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ロールside

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世界に祝福されるって、こんな感じなのかな。

漠然と思ったのは、幼い頃だった。
自分で言うものなんだけど、私は世界に愛されている。
獣人としての誉れである身体能力は突出していて、野を駆け回ることができた。
神子の能力が判明してから父様と母様と一緒に王宮に連れて行かれた。
父様と母様は、私のご機嫌取り要因として、期待されていただけだけどね。
アストロは世界に嫌悪される女神を祀っている珍しい国。
そのアストロで偶然女神と同じ体質を持って生まれてきた私は、それはまあちやほやされて育った。
はっきり言ってしまえば、ものの見事に捻くれ娘が完成した。
毎日媚びてくる女神教はうざったらしいし、なぜか王族と同等の教育を施されるし。
そんな私が4歳の時、エリクルという護衛がついた。
4歳までは熊の獣人の、アストロ一の騎士が護衛だったけど、急遽変更になった。
命を狙われる私のことを守ってくれるという。
正直言って邪魔だった。
護衛なんて面倒だし、付き纏ってくるし。
でもエリクルは私の意地をあっさり崩してみせた。

「僕、君にあんまり興味ないから安心してよ。それに一応勇者の末裔だからね?」

サラリと息を吐くようにそう言われて、実際に護衛以上の感情を持っていないのだとわかれば、懐くのは時間の問題だった。
私がエリクルにべったりになる頃には、仲が良かったレオン兄ィは私を取られたとエリクルを目の敵にしていた。
マオ様との関係は最悪そのもの。
私がいるからよけいだろう。
私は父と母、そしてエリクルに育てられ、愛情いっぱいの指導を受け、順調に成長した。
ところが。
7歳になる頃に、エリクルが私に、相変わらずの軽薄さで告げた。

「僕、ロマド帰るから。じゃっ」
「え?」

この頃の私はエリクルに恋愛感情を抱いていた。
幼いながらの初恋だった。
なのにその初恋の相手は、気がつけば自国へ帰ってしまった。

「嘘でしょ」

そして、新しくやってきた護衛ーーというか、世話役がアンナちゃんだった。
まあ最初は拗ねまくった。
エリクルといれば幸せだったのに、その幸せを壊されたんだから。
アンナちゃんと仲良くする気も毛頭なかった。
だけどアンナちゃんは根気強かった。
私の身の回りの世話をし、守ってくれた。
言ってしまえば、私は案外チョロいのかもしれない。
こうして世話を焼かれれば、こうして気を許してしまうのだから。
……まあでも、多少は見極めていた。
確かにチョロいのかもしれないが、仲良くなる段階になるまで私についてこられる人はほとんどいない。
暴れ回るし、まともに話を聞かない。
仲良くなるには一緒にご飯を食べるのが一番だと言うが、そもそも私は誰かとご飯を共にすることはない。
エリクルだけは例外だったが、常にそばには毒見役が付き従い、冷めたものを食べさせられた。
一度毒入りのものを食べて、胃の中身全部ひっくり返るくらい吐いたのはトラウマだ。
すさんでいた私を、それでもいいと受け入れたのがエリクルだったとすれば、その心を溶かそうと必死になったのがアンナちゃんだった。
私達は主従という関係を越えた、友達だった。
家族という枠組みに入るくらい、大切な人だったのだ。
私の記憶喪失の原因は、私自身が記憶を封じ込めたんだと思う。
受け入れるだけの度胸がなかった。
エリクルがいなくなって、頼れる人が少なかった私には、3人の損失は本当に大きかったのだ。
だから封じ込んだ。
何もかも。愛おしいことも、忌まわしいことも、全部。
思い出さず、揺蕩っていたかった。
今の私は、シャルロッテとロールという人格が混ざったような、変なものだ。
シャルロッテとしての捻くれも、ロールとしての素直さも持っている。
……王への憎しみは、もちろんある。
だけどラティ様が私を止めた。
私に人殺しになってほしくないと。
ラティ様。私はもう、綺麗なものではありません。
こんなぐちゃぐちゃな感情を持っています。
殺しだってやれます。
……言えるわけなかった。
ラティ様に嫌われたくなかった。
でも、王は殺すつもりだった。
体が言うことをきかない。

何で、何で、何で
仇は目の前
何で

力が入らなくて、涙が出た。
地面を殴れば、手に血が滲むほどの威力が出るというのに。
足に力が入らない。
縫い付けられているみたいだ。

「殺さないでください。お願いです。あなたの手を、汚さないで」

やめてください。
私に触れれば、あなたこそ汚れる。
ラティ様が思うほど、私は純粋じゃないんです。
お願いです。
私を解放して。
ただの畜生に落ちて、地獄行きになっても構わない。
行かせて!!

「ロール」

私を、呼ぶ声。
もうダメだなって思って、力を抜いた。
叶わない。敵わない。
人を殺してどうなるかなんて、私もわかっている。
いいことなんてない。
たとえ犯罪者になってもいいと思っていたのに。
ダメなんじゃないかな、という一片の迷いが生まれてしまえば終わりだった。
私はどうしても、できなかった。
いくじなしだ。憎いって、嘘吐きだ。
父様と母様、アンナちゃんは、もういないというのに。
私はその仇を討つことができない。
どうしたらいいのかわからなくて、頭がぐるぐると回った。
ラティ様に泣いて縋り付いて、今はもう何も考えたくなかった。

「うわぁあああん……」

自分の泣き声が酷く耳障りで、私はぐっと歯を食いしばってやり過ごすことに決めた。
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