上 下
107 / 227
超大規模依頼編

第一話 中等部

しおりを挟む
「うーん、変じゃないかぁ」

鏡を見ながらアレクは一人でに呟き、頬を薄桃色に染める。
その胸元には、学園から支給された新たなネクタイが収まっている。
見慣れたえんじ色ではなく、新品特有の鮮やかさを放つネクタイは、以前兄や姉が付けていたものと同じだ。

「アレク、もう出るぞ」
「あ、はーい!」

後ろから兄に声をかけられ、アレクは元気よく返事をした。

◆ ◆ ◆

冬休みが終わり、アレク達は中等部へと上がった。
一番下の初頭部から抜け出してみれば、何だか少し大人に近づいた気がする。
見える景色も違うものだ。
高等部と中等部での分かれ道でガディ、エルルと離れ、アレクは新しい教室に急ぐ。
教室の扉を開けると、そこにはお馴染みの面子が固まっていた。

「おはよう、みんな」
「おはよーアレク!」

真っ先にライアンがアレクに飛びつき、アレクの頭をうりうりと撫でる。

「俺達今日から中等部だけどさぁ、アレクはあんまり大きくならないよな~」
「え!? 嘘、僕だって大きくなってるよ!」
「俺より小せえし!」
「このアホライアン」

ユリーカが呆れを含ませた瞳で、ジトリとライアンを見つめる。
ライアンには全く意味がわからず、「な、何だよ」とたじろいだ。

「そもそもアレク君は私達より二個も年下なのよ? 小さくて当然じゃない」
「あ、そっか。忘れてたわ」
「まあ、アレク君なんだか大人びたしね。忘れるのも無理はないんじゃない」
「みんなして小さいって言わないでよ~……」

しょぼくれているアレクに、慌ててシオンが声をかける。

「アレク君は小さくてもかっこいいよ!」
「ありがとシオン……でも小さいは余計かな……」
「ご、ごめん」

そこで扉が開いて、アリーシャが顔を出した。
学年が変わっても、相も変わらず担任は彼女のままのようである。
ふわあ、と大きく欠伸をすると、アリーシャはボサボサの髪の毛を更に自らかき混ぜた。

「あー、はよーございまーす。皆さん新学期ですね……ふわ」
「アリーシャ先生。しっかりしてください」
「ユリーカさんはやっぱり手厳しいね。でも昨日徹夜しちゃってさ。クマがやばいのなんのって」
「先生」
「ごめんって」

ユリーカが凄み出したので、アリーシャは思わず体を縮めて唇を尖らせた。
わざとらしく咳払いすると、とうとう彼女は本題に入る。

「変わらずAクラスに進級できた諸君! おめでとう! だけど中等部は厳しいよ、振り落とされないようにね!」

アリーシャはグダグダのように見えて、一番成績優秀なAクラスを取り纏める人物だ。
ただ者ではないーーと信じたい。
無駄に気合いの入った担任を横目に、アレクはぼんやりと考え事をする。

(そういえば、また新入生入ってくるのかぁ……エリーゼの時みたいに、騒ぎにならないといいけど。まあそもそもあれってレアケースか。そんなに起こらないと思うし、大丈夫)

「アレク君」

(委員会も人数増えるのかぁ……僕とベッキー先輩と、ヴィエラちゃんで纏められるのかなぁ。心配だな……)

「アレク君!」

再度名前を呼ばれ、ハッとアレクは弾かれたように顔を上げる。
目の前には頬を膨らませたアリーシャが立っていた。

「もう、ボーッとしちゃって。今から始業式よ。しっかりしなくちゃ」
「ごめんなさい……」
「別に気にしなくていいのに」

叱ったのはアリーシャだというのに、矛盾していないだろうか。
するとライアンは笑顔で明快な一言を放つ。

「先生がほっぺ膨らませるのキツいっすね!」

否ーー余計な一言であった。
ライアンには強烈な拳骨が下り、ひんひんとライアンは痛みにもがく。

「みんな体育館に行きましょうね~」
「先生容赦ねえ……」
「こわ」
「怒らせんとこ」

クラスメイトが口々に言うため、アリーシャが大声で訂正を入れる。

「普段からこんなんじゃないから! ライアン君みたいな失礼な人にだけだから!」

彼女の訴えは果たしてクラスメイトに届いたのか、それは各々のみが知る結果である。

◆ ◆ ◆

その後すぐに始業式が行われたが、特に何事も起こることはなかった。
心配のしすぎだったかと胸を撫で下ろすアレクだったが、体育館を出てから制服の胸ポケットに手を当てたことで、あることに気づく。

「……ない」
「え?」
「ペンがない」
「ペン?」

どうやらどこかに落としてしまったらしい。
ポケットに何度も手を当てるアレクに、横にいたシオンが声をかける。

「また新しいの買ったらいいんじゃないかな……?」
「いや、あれは……兄様と姉様から貰ったやつなんだ」

二人は時々気まぐれに街を練り歩いては、アレクに土産を届ける。
数ある内の一つでしかなかったが、アレクにとって非常に大切なものだ。

「僕、探してくる!」
「アレク君!?」

驚くシオンに、アレクは走り去りながら頼み事をする。

「先生には事情を説明しておいてほしい!」
「え、ええ?」

そのままアレクが行ってしまったため、シオンは大層困って眉を下げた。






その後学校中を走り回ってみるも、心当たりのある場所にはどこにもなかった。
ひょっとして誰かが拾って職員室に届けてくれた後ではないだろうか。
そんな淡い希望を元に職員室に向かおうとしたアレクに、後ろから声がかかる。

「おい」
「え」

振り返ると、一人の男が立っていた。
見覚えのない、かなり厳つい容貌の男だ。
頬に走る傷跡は痛々しく、何より雰囲気が刺々しい。

「これ」
「……! 僕のペン」

男が差し出したのは、アレクが失くしたはずのペンだった。
ペンを受け取り、アレクは安心して息を吐く。

「あの、ありがとうございましーー」

その途端、ぐいと腕を引っ張られてアレクが宙に浮いた。
顔を至近距離まで近づけられ、身がすくむ。

「お前が……」
「?」
「なるほどな。確かに似てる」

そのままパッと手を離され、アレクは思い切り尻もちをついた。

「な、何なんですかっ」
「あ?」
「あなたは誰……そもそも、ここにいるってことは、学園関係者ですか?」
「いいや、違うね」

男は振り返るとニヒルな笑みを浮かべた。

「ヨーク・フール。俺の名だ。よく覚えておきな、アレク・ムーンオルト」
「え」

男はそのまま、何事もなかったように去っていった。

「……あの人、僕をムーンオルトって呼ばなかった?」

自分の素性を知る人間が現れた。
確かに、もうアレクがムーンオルト家出身の者であることを隠す理由がない。
何せアレクが素性を隠していたのは、父に学園に入っていることがバレ、元英雄家の者として学園に泥を塗ることを恐れられ、退学させられないか心配だったからだ。
ムーンオルト家は現在没落し、父はどこかに行方をくらませている。
名前を知られようが、大した痛手ではないーーはずだ。

「でも、どこから知ったんだろう……」

嫌な予感が拭えない。
アレクは消えた男のことを考え、アレクは頭を悩ませた。
しおりを挟む
感想 449

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。