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エリクルside

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「少し気になったんだけど、いいかい?」

僕が声をかけたのは、この地に住まうとされている黒龍の神である。
人々に敬われた龍の姿をした神は、それはもう神々しい姿をしていた。
先ほどまで親である白龍に甘えていたが、今は気晴らしなのか、外に出ていた。

「君さ、人をたくさん殺したらしいね」
「………」
「ああいや、責める気はないんだ。ただ、本当かなって気になってさ。とてもそうは思えなくて」
「………」

神は無言のまま、琥珀色の瞳でじっと僕を見上げてみせる。
言葉は通じているんだろう。
だが、僕にはロールちゃんのような、神と話す能力などない。

「本当だ」
「!」

すると、後ろから白龍がやってきた。
アルと契約したという、もう一人の神。
いや、一匹というべきなのか。

「昔は此奴もやんちゃでの。雨を降らせたはいいが、間違って洪水にしたりもした。人間に恨まれれば、拗ねて降らせない時もあった」
「そうですか」

白龍はそれを咎めることはない。
当たり前といえば当たり前だろう。
この神が残酷なのではない。
善悪などはなから存在しない、無邪気な存在なだけ。
別に悪いこととは思っていないけれど。

「お主、変わっとるの」
「僕が?」
「そうだ。普通の人間なら酷い、とかやり過ぎだ、とか、責めるものだろう」
「僕は別にそう思わない」
「冷たい奴だの」
「あなたがそれを言うのか」

人のことを言えないだろう。
白龍を睨んでやれば、「はっ」と白龍は鼻で笑った。

「さすがあのアルジェルドと友人をやれるだけあるの」
「……まぁね」

そこは僕の自慢でもある。
あのアルと唯一無二の親友であり、お互いを高め合う存在である。
何よりアルといれば楽しい。

「いい奴かは知らないけど」
「乙女に一年間も何も言わなかった奴だぞ? なぜあいつはあそこまで口下手なのだ」
「そういう奴だ。僕がフォローしようにも、今回の件は庇いきれない」
「お主ーー乙女のこと、別に好きではないだろう」
「好きだよ?」

間髪入れずに答えれば、白龍は「違う」と否定した。

「親愛は感じるが、アルジェルドのような恋慕は感じぬ。お主、乙女に一度求婚しただろう」

神は何でもお見通しとでも言うのか。
つくづく神は便利で羨ましい。

「あれを求婚と言うのかわからないけどね」
「お主は本気ではなかった。なぜ、そんなような行動をとった?」
「別に」
「友人の尻拭いでもする気だったのか?」
「ラティアンカ嬢が、あのままでは可哀想だと思っただけだ」

嘘などついていない。
ラティアンカ嬢がアルとの関係に疲れていたのは事実だし、何より哀れだと思った。
下手な男に渡すより、もらってしまったほうがいいだろうと。

「お主の軽薄さは気に入らん」
「そりゃどうも」
「アルジェルドを焚き付けたつもりか」
「そんなわけないじゃない」
「……裏の読めん男は嫌われるぞ」
「構わない。今のところ、恋愛感情を持つ人はいないから。それに、僕だって神様はあんまり好きじゃないんだ」

おっといけない。
つい口を滑らせてしまった。
誤魔化すように笑って見せれば、白龍も作った笑顔で笑い返してくる。

「安心せい。私はお主をどうこうする気はない」
「よかったよ。僕なんて、あなたが怒ればすぐ死んじゃうからね」
「自分の命なんてどうでもいいんだろう」
「僕だって命は大事さ」
「薄っぺらい奴」

神がここまで毒を吐くとは、珍しい場面が拝めたのではないだろうか。
何より神は嘘をつかない。
僕のことを、白龍はきっと嫌いなんだろう。

「まあいい。お主に頼みがある」
「僕に?」
「乙女とアルジェルドを、必ずくっつけろ」
「……わかってるよ」

僕がどうこうしなくたって、あの執着は筋金入りだ。
ラティアンカ嬢だって意地を張っているけれど、すぐ仲良くなるだろう。

「アルジェルドだけでは、また妙な方向に転がりかねん。乙女と誤解して引き裂かれれば、両者ともあまり幸せにはなれんだろ。仮にも、命の恩人なのだ」
「クルゥ」

同意するように、黒龍のほうが喉を鳴らした。
わかってる。僕だって、アルとラティアンカ嬢には幸せになってほしい。
もちろん、ロールちゃんにも。

「それと。あまり、自分を偽るなよ」
「……お節介な神様だな」
「世話くらい焼いたっていいだろう」
「はいはい」

自分を偽るな、か。
それはラティアンカ嬢に言うべきじゃないのか?
神の考え事は、いつまで経ってもわからない。

「それじゃ、僕らはこれで失礼させてもらうよ。アストロにいかなきゃだし」
「……ああ」

物言いたげな神を置いて、僕達は旅を再開する。
その視線に、気づかないフリをして。

「準備できたよっ! ほらっ、早く乗っちゃいな!」

そう急かしたのはスズカさんだった。
ロールちゃんはもっと収穫祭を楽しみたかったらしく、残念そうにしている。

「でも、さっきの騒動でいつ誰がやってきてもおかしくない。お偉いさんと面倒なことにならない内に行きな」

咄嗟に黒龍を睨めば、サッと顔を逸らされる。
後ろめたいことをした自覚があるんだろう。
神の加護とは寵愛を示す。
黒龍とやらもラティアンカ嬢を気に入り、印をつけようとしたに違いない。
アルが嫌がるはずだ。

「本当に、ついてくるのですね」
「そうだ」

ラティアンカ嬢とアルが話している。
元々虐げられていたわけでもないので、特にラティアンカ嬢も緊張している様子はない。
でも、ダメだな。
言いたいことだけ全部言って満足したアルが、相槌を打つだけになってる。
あれじゃあ進むものも進まない。

「ええと……」
「………」

ほら、無言になった。
ここは割って入ってやろう。

「お二人さん、何を話しているんだい?」
「エリクル様」
「別に。大したことじゃない」

僕が入ったことによって、アルが不機嫌になったことがわかる。
親友にまで嫉妬するのはやめてほしい。
別に下心はないんだから。
話題を適当に繋げていけば、会話は再開する。
離れる間際に、そっとアルにアドバイスをした。

「ちゃんと話せよ。前から言ってるだろ?」
「………」

ヤツからの返事はなかった。
ラティアンカ嬢といるだけで幸せだと言わんばかりに、頬を緩ませている。

「気持ちが傾くといいんだけどな……」

面倒なゴタゴタで、疲れた気がする。
風魔を浮き上がらせ、ある程度操作をして休もうとすると、ロールちゃんが温かい飲み物を持ってきてくれた。

「これ、どうぞ!」
「ありがとう、ロールちゃん」
「えへへ」

彼女は本当に優しい子だ。
彼女の記憶が戻ればいいと思うのも本心だ。
だけど。

彼女の記憶が戻った時、僕は一体どうすればいいのかはわからない。

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