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番外編 アンナ・リスチーヌの日記もどき。

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私はアンナ・リスチーヌ。
武術にちょっと自信のある虎の獣人だ。
私は12歳の時に、今日からこの人に仕えなさいと、とある少女の前に立たされた。
少女の名前をシャルロッテといった。
シャルロッテ様のことは、昔からよく知っていた。
ハドルという謎の護衛を付き従えた、この国の宝である神子。
彼女はウサギの獣人であるというのに、その臀力は虎である私よりも強かった。
彼女は特別だ。
眩い光を放ち、辺りを照らし、導く。
その彼女の護衛になれたのは、他でもないハドルのご指名だった。
いつも目深にフードを被った彼は、その時ばかりはフードを外して私を真っ直ぐに見ていた。

「君にはシャルロッテの護衛を引き継いで欲しいんだ。僕は彼女のそばにはいられない」

案外優男風の彼はそう言うと、私の返事を待った。
神子に仕えることは、獣人としての何よりの誉れだ。
私はすぐに了承した。
しかし、かなり難しいものがあった。
これは、シャルロッテ様に仕えた私の、過去を遡る1日の記録。

◆ ◆ ◆

XX2年 3日目

「ついてこないで! 邪魔なのよ!」
「シャルロッテ様……」

シャルロッテ様は、すぐには私に心を許してくれなかった。
寧ろ拒絶し、私のことを嫌っていたようである。
最初は思わず滅入ってしまった。
このわがまま娘に一生仕え続けるのかと。
でも、私は折れるわけにはいかないのだ。
ハドルとシャルロッテ様は仲が良かったと思う。
何か理由があるはずだ。
それを探さなくては。



XX2年 7日目

わかったことがある。
シャルロッテ様は、誰かに肯定したがってもらっている。
それを聞けば、おかしいと誰もが言うのだろう。
神子であるシャルロッテ様は、今まで肯定の言葉を多くもらってきたはずだから。
でも、違う。
上辺だけではなく、心の底からの敬愛を。
あの方は欲しがっていた。
ハドルとの関係は淡白に思えたものの、彼は彼女に必要以上に望まなかった。
つまりありのままの彼女を肯定していたのだ。
単純に距離を縮めるには、それが一番なのだろう。
しかし、見過ごせないことがある。
目にかけてもらっている女王様にすら反発し、王宮の各地で第二王子であるレオン様と悪戯ざんまいの毎日を過ごしている。
これは非常にいただけない。
嫌われたくはないがーー私はシャルロッテ様の世話役。
根気強く、正しい道へと導こう。



XX2年 21日目

何とシャルロッテ様が私に話しかけてくださった。
これにはまあ驚いた。
彼女は今まで私の言うことに聞き耳を持たず、逃げ回っていたというのに。
するとシャルロッテ様はこう言った。

「手紙の書き方を教えてほしい」

思わず瞬きを繰り返したことは、許して欲しい。
彼女はハドルに手紙を書きたいと言い出した。
もう引退し、どこかに消えてしまった謎の人物、ハドル。
どこかの噂では、それは留学していたロマドの王子であるエリクルと聞いていた。
でも人前で彼はフードを外すことはないし、彼の素顔を見たが、私はエリクル様のことは見たことがなかった。
王宮に来たのがつい最近ということもあるのだろう。
私はシャルロッテ様に協力することにした。
彼女の書く手紙は、健気なものだった。
まるで恋する乙女のような、可愛らしいもの。
いや、比喩的な表現ではなく、実際に彼女は恋をしていたのだろう。
歳上で少し危うい雰囲気を持つ彼のことを、彼女は魅力的に思ったに違いない。
その手紙は水色の便箋に包まれて、女王様に渡された。



XX2年 42日目

彼から返事がきた。
そのことに彼女は酷く喜び、飛び上がる勢いでくるくると舞った。
神子特有の身体能力やその愛らしい容姿も相まって、まるで妖精のようであった。
ドキドキしながら彼女と便箋を開けば、そこには特に当たり障りのない文章がつらつらと並んでいた。
私は正直、「こんなものか」と落胆したが、彼女はそうではなかったらしい。
頬を薔薇色に染めて、熱心にその文章を何度も見返して、ため息を吐いていた。
恋は人を変えるとよく言ったものだ。
歳下であるはずのシャルロッテ様が、この時ばかりは悩める乙女に見えた。



XX2年 67日目

ようやくシャルロッテ様が私に心を許してくれた。
長かった。本当に長かった。
時には涙することもあれど、やはり私は仕えてよかったと思う。
今ではシャルロッテ様は、私を見つければ「アンナちゃん」と言って駆け寄ってきてくれる。
その愛らしい姿に頬が緩むも、油断は大敵。
シャルロッテ様をハドルに引き続き取られたと、レオン様が私に嫉妬している。
それがただの幼児の嫉妬であったならよかったが、彼もまた特別な子供であった。
彼は獣人ながら、氷の魔術を扱うことができたのだ。
何度その魔術の餌食になったかわからない。
未熟ながらもその力は非常に凶暴なもので、第一王子であるマオ様との不仲の原因とも言えた。
次期国王はレオン様と噂される中、マオ様は何を思っていたのだろうか。
それは最後までわからないままだった。



XX2年 85日目

今日はシャルロッテ様の誕生日。
のはずなのだが、シャルロッテ様は誕生日会場を抜け出してしまった。
こっそり探しに行けば、レオン様と一緒に王宮の隅の方で遊んでいた。
それはまあ可愛らしかったが、ひとまず声をかけることにする。

「シャルロッテ様ー。レオン様ー」
「アンナちゃん!」
「もどらねぇぞ!」

違った反応を見せた2人に、思わず笑いが溢れる。

「私も混ぜてもらってもいいですか?」
「はぁ?」
「うん!」
「は、おい!」
「アンナちゃんは優しいもん!」
「何言ってんだシャルロッテぇ!」
「うるさい! レオン兄ィのバカ!」

ちなみに、シャルロッテ様に誕生日プレゼントとして花のクッキーを焼いたら食べてもらえた。
こういうところが信頼されてるんだなぁ、と嬉しくなった。


XX2年 152日目

「ねえー、何でくれないの?」
「食べ過ぎです」

昼ごはんを食べるでもなく、空いた手で菓子を摘む彼女から菓子を取り上げた。
不満げに彼女は私を睨んでくるけれど、ここで許してはならない。

「アンナちゃんも一緒に食べようよ!」
「私、甘いものよりしょっぱいものが好きなんで。それに……そのお腹周りのお肉は何でしょうか」
「うぐっ」

指摘すれば、彼女は気まずげに下手くそな口笛を吹いた。
それで誤魔化せると思っているのが凄い。

「聞いてよ! 女神教、相変わらずクソ!」
「お口が悪いですね、クソなんて言わないでくださいよ」

シャルロッテ様のような可愛らしい少女の口から、クソなんて聞きたくなかった。
彼女が言うに、王子様や自分が口が悪いのは、昔ここを去ったハドルのせいらしい。

「だってぇ」
「彼らは縋りたいんですよ。神様に縋ってなきゃ生きていけない、弱い人達なんです」
「……気持ち悪いよ。私、信仰なんてされたくない」
「あなたが神様とか笑えますからね」
「はあ!?」

素っ頓狂な声は、穏やかな昼下がりには見合わないものだった。



XX2年 262日目

「稽古なんてする必要ないもん!」
「降りてくれなきゃ困ります」
「嫌ぁあ!」
「………」

持ち前の身体能力で、木にへばりつくシャルロッテ様。
稽古が嫌だとぐずるわりには、やることが陰湿だ。
そこまで登ってこれないのをわかっているくせに。

「……私一人で稽古をこなせというんですね。あの厳しいものを」
「う」
「あーあ。騎士様が、シャルロッテ様と一緒に食べろって言ってくれた、異国の菓子があるのになぁ」
「……わかった」

あ、降りてきた。
シャルロッテ様は菓子に弱い。
どんだけ好きなんだと思うくらい、暇があればつついている。
私達の稽古を担当してくれるのは、この国一の騎士様だ。
彼はハドルの前の護衛であり、私の先輩にあたる。
シャルロッテ様の護衛である私にはとりわけ厳しいけれど、終わった後はちゃんと優しい。
私は彼を尊敬している。
だからシャルロッテ様のわがままで、手を煩わせたくはない。

「行きますよ。子供ですか」
「違うし」

半ば引きずるような形で、私は彼女と稽古場へ向かう。
それがいつものルーティン。




XX7年 5年後

一気に時間が飛んだことを、お許しいただきたい。
ここからはちょっとしたダイジェストでお送りしよう。
5年も経てば私やシャルロッテ様も立派なレディに成長できた。
シャルロッテ様は12歳、私は17歳。
シャルロッテ様は非常に魅力的な方だ。
白雪のようなフワフワの髪と肌、そして耳を持っていて、ウサギ特有の愛らしさを持ちながら、その姿は獰猛な獣のようにも例えられる。
稀代の神子は、あまりに綺麗だった。
私とシャルロッテ様は、今では護衛と神子のような、簡単な言葉で言い表せるほどの仲ではなくなっていた。
私は護衛であり、世話役であり、彼女の捨て駒である。
いざという時はこの命を投げ出し、彼女を守らねばならない。
そのことに不満はないし、寧ろ喜びすらも感じる。
彼女の糧になれることが嬉しいと。
なのに、ヘマをしそうになった私を助けたのは、シャルロッテ様だった。

「アンナちゃんを失いたくない。死なないで、アンナちゃん」

そう縋られて、どうしようかと本気で悩んだ。
私と彼女の関係は、シンプルに見えて大変複雑だ。
家族のように親しいし、姉妹のように近しい。
しかしどうしようもなく他人である。
この頃の私はこの関係であることが非常にマズいことだと気づいていたが、止めることができなかった。
私はやはり、シャルロッテ様に好かれるのが嬉しい。



X10年 3年後

いよいよシャルロッテ様の能力が開花してきた。
今までは獣人として優れた力を持つ、珍しい立場の獣人でしかなかったシャルロッテ様。
なのに、彼女は神と意思疎通をしてみせたのだ。
この国を偶然通りかかり、そのあまりの巨大ゆえに押しつぶしてしまうであろう神に、声を荒げてみせた。
それには思わず口が開いたし、一気にその噂は国中に広がった。
彼女はまるで、新世界の神様みたいだった。
信仰されて、敬われて、ありがたいものとして祀られて。
蓋を開けてしまえば、ただの15の少女であるのにも関わらず。
そうなってしまい、彼女が周囲を警戒し、自分の大切なものを囲い込もうとするのは必然的であった。
奪われたくないと必死で威嚇する彼女は、やはり小さな体の持ち主であった。
いくら体にできた傷の治りが早かったとしても。
彼女の心の傷は、気づけば埋まらないレベルにまで深くなっていた。
シャルロッテ様は不器用だ。
人の好意を素直に受け取ることができず、簡単に信じることができない。
ひとえにそれは彼女が育った環境ゆえとも言えるのだが、やはり彼女は生粋のーー臆病な子供であったことは違いない。
突き放すような態度も、全ては己を守るためのもの。
信頼した者を囲い込もうとするのは、寂しさと虚しさを埋めるためか。
私とシャルロッテ様は、まるで雨の日のぬかるんだ泥沼に足を突っ込むみたいに、ずぶずぶと、醜い依存関係に落ちていった。
何も知らなければ、美しい主従でいられたのだろう。
でもダメだった。
あの子の孤独に寄り添い、その本音を聞いてしまえば。
もうとっくに絆されて、あなたのためなら、人生を棒に振ってもいいとさえ思えてしまえた。
あなたの幸のために、私は存在を許されたのだろう。
あなたを思えば、胸はひたすらに暖かい。

「アンナちゃん。アンナちゃんは、私のそばにずっといてくれるよね」

信じて疑わない、その目。
桜色というのか、ピンク色というのか。
暖かい春の色はあまりに純粋で、私はその目を安心させるため、首を縦に振っていた。



X10年 14日目

その日は珍しく、外出許可を貰えた日だった。
浮かれたシャルロッテ様はご両親と私の手を取って、街へと繰り出した。
こんなに楽しそうなシャルロッテ様を見るのは久しぶりで、私も嬉しかった。

「ーーー」

嫌なことに気づいた。
シャルロッテ様を、誰かが狙っている。
こんな時に限って。
シャルロッテ様は気づいていない。
いつもなら気づいたかもしれないが、ご両親と話すのに夢中だ。
ここは私が片付けよう。

「シャルロッテ様。少々、離れます。ご両親と一緒にいてくださいね」

シャルロッテ様と離れ、路地裏にいるであろうそれと向き合う。
それは奇妙な形をしていた。
ヒト型の人形のように見える陶器のフォルムが、まるで糸に操られるように不自然に動いている。
不思議に思って見ていればーー一気に牙を剥いた。
そこから私は魔術に翻弄され、ズタボロになった。
いくつも人形を壊したけど、うじゃうじゃと無限に湧いてくる。
その時、甲高い悲鳴が聞こえた。
凄く嫌な予感がした。
悲鳴をあげる体に鞭打ち、シャルロッテ様の元へと走る。
ーーご両親が、シャルロッテ様に覆い被さっていた。
背中に裂傷。
もう、助からない。
シャルロッテ様は呆然とご両親を見つめていた。
危ない。襲われている。
私が彼女を守らねば。
人形とシャルロッテ様の間に割り込み、蹴飛ばす。
それは派手な音を立てて転がっていった。

「あ、アンナちゃん……」
「逃げてください。急いで」
「やだよ。アンナちゃんまで、いなくなるなんて。やだ、や」
「駄々捏ねないでください。もう子供じゃないんでしょう?」

いつもは即座に返ってくるはずの否定の言葉が、聞こえてこない。
本当に絶望しているようだった。
そんな彼女の背中を、私は蹴飛ばした。

「っえ」
「動きなさい! いつまでそうしているんですか!」

その時、背中にとんでもない熱が覆い被さった。
きっと焼かれたんだろうなって思う。
朦朧とする意識の中、最後に見たのはシャルロッテ様の泣き顔。
ーーあの世への門出に、せめて笑ってほしいんですけど。
苦情を言いたかったけど、その前に口が動かなかった。
泣かないでくださいよ。あなたに泣き顔は似合わない。
それに、安心してください。
私はあなたの幸せを願い続けます。
この身が朽ち果て、魂だけになろうとも。
あなたの幸せを願います。
きっと幸せになれます。
その幸せの場所に、私はいないけど。
私よりいい人が見つかるはずです。


「シャルロッテ様、さようなら」


声にならない声で、挨拶。
どうかお元気で。
死なないでくださいね。
あ、お菓子の食べすぎは勘弁してください。
美少女が太るところとか見るの、嫌なんで。




X10年 XX日後

「ごめんね、アンナちゃん。お墓参り遅くなっちゃって」

教会の墓地に建てられた、小さな墓。
それはロールの護衛であった、アンナ・リスチーヌの墓であった。
かつてロールを守り、その命を散らしたという。

「アンナさん……シャルロッテを守ってくれてありがとう。これ、お土産だよ」

墓の前に、菓子を置く。
エリクルはアンナに護衛を任せた時を思い出したのか、少し切なげに笑った。

「やっぱり、君に任せてよかった。シャルロッテは、立派に育ったよ。満足だろう?」

くふ、と、自慢するようにエリクルは笑う。
その笑みは爽やかなものであった。

「アンナちゃん……」
「……シャルロッテ。先に行くよ」

何やら察したのか、エリクルがその場を離れる。
ロールは墓の前に座り込むと、ポツポツと話し出した。

「あのね、アンナちゃん。私、あの後奴隷になったの。すごくない? 稀代の神子が奴隷! 笑っちゃうよね。あ、でも、結構キツかったんだよ? 正直絶望してた。でも……それを助けてくれた人がいたんだ。ラティ様っていうんだけどね、綺麗な人なの! それに優しい! 私、ラティ様が大好きになっちゃった。そのラティ様には旦那様がいるんだけど、酷い人でね。世界一の魔術師のくせに、ラティ様を不安にさせてたの。私がラティ様と会ったのは、その旦那様と喧嘩したからだったんだ。……あ、エリクル様に告白したよ。アンナちゃんはわからないかな。ハドルだよ。そしたらさ、これから一緒にいてくれるって。凄く嬉しい。それでね………」

そこで、一区切り。
沈黙がその場を満たし、風がロールの髪をたなびかせる。

「………ううん、それだけ。今日はここで終わりにしよう。また、会いに来るから」

墓の前から立ち上がり、前を向く。
彼女の瞳には涙は浮かんでいなかった。

「またね、アンナちゃん!」

ニコッ! と笑い、ロールは走り去っていく。
誰もいなくなった墓に、一人の少女がふらりと現れた。
そして、先程エリクルとロールが添えた菓子を手に取ったかと思うと。

「………あまっ」

それを齧り、おもむろに。
独り言のように、感想を言ってみせた。

「私の好みぐらい把握しといてくださいよ。いつまでも適当なんですから」

まあでも、元気な顔見せてくれたらそれでいいですよ。
自分がいなくなって、どうなるかと心配したけれど。
もうそんな心配は必要ないようだった。

「もうこれも終わりかなぁ」

カリ、と。
音を立てて、ペンを止める。
一冊の本には、彼女の短い人生が綴られていた。

「死者の記録くらい、神様が管理してくれたらいいのに。現世の旅行なんて、悲しくなるよ」

それから、何ヶ月かして。
彼女の墓前には、ペルマナントの花が備えられることになる。


X10年 XX日


備考 アンナ・リスチーヌ

死者の日記もどき。
あなたの人生に、どうか幸あらんことを。






お付き合いいただき、ありがとうございました!
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