れて行くと、声を顰めて尋ねた。

「レベッカ様は、その……私について何か言っていたかね」
「何かって……」

レベッカがラビンのことを語る際には、商人として優秀な男だが、人としては尊敬できないなどと言っていた。
素直に伝えていいものかと頭を悩ませていたところ、ラビンは恥ずかしげにアレクに言った。

「レベッカ様は、私にもったいない令嬢でね……実は、私の一目惚れなんだ」
「えっ」
「彼女の前では、その、少々緊張してしまって。どうしても高圧的になってしまうというか」

顔を赤くするラビンに、先程の悪人ヅラは浮かんでいない。

「レベッカ様のこと、教えてくれると助かる。また商会に来た時に話を聞かせてくれ」

そう言うと、ラビンはレベッカ達に向き直った。
言うまでもない悪人ヅラである。

「では、これで失礼します。商談の件はまた後日」
「ええ。お待ちしておりますわ」

ラビンはそのまま背を向けて去っていった。
今までやり取りを黙って聞いていたアグニが、大きくガッツポーズを決める。

「よっ……しゃあああああっ!! 勝った!! あのルーウェン商会にっ!! 奇跡よっ!!」
「よかったです!」
「これで安心できそうだね」

その場に和気あいあいとした空気が流れる中、レベッカがそっとアレクの肩を叩く。

「アレク君、ラビン様に何か言われまして? いじめられるようでしたら、すぐ相談してくださいませ」
「………」

悲しきかな、この落差である。
なかなかに前途多難になりそうな雲行きに、アレクは「はは」と乾いた笑みを浮かべた。


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