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アルジェルドside

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幼い頃の俺は、そうとう捻くれた子供だった。
容姿と魔術を目当てに媚びを売ってくる人間ばかりで、俺は人間不信へとなっていた。
そんな時、親に連れられて十歳の彼女と出会った。

「あなたの目、とっても綺麗ね」
「……目的はなんだ。魔術か? それとも、俺の嫁になりたいのか?」

単純に、純粋に褒めてくれた彼女に、俺はそんなことを言った。
彼女はキョトンとすると、俺に疑問を投げかける。

「どうして? どうしてあなたの魔術なんて欲しいと思うの?」
「はっ?」
「あなたの魔術なんていらないわ。何であなたの嫁にならなくちゃならないかもわからない」
「な……」
「それに私、あなたに頼らなくっても生きてけるのよ。私、お姉ちゃんだし」

あなたなんていらない。
そう言われたのが、なぜか酷くショックだった。
彼女は自分の足で立てることを、誇りに思って笑っていた。
愕然とする俺に、「でも」と彼女は続ける。

「あなたが私を頼りたいなら、頼ればいいわ。私だって、できることはあるもの」
「お前が?」
「あなた、お洗濯の仕方はわかるの?」
「………女の仕事だろ」
「バカね。女の子に嫌われるわよ」
「お前もか?」
「そうね。そんなこと言う人大っ嫌いだわ。お洗濯できて損することはないのに、男の人は覚えようとしないのね」

思えば、この世界は男女差別が激しかった。
そんな考えに影響されていたとは言え、いくらなんでもこの発言は笑えてしまう。
彼女に愛想を尽かされて当然だろう。
俺はなぜか彼女に気に入られたいと必死になっていた。

「俺は……なんでもできるようになる。それで、それで」
「うん。かっこいい男の子になるといいわ。あなた見た目はいいんだから、きっとモテるわよ」
「あ、えっと、だから」

俺とけっこんして。
そう言う前に、彼女の父親が彼女を呼びにきた。
彼女は「またね」と言うと、走っていってしまった。

「どうだった? 可愛い子だっただろ」
「……父さん」
「ん?」

俺は父さんに振り返る。
これほど自分が魔術の名門一家に生まれたことに感謝したことはない。

「俺は、立派な魔術師になります。どんなことでも、やってのける、立派な魔術師に」
「……おい、どうした? 急に。何を言い出すかと思えば」
「それで、彼女をお嫁さんにします」
「………」

父さんはしばらく沈黙した後、腹を抱えて大爆笑する。

「ははっ、アルが色気付いたか。いやー、早いのなんの」
「父さん!!」
「……本気か?」
「うん。彼女の名前を、教えてください。きっと迎えに行くから」

父さんは嬉しそうに頷き、彼女の名前を教えてくれた。

「彼女はラティアンカ。彼女を幸せにできるよう、まずは最強になってみせろ」
「うん……!」

それから、必死で猛特訓して、彼女に気に入られようと躍起になっていった。
ラティアンカ。待ってて。
俺が必ず、必ず迎えに行くから。
そうして結婚したのは、俺が十九になって世界で一番の魔術師と認められた時だった。
代々続く名門一家の跡取りは弟に譲り、周囲の反対を押し切って俺はラティアンカを迎えた。
平民の彼女を娶るには、高い地位は寧ろ邪魔となる。
家を建て、ラティアンカを迎えたものの、俺は緊張のあまり一切彼女に触れることができない。
おまけに昔から女性と会話するのを意図的に避けてきたせいで、何を話せばいいのかまったくわからない。
ラティアンカは俺に気を遣ってか、無理に愛してくれとも言わなかった。
思えば、それに甘えていた。
ラティアンカがいるだけで俺は心地よくて、何もすることがなかったのだ。
ある日国王に頼まれ、国境付近でこの国の結界を張り直す仕事を行っていた。
この仕事を俺が放棄すれば、たちまちこの国は滅ぶだろう。
仕方ないといえど、ラティアンカを長い間置いてけぼりにしてしまうことは苦渋の決断だった。

「今度こそ……今度こそ、伝えるんだ」

結婚記念日が迫ってきている。
その日に向けて、幼なじみの花屋であるペティアに、花の調整を頼んでいた。
断崖絶壁に咲くという幻想の花、ビアンカ。
幻想の花というだけあって、とても美しい花だ。
ペティアは俺の摘んできたビアンカ受け取ると、まるで自分のことのように優しく笑った。

「あなたが幸せそうで、私とっても嬉しい! ラティアンカちゃんのこと、大事にしなさいよ!」
「ああ」
「……いい加減、口下手なのは勘弁してちょうだいね。ラティアンカちゃんもあんたに呆れてるんじゃない?」
「……そうかも」
「自信なさげね。世界一のあんたに相応しい世界一の花束作ったげるから、期待して待ってなさい」

そんなやりとりをした二週間前。
花が完成するのはあと一日後だったはず。
幻想の花だけあって、扱いが難しいとか。
ラティアンカ。
これで君に、愛を伝えられるだろうか。
結界を張り終え、俺は愛する人の待つ家に戻った。
そこにはいつも通り、ラティアンカがいる。
ーーはずだった。

『探さないでください。
私のことはどうか忘れて、ペティア様とお幸せに』

「ーーーは?」

自分が出したとは思えないほど、ドスの効いた声が漏れた。
その横には、ペティアが送ったであろう手紙が置いてある。
内容を読み、俺は机を思い切り叩いた。

「ふざけるな……」

何が愛するペティアだ。
何よりお前、男だろ。
そう、幼なじみの花屋のペティアは男だ。
女口調は昔からで、その上書いた手紙の内容は誤解されてもしかたない。
ペティアはパートナーをとっくに見つけているというのに。
この手紙のせいで、ラティアンカは出ていったのか。

「………いや……」

俺のせいだ。
俺が愛を伝えず、ラティアンカに触れずにいたから。
大事にしようと思うがあまり、俺は彼女に触れてこなかった。
恥ずかしがって何で愛してる一つ言わなかったんだ。
乙女か俺は。

「ラティアンカ、ラティアンカ……」

バカな俺でごめん。
だけど、本当に申し訳ないけど。
……お前を逃してやれそうにないんだ。
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