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超大規模依頼編

第三十四話 シオンのダイエット大作戦

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一方、アレクが超大規模依頼で学園を後にしていた二日間ーー学園でもちょっとした事件が発生していた。

「はうぅっ!!」

その夜、何の気兼ねもなく体重計に乗ったシオン。
お風呂上がりだ。本当に特に何も考えず、そういえば体重どのくらいだったかな、くらいの考え方である。

「ふ、ふふふ、ふ、増え、増えて……」

何キロとまではシオンのプライベート上言えないものの、増えている。
誤魔化せないレベルで増えている。
シオンは弾かれたように顔を上げ、自身の召喚獣であるスキャリーを召喚する。

「ギュー」
「や、や、やっぱりぃ~」

シオンはスキャリーを目の前にして崩れ落ちた。
明らかにスキャリーが丸くなっている。
格闘系ウサギであるスキャリーは普段スリムで愛らしいボディーを持続しているものの、見事に丸々と太っていた。
心なしか声も野太い。
それもこれも、この前スキャリーと一緒に召喚獣と楽しめるというカフェに行ったのが原因だろう。
羽目を外しすぎたか。

「スキャリー、ダイエットするよ……!」
「ギュウー」

シオンの決心に、スキャリーは可愛くない声で鳴いた。

◆ ◆ ◆

次の日の朝。
いつも通り学園に登校したユリーカが、教室のドアに手をかける。

「……って、ええ!?」

ユリーカの朝は早い。
ユリーカの真面目な性格上、誰よりも早く登校しているのが常だ。
しかし今日は先客がいたらしい。

「ちょ、シオン! 何やってるの? それにスキャリーまで」

そこには一人と一匹で筋トレに励む姿があった。
どこから調達したのか、出どころがわからないダンベルを上げたり下げたりしているシオンに、そんなシオンの周りを走り回るスキャリー。
これが普通にやっていればよかったものの、二人の目がどこかイカれていた。
何も知らないユリーカから見れば、なかなかの光景である。

「あ、ユリーカおはよう!」
「元気いいわね……いつからいるの」
「えっと、朝の三時から!」
「バカなの?」

咄嗟にそんなツッコミが出るくらい、ユリーカは動揺していた。
普通シオンにそんな口は効かないはずだが、もう一度言う。
ユリーカはかなり動揺していた。

「え、ちょ、えええええぇ~……」
「どうしたのユリーカ!」
「とりあえず、止まって。頼むからそのダンベル下ろして。スキャリーもう走り過ぎて、摩擦で床つるっつるなのよ」

暴走を続けるウサギを何とか引き留め、ユリーカはシオン達を前に事情調査を行う。

「で、どういうこと?」
「ダイエット!」
「ギュー」
「なるほどね……ダイエットね。これまた随分と思い切ったわね」
「太っちゃって!」
「ああうん、最近シオンちょっと丸々してたものね……」

ユリーカの何気ない一言に、シオンの目が潤む。
それに気がついたユリーカが慌てて謝罪した。

「いや、ごめん。シオンは可愛いわよ! 丸々してても!」
「フォローになってないいぃ」
「ごめんって」

シオンはグズグズベソをかきながら、これまたよくわからない調達先の草を頬張り出す。

「私だってぇ、頑張ってるもん。ぐす。草美味しい……」
「相当追い込まれてるわね……」
「スキャリー、草」
「ギュウゥ」
「不味そう……」

草を頬張るスキャリーの表情が何とも居た堪れない。
ユリーカはため息を吐いて、シオンに持ち歩いているタオルを差し出す。

「はい、これで汗拭いて。このダンベルは誰のなの?」
「ライアン君の……」
「あいつか……」

ユリーカの脳内で、呑気にピースしているライアンが思い浮かぶ。
ライアンは果たして、ダイエットというものを理解しているのだろうか。

「アレク君……お家の用事で今いないじゃない」
「そうね」
「だから今のうちに痩せて、可愛くなろうって思ったの」
「わかった。その心意気は立派よ。でも待って、それ何?」

シオンの持っていたダンベルの横に、謎の本が置かれている。
その本を手に取ってみれば、ユリーカはあからさまに顔を顰める。

「ダイエットの黒魔術……典型的な詐欺商品じゃない」
「違うもん! 巷で話題のダイエット方法だもの!」
「はいはいわかった。シオンはもう怪しい壺売るおばさんに引っかかるタチね」
「見て、このページとか!」

シオンがめくった本のページには、よくわからない魔法陣が刻まれている。
怪しい。怪しすぎる。
しかしシオンは盲目的になっているらしく、ペラペラと解説を始めた。

「これを使えばね、みるみると体重が落ちていくらしいの! さっきの草とセットなの!」
「あの不味そうな草? 騙されてるわよ絶対」
「騙されてないもん! 昨日メジャト式ダムダムダンス試したもん!」
「止まりなさい暴走娘」

本日二度目の辛辣なツッコミである。
そこでけたましい足音がしたと思うと、ライアンが勢いよく教室に入ってくる。

「おっはよー! シオン、ダイエット? の調子はどうだー?」
「全然ダメェ」
「そうか! じゃあウチに来るか? 父さんの騎士団に体験で入れてもらおう!」
「話か飛躍しすぎじゃない?」

ユリーカのツッコミに対し、シオンは目を輝かせて勢いよく頷いた。

「行くぅ! 痩せる!」
「よし行こう! 今日の放課後すぐ行こう!」
「早いわね……」
「ユリーカもだぞ!」
「私も!? 嫌よ!」
「連帯責任だぞ!」
「連帯責任ってなに」
「ユリーカがカフェ誘ったんだろ?」
「……あ」

確かにそうであった。
ユリーカがシオンをカフェに誘ったのだ。
しかしユリーカは常に体重管理を徹底しているので、特に太ることはなかった。
なんだか申し訳なさが積もり、結局ユリーカは了承してしまう。

「わかったわ……」
「よーし! 行くぞぉ!」
「おー!」
「ギュー!」

ユリーカは遠い目をして、「スキャリー、声ブサイクになったわね……」と呟いた。

◆ ◆ ◆

放課後、約束通りライアンの訓練コースに付き合うことになったユリーカとシオン(スキャリー含む)は、早速騎士団へと顔を出した。
ライアンの父である騎士団長が、愉快げにこちらを見下ろしてくる。

「よく来たな! ライアンの友達!」
「こっ、こんにちは……」
「今日はお世話になります」
「ライアン! こんな可愛い女の子達と友達だったのか! そういえばアレク君は!」
「今日はいないぞ~」

いちいち声が大きい騎士団長に、ユリーカは血筋を感じて苦笑いした。
シオンは人見知りを発動し、ユリーカに少し隠れ気味である。
スキャリーは相変わらず不味そうな草を頬張っていた。食べることが義務なのだろうか。
騎士団長は団員達に声をかけた。

「皆の者よく聞け! 今日は客人がいる! 息子のライアンのお友達だ! 間違っても怪我させんなよ!」
「「「了解です団長!」」」

実際この国の騎士団の統率力を見るのは初めてであったため、その迫力にユリーカは息を呑む。
将来は恐らくライアンがこの騎士団を率いていくのだと考えると、突然ライアンが偉く見えてくるものだから不思議だ。
その後、シオンをメインにした体力づけの訓練コースを体験することになったが、これが筆舌に尽くし難いほどキツい。
学園の体育活動など比にならないほどのキツさだ。
元々運動が苦手なシオンは、死に物狂いで何とか走っている。

「ギュー!」
「このウサギ凄いな」
「あれ本当にウサギか」

一方、スキャリーは格闘ウサギらしく、かなりのスピードで駆け回っている。
主人とはかけ離れた体力である。

「シオン、ちょっと休憩したら……?」
「いやっ、ライアン君もっ、頑張ってるしっ」
「ライアンはちょっと異常っていうか」

ライアンは父である騎士団長の横で、「うおー!」と叫びながら走っていた。
流石、体力バカと呼ばれるだけある。

「私、頑張る!」
「ギュー!」
「よくやるわね……」

◆ ◆ ◆

シオンと共に、騎士団のトレーニングに参加した二日後。
ユリーカが寝ぼけ眼で教室のドアを開けると、シオンがすぐさま駆け寄ってくる。

「ユリーカ! おはよう!」
「おはよ……え?」

ユリーカは目を剥いた。
目の前に広がるのはあまりに非現実的な光景である。

「私、痩せたよー!」
「キュー!」
「………」

およそ三メートルはあるであろう筋肉ムキムキの巨大が、太い声を揺らして笑っている。
隣には揃いでムキムキになったスキャリー。
怖い。純粋なるホラーである。

「ちょ、シオン、ええ」
「シオン! 君のその筋肉の美しさに惚れたっ!」
「え、アレク君いつの間に帰ってきてたの」

突然どこからかアレクが飛び出してきて、ひしとシオンを抱きしめた。
体格比がえげつないことになっている。

「やったあ嬉しい! ユリーカ! 私達幸せにやっていくね!」
「筋肉こそ正義!」
「キュー!」
「あ…ああああああああああありえないでしょおおお!!」

あまりの状況にキャパオーバーになったユリーカが叫んだ瞬間、その悪夢は終わった。

「え」

どうやら夢を見ていたらしい。
冷や汗が凄い。
ユリーカは思わずベッドから飛び出した。







一方、超大規模依頼を終了したアレクが、二日ぶりの教室を訪れた。

「みんなおはよー……何事?」
「アレクおはよう! 何かよくわかんないけどこうなった!」

ライアンがニコニコと笑いながら、アレクの横に並ぶ。
ユリーカがシオンにしがみついて、なぜかおいおいと泣いていた。

「シオン……筋肉ムキムキにならないで……」
「な、何言ってるの? ユリーカ。それにまだダイエット継続中で……」
「キュー!」
「スキャリーはすぐ元に戻ったけど……」

シオンがスリムに戻ったスキャリーを持ち上げる。
可愛らしい鳴き声で鳴いたスキャリーに、ユリーカが目を細めた。

「あ、筋肉っていったら、スキャリーの足の筋肉が戻って」
「筋肉ぅうううううう!」
「えぇ?」

しばらくユリーカの前では、筋肉が禁句となった。

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