上 下
66 / 99

知らねぇよ。

しおりを挟む
「………はぁ?」

開幕の一言。
それだけでもう火花が散りそうな展開です。
後日、マオ様がレオン様とロールに会い、「来い」と言ったのがきっかけでした。

「マオ様。そんなのでは伝わりません。誠心誠意、ごめんなさいと」
「私は別に謝りたいとは」
「ごめんなさいと」
「……悪かった」

被せるように、圧をかけるように私が言うと、渋々ながらマオ様は頭を下げました。
それを見たロールは目を白黒させ、マオ様と私のことを交互に見ています。

「ら、ら、ラティ様? え? これ、え?」
「今更なんだと思ったら……テメー、何があった」

ガンを飛ばさないでほしいのですが。
ひとまわり大きい体躯の兄に喧嘩を売りに行くレオン様の度胸は大したものですが、この場合状況は悪くなるばかりです。

「お前らは、自分が特別だと思うか」
「意味わかんねーし急だし。キメェ」
「ちょっ、レオン兄ィ……」
「まあ、その辺はご愛嬌ということで」
「つーかお前だよお前。どういうことか説明しろよ、ラティアンカ」

名指しでのご指名ですか。
それにはロールも同意らしく、戸惑いを含んだ瞳でこちらを見ました。

「昨日、マオ様とお話しさせていただきまして。色々聞きました」
「ケッ。絆されてやんの」
「レオン兄ィ、ガラ悪いよ……」
「まさかお前がこんなにチョロいとは思ってなかったぜ」

マオ様のことを睨みつけるレオン様からは、敵意が滲み出ています。
このままうまくいけば苦労はしなかったでしょうが、致し方ありません。

「できれば和解してほしかったんですけど、しょうがないですね。質問にだけ答えてあげてください」
「あ?」
「答えれば、マオ様は今後一切あなた達の害になることはしません」
「!?」

聞いてないぞ、とばかりにぐりんとこちらに振り向くマオ様。
言ってませんから、知りませんよね。
笑顔を返すと、マオ様は重々しくため息を吐きました。

「………約束する」
「はあっ!? ま、まさかここまでとはな……」
「ラティ様、マオ様と何をなさったんですか……」
「強いて言うなら、傷の舐め合いですね」
「おい」
「口が滑りました」
「わざとだろう」
「いいえ」

掛け合いに警戒心が緩んだのか、先に話してくれたのはロールでした。

「私は……正直に言えば、他の人とは違うと思います。神子というのはわかりませんけど、ウサギの獣人にしては怪力すぎますから」

それに続く形で、レオン様も口を開きます。

「まあ特別だって思ってるよ。魔術使えるし。珍獣として見られるんだぞ? サイアク。俺、王になんてなりたくねーのに」
「なりたくない……のか?」

驚くマオ様に、本当にこの人達はコミュニケーションが取れていなかったことを実感します。

「あーそうだよ。ウゼーし。俺、もうちょっとしたら王宮出て旅人になるんだよ」
「そ、そんなことできるわけないだろう」
「だからこっそり抜け出すんだよ。ババァも許してくれたし」
「ババァ?」
「女王様のことです」

信じられないものを見るように、マオ様の目が大きく開かれました。

「は、母上のことをっ、ババァだと!?」
「はいはいはいはい。そういうのいいから。オメー、真面目すぎんだよ。臣下がとやかく言うから俺は黙って出てくの」
「バカかお前……そんな大声でっ、もし聞かれたら」
「いーんだよ。そうなったら魔術で氷漬けにしてやらぁ。それよかなに? 心配してくれてんのー?」
「するわけないだろう」
「だよな。してたら温度差で死んでた」

言いたいことを言えて満足したのか、レオン様が背を向けて去っていこうとします。

「おい」
「んだよ。まだ何かあんのか」
「……悪かった」

重ねるように再度そう言うマオ様に、レオン様はハッと鼻で笑いました。

「デレはお前に似合わねーし。キショいわ」

言動の割に、声音は弾んでいました。
とりあえず今までのような、会って即喧嘩という状況にはならなそうです。

「あ、あの。マオ様」
「何だ」
「ええと、その。私も、ここ、でていきます」
「え?」

ロール、アストロを出るつもりだったんですか。
ロールは私に駆け寄ると、私の手をギュッと握りました。

「私は、ラティ様についていきます。ラティ様に、ついていきたいんです」
「……いいの?」
「ラティ様の離れるなんて、イヤです。神子になるのもイヤです」

私の手を、痛くないよう力を込めすぎないように掴んでいるのが伝わります。
ロールにアストロの地はあわなかったみたいですね。

「ロール。記憶が戻ったら、出ていきましょうか」
「はい。エリクル様を、探します」
「協力しますよ」

しばらく私達のやりとりを呆然と見ていたマオ様でしたが、我に返ったようでロールを凝視しました。

「出ていくのか」
「はい」
「………そう、か」

マオ様とロールの会話は、これで終了しました。
多少なりとも関係はよくなった気がしますが、大丈夫でしょうか。
それと旦那様……早く会いたいので、帰ってきてほしいです。
不安を誤魔化すように、貰った指輪をそっと撫でました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。 運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。 殿下、婚約破棄致しましょう。 第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。 応援して下さった皆様ありがとうございます。 リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

処理中です...