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あるはずのない。

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「買えてよかったですね~」

旦那様へのお返しを見繕った後、自然と頬が緩むのをそのままに風魔の整備場へ向かいました。
そこが集合場所ですし、きっと旦那様とエリクル様も待っているはずです。
二人で歩いていた、その時でした。

「ちょっと姉ちゃん達。可愛いね」
「……? どちら様ですか?」

四人組の男の人が、私達に声をかけてきました。
大柄な人達ですね。
見上げる首が痛いくらいです。

「ラティ様、お下がりください」
「なに、警戒しなくたっていいんだよ?」

ロールが私を後ろへ押しやった瞬間、男性がニヤリと笑って体をずらしました。

ヒュッ、パン!!

「ーーー」

一瞬、何が起きたのか理解できませんでした。
聞こえてきたのは風を切る音と、何かがぶつかる音。
前を見れば、男性の拳をロールが受け止めていました。

「乱暴はよくないですよ」
「こ、こいつっ」

男性達が更に襲いかかるも、ロールは軽い身のこなしで全ていなしていきます。
そして、最後の男性の腹に拳を叩き込んだことにより、私達を襲撃してきた人達は全員地に倒れ伏しました。

「ふぅ」

一息ついて汗を拭うロールに、声をかけようとしました。
ふと、顔を上げたらーーロールに、火球が迫っているのが見えました。

「危ない!」
「えっ」

自分が巻き添えをくらうことなど考えもせずに、ロールに向かって飛びつきました。
ギュッと目をつぶって衝撃に備えたのに、火球らしきものは一切飛んできません。

「あれ?」
「ら、ラティ様?」

ズドン、と。
時間差で私達の真横に爆発音が響きました。
恐る恐る二人で横を向けば、地面の焼け焦げた跡が目に入ります。

「魔術!? ラティ様、ありがとうございます! 気づきませんでした」
「え、ええ。ロールが無事でよかったです」

今のは、何だったのでしょう。
目の錯覚でしょうか。
ロールの上から起き上がると、ポン、と後ろから誰かに肩を叩かれました。

「キャッ」
「!」

驚きのあまり声をあげれば、その手の持ち主は私の肩から手を離しました。

「す、すまない」
「旦那様?」

正体が旦那様だったことに気づいて、私は胸を撫で下ろしました。

「ロールちゃん! ラティアンカ嬢! 無事かい!?」
「エリクル様」

エリクル様が顔を真っ青にして、こちらへ駆けてきました。
倒れ伏した男性達に、ロールや私を見て、エリクル様はどこか安心したように笑いました。

「ああ、よかった。怪我はない?」
「はい。ピンピンしてます」
「私もです」

本当に、心の底から安堵したような微笑み。
そんな彼を疑わねばならないことに、罪悪感が募ります。

「ねえ、起きてよ」

と、ここでエリクル様が倒れている男性の内一人に声をかけました。
「うう」と唸り声を上げ、男性は腫れた顔面でうっすらと目を開けました。

「これ、誰かに指示された?」
「そうだよ……そこの二人の女を襲えって。金をやるからって」
「何だ、案外素直じゃないか」
「俺達だって殺されたかねぇのさ」

掠れた声で言う男性に、私達に向けた笑みとは全く違う方向性で嗤いました。

「で、誰? さっさと吐いてよ」
「し、しらねぇよ! 本当だ、フードを被ってた!」
「何でロールちゃんやラティアンカ嬢を狙う理由があるのさ」
「だから、しらねぇって!」

必死でそう叫ぶ男性でしたが、エリクル様は聞いていないようです。
何だか柔和な彼のイメージが一気に崩れ、凶暴性が出てきた気がします。
それを止めたのはロールでした。

「エリクル様。その辺にしておきましょう」
「ロールちゃん」
「何も知らないのは本当だと思います」

先ほど自分がのした男性達を見下ろし、ロールは呆れの目を向けます。

「お金がないんですか?」
「ああ、ないさ!」
「働けばいいのでは?」
「働くより金が入るんだよ」
「いいですね、自分勝手で。女性は働きたくても男性に役割を取られるというのに」

そう言うロールに、男性達はポカンとしてみせます。

「何でそんな……当たり前のことを言うんだ?」
「………」

ダメですね、これは。
この世界にとって「普通」のことなんです。
その「普通」をいきなり根本から覆すことは不可能でしょう。
それにここロマドは、特に男女差別の酷い国です。
理由は明白。
この国に、かつての童話の中の主人公ーー勇者の末裔がいると言われているからです。
男性至上主義が根付いたこの国で、いくら女性が平等を述べようと白い目で見られるだけですから。

「もう、行ってください。不愉快です」

その一言をきっかけに、男性は残りの三人を叩き起こし、憶測つかぬ足取りで去って行きました。

「ロール」
「? はい」

旦那様がロールの名前を呼びました。
自分から口を開くことがあまりない旦那様には珍しい行動です。
ロールが振り返ると、旦那様は尋ねました。

「お前は、貴族の前でも、テーブルマナーがなっていたそうだな」
「え、はい。なんとなくですけれど」
「それで、城で暮らしていた」
「多分……?」
「世話役がいた」
「アンナちゃんです」
「……お前は白ウサギの獣人。で、幻想の花がある崖まで行ける」
「は、はい」
「お前が誰か、目星がついた」
「ほ、本当ですか!?」

ロールの驚いた声と共に、私も目を見開いてしまいました。
ロールの正体。
それは、やはり王族か貴族なのでしょうか。

「僕とアルは、風魔を預けた後にさっきの国の入り口に戻ったんだよ。獣人の人達がまだ納得してないみたいで、たくさんいたからね。その中の人達に話を聞いたんだ」
「アストロには、行方不明になったとされる、神子がいるらしい」
「み、みこ?」
「……きっと、お前がその神子だ」

ドクン、と心臓が嫌な音を立てた気がしました。
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