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ロールside

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「あの……ラティ様。さっき、あんなこと言って、ごめんなさい」

全てが終わった、その後。
私がそう言えば、ラティ様は優しく笑ってくれた。

「いいんですよ。気にしないでください。寧ろ、私の意見を押し付けたようなものです」
「そっ……なんこと、あるわけないじゃないですか」

冷静になったからでこそ、わかる。
あそこで王を手にかけていたら、もう私は戻ってこれなかったんだろう。
女神と同じ体をもつ私は、力に酔いしれて、何度も手を汚すことになっていたかもしれない。

「止めてくれてありがとうございます。確かにロマド王は憎いです。でも、殺さなかったことは間違いじゃありません」
「ロール。あなた、記憶が」
「はい。戻りました」

私の言葉に、「そう」とだけ返すラティ様。
こういう察しの良さが今は心地良い。

「エリクル様がきっと、待ってますよ」

背中を押された。
私を見て、頑張って、と言わんばかりに笑うラティ様。
それに笑い返して、エリクルを探すことにした。

◆ ◆ ◆

「シャルロッテ!」
「レオン兄ィ」

私を見て、慌てたようにレオン兄ィが声をかけてきた。
立ち止まれば、かなりのスピードでこちらに突っ込んでくる。

「あー、えーと、その」
「?」
「大丈夫か?」

レオン兄ィは私の心配をしてくれているらしい。
この人、ガラは悪いがいい人だよね。

「ピンピンしてるよ。大丈夫」
「そ、そぉか」
「それに記憶戻ったし」
「ほんとか!?」

肩を掴まれる勢いでレオン兄ィは私に叫ぶ。
本当だから、落ち着いてほしい。

「マオ様、やっぱり最悪だった」
「だろぉ!? 性格ゴミのクズ!」
「おい」

おっと。
後ろからマオ様が仏頂面でやってくる。
私とレオン兄ィは反射的にピシリと固まった。

「なに人の悪口で盛り上がってる」
「悪口じゃないです。事実です」
「おぅよ」
「……」

ゴン、と、頑丈な私にとっては大して痛くもない拳骨が下された。
しかしレオン兄ィには相当効いたらしく、地面に蹲っていた。

「こんなところで足踏みするな。さっさと行ってこい」
「……マオ様、変わりましたね」
「キショい。早くしろ」

やっぱり、レオン兄ィとマオ様はそっくりだよ。
そんなこと言ったら怒られるから、言わないけど。

◆ ◆ ◆

「ここにいたんだ」
「ロールちゃん」

エリクルは、ひっそりと隠れるように王宮の庭に立っていた。
探し回る羽目になったのだから、もう少しわかりやすいところにいてほしいものだ。

「じゃーん。見てよ、ここ」
「?」
「アストロの庭園ってめっちゃ綺麗だよね。でもさ、ここはやっぱり趣味悪いよ」

ほら、と、摘み取った花を楽しげに見せてくるエリクル様。
その花は荘厳の赤で、趣味の悪いといったのは理解できなかった。

「どういうこと?」
「赤ってさ、勇者の色とか言われてんの。ここは情熱の国だからさ、赤が似合うんだって」

「バカみたい」と肩を揺らして笑うエリクルに、私も鼻を鳴らした。

「随分とぶ厚い皮を被ってたものね」
「やだなぁ。優しくなったって言ってよ」
「気味悪いのよ。ていうか、私やレオン兄ィ、マオ様の口が悪いの……ほぼエリクルのせいでしょ」
「あはは」
「笑って誤魔化すな」

忘れたとは言わせない。
この男の闇の深さは格別だった。
正直ラティ様に近づけさせたくないくらい。

「そんな僕が好きなんて、ロールちゃん変わってるよね」
「………」
「否定しないんだ」
「乙女の純情を弄ぶの、ほんと良くない」

その通りだ。
私は一度記憶を失っても、またエリクルに恋をした。
きっと何回だって、恋をするんだろう。

「これからどうする? 僕は君を、どう扱えばいい?」
「どういうこと」
「シャルロッテとしてか。ロールとしてか。どっちがいいか、選んでよ」

提示された2択。
迷うことなく、1つを掴んだ。

「シャルロッテに決まってるでしょ」
「へぇ、意外」
「決めたの、色々。神子としての私は死ぬことにした」
「ん? つまり?」
「死んだことにして、アストロのどこかにひっそりと生きていく」
「正気かい? 君、かなり贅沢してきたのに」
「奴隷時代ナメんな」

あの名前をつけるなら暗黒の時代とか呼べそうな記憶は、まあいい経験になった。
……嘘。よくない。
二度とやりたくない。

「これからの私は、ラティ様に貰った『ロール』を名乗って生きていく。それは変わらない。でも、あなただけは、私がシャルロッテであることを忘れないで」
「それは、両親に貰った名前だから?」
「そう」

今はいない、私の両親。
かけがえのない人から貰った唯一無二の贈り物。
それを、エリクルだけには覚えておいてほしい。

「私、本当はラティ様について行って、旅をするつもりだった。世界に飛び出すつもりだったの」
「いい夢だ」
「……でも、女神の魂がなきゃ、アストロを離れられない。離れたら死ぬから」

奴隷として逆らえなかったのも、今思えば女神の魂から離され、気力を削がれていたからに違いない。
隣国のロマドにいる時すらも力が湧いてくる。
私と女神は他人であることには変わりないが、切っても切れない存在なんだろう。

「だから、まあ、アストロにいる」
「……ならさ。旅行しようよ」

エリクルは私に、変わらない笑顔で飄々と口を開く。

「見せたいもの、何でも見せてあげる。僕は風のエキスパートだからね!」
「……風魔の扱いも一流?」
「その通り!」
「そ。……わかった。で、あなたは私のこと結局どう思ってるの」

それがまあ、今一番知りたいことだ。
「う~ん」と唸ると、エリクルは、

「家族みたいなもの」

とほざいた。

「つまり?」
「恋愛感情はないかなぁ」

私の失恋というわけである。
わかったいたが相当心にくる。

「うん。だからさ、シャルロッテ。君が僕を惚れさせてよ。惚れるまで……いや、死ぬまで君と共にいるからさ」
「え?」
「運命共同体ってやつ」

僕と一緒に生きてくれるよね。
当たり前のように言ってくる男に、思わず気が抜けてしまった。

「……うん、まあ」
「よろしく、シャルロッテ」

握手を求められた。
その手を握り、の目を見る。

「よろしくお願いします、エリクル様」

今日、神子としての『シャルロッテ』は死んだ。
私はこれから、ただのロールとして生きていく。
握り返した手は、何やら緊張で汗ばんでいた。
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