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26. 卒業パーティー②

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「それからもう一つ。実は先日由々しき事態が発生してね。学園の管理者である僕と、元生徒会長であるマルグリットでこの場を借りて、それを皆にも報告したいんだ」

フェリクス様の発したその言葉に「なんだ、なんだ」と辺りはザワザワし始める。

名前を挙げられたマルグリット様は、悠然とした様子でフェリクス様と私のいる場所まで歩み寄ってきて、私たちの横に並び立った。

その際、マルグリット様と目が合い、「任せておいて」と言わんばかりのウインクを送られた。

 ……一体何が始まるのかしら。由々しき事態って……?

「ではわたくしから説明しますわね。先日、こちらにいるアイゼヘルム子爵令嬢は、この学園のある生徒によって酷い怪我をさせられそうになったんですの。殿下が気づいて救出されたので、大きな怪我がなかったことが本当に幸いでしたわ。そしてこの事案の最も見過ごせない点は、その生徒が裏社会の者を金で雇い、けしかけたことなのですわ」

「マルグリットの言う通り。学園の生徒が裏社会の者と繋がりを持つ、これは重大な校則違反であると同時に貴族として恥ずべき行為だ。貴族は民の上に立ち導く立場なのだから人の模範となるべきなのは常識だからね」

「ええ、本当に愚かな行いですわ」

息の合った掛け合いを見せる二人が事案の詳細を貴族達に向かって説明していく。

この前私の身に起こったことを、“怪我”をさせられそうになったとしているようだ。

説明に聞き入る貴族達は、次第に「誰のことだ?」と犯人探しをするようにお互いを探るような目つきになった。

「こんな校則違反を認めてしまえば、学園の風紀の乱れに繋がるから、学園の管理者としては到底見過ごすことはできなくてね。その者がまだ学生の身分である本日、この場で処罰を言い渡したい」

「な、なんと……!」
「懸命なご判断かと!」
「同じ貴族として恥ずかしいですもの!」
「して、それは誰なのです……!?」

飛び交う声にフェリクス様は一度口をつぐんだ。

そして周囲の声が収まると、その人物に鋭い眼差しを向けて告げる。

「その者とは……ストラーテン侯爵令嬢のカトリーヌ嬢だ!」

静まったダンスホールにフェリクス様のよく通る声が響き渡る。

息を呑んだ皆の視線がパッと一気にカトリーヌ様へと集中した。

カトリーヌ様の近くにいた人達は巻き込まれるのを厭うように距離を取り出し、その場にはカトリーヌ様だけがポツリと取り残される。

「なっ……。ご、誤解ですわ、フェリクス様! わたくしは何も知りません。きっとそこの女が嘘を吐いているに決まっていますわ!」

いきなり名指しされて疑いの目を向けられたカトリーヌ様は、一瞬だけ怯みながらも、負けじと強気で私を睨み付けてくる。

「この期に及んで見苦しいね。それに僕はカトリーヌ嬢に一度も名前で呼ぶ許可を出した覚えはないのだけど? 馴れ馴れしく呼ぶのはやめてくれるかな」

「そ、そんな……! フェリクス様はその女に騙されているのですわ! 王太子殿下ともあろうお方がちょっと顔が良いだけの中身の空っぽな子爵令嬢ごときに惑わされてはなりませんわ!」

「……聞くに耐えないな。それ以上シェイラを貶める発言は僕が許さないよ」

その瞬間、フェリクス様から凍りつくような殺気が放たれて、辺りが恐怖に震える。

冷え切ったコバルトブルーの瞳を向けられたカトリーヌ様も目を見開いてゴクリと唾を呑み込んだ。

「それにカトリーヌ嬢がどう喚こうが証拠は揃ってる。ほらね?」

フェリクス様が提示したのは、捕まえた裏社会の者達やカトリーヌ様の代理人だったメイドの証言、依頼の指示書、そしてカトリーヌ様のサイン入りの小切手だった。

完璧とも言える証拠の数々にもはや誰の目にもカトリーヌ様の関与は明らかだ。

「では、ストラーテン侯爵令嬢・カトリーヌに処罰を言い渡す。以後シェイラとの接触を禁じるため王都から追放、そして貴族としての矜持を取り戻すことを願い辺境地の修道院での奉仕活動を命ずる」

「そんな……うそでしょう……」

これだけの証拠が揃えば言い逃れはもはや不可能だと悟ったのかカトリーヌ様は顔面蒼白になり崩れ落ちる。

ヘタリと座り込んだまま自身の身体を抱きしめるような体勢になり、カタカタと震え出した。

ほどなくして衛兵がその場に現れ、そんなカトリーヌ様の身柄を確保する。

そのまま会場から連れ出すようだ。

魂が抜けたような表情で「うそでしょう……?」とうわ言のように呟いている姿が、私の見たカトリーヌ様の最後となった。


目の前で繰り広げられた一連の断罪に、会場内の騒めきは今や最高潮に達している。

王太子殿下の結婚宣言から始まり、その殿下が愛する人と述べる子爵令嬢の登場、婚約者筆頭だった公爵令嬢の応援宣言、そして極め付けは侯爵令嬢が犯した悪事の暴露と処罰だ。

ダンスどころではなく、皆が皆近くの者と顔を見合わせ、口々にひそひそと話し出し、その場は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

漏れ聞こえてくる中で最も顕著だったのが、今後の身の振り方について思い悩む声だ。

これまでフェリクス様とマルグリット様が結婚するものと想定して二人に近しい者に取り行ってきた者は予定の狂いに嘆き、カトリーヌ嬢のことで落ち目確実のストラーテン侯爵家と所縁の深い者は自身への影響に戦々恐々としていた。

そしてそんな皆が共通して抱いていた想い、それは王太子殿下であるフェリクス様への畏怖の念だった。

いつも感じの良い優しげな笑顔を浮かべる温和な王太子殿下が、隠しきれない殺気を漂わせ、侯爵令嬢をバッサリ切り捨てる姿に慄いていたのだ。

 ……皆の気持ちが分かるわ。普段にこやかな人ほど怒らせると怖いわよね。

当事者の一人である私もこの展開には驚きを隠せない。

フェリクス様は「あとは任せておいて」と言っていたが、まさかこのような結末を迎えるとは。

でも私は決してそれを否定するつもりはないし、ましてやカトリーヌ様に同情もしない。

カトリーヌ様はそれだけのことをしでかしたのだから。

気に食わない相手である私と直接対話で決着を付けることも可能だったかもしれないのに、彼女は一線を超えたのだ。


「さて、騒がしくして悪いんだけど、実はもう一つだけ皆に報告しておきたいことがあるんだ」

騒めきが収まらない中、またしてもフェリクス様が口を開く。

今度は何だと皆が一斉にフェリクス様に注目し、迫り来る衝撃発言に耐える姿勢をとった。

そんな貴族達の様子にフェリクス様は可笑しそうに薄く笑う。

「ふふ、そんなに身構える話ではないよ。実は、生徒からの要望を受けて来期から王立学園でセイゲル語の授業を開講することになったんだ」

「確かに最近は彼の国との外交の重要性は増していますからな」
「今後を見据えた素晴らしいご判断かと」
「優秀な人材の輩出は国のためになりますからね」

どんな爆弾が落ちてくるのかと身を強張らせていた貴族達は、至って真っ当な内容にホッと胸を撫で下ろしたようだ。

そして次々に賛同を示す言葉が挙がり始めた。

「皆に喜んでもらえて良かったよ。授業の開講に向けては夏前頃から準備を進めていたんだけど、それに多大なる協力をしてくれたのが他ならぬシェイラなんだ」

そう言ってフェリクス様は愛しそうに目を細めて隣に佇む私へ視線を向ける。

一聴衆の気分で話に耳を傾けていた私は、突然名前を出されて皆の注目を浴びビクリとした。

だけどフェリクス様は私に話を振るつもりはなかったようで、再び貴族達の方へ顔を向けると、王族らしい威厳で告げる。

「皆も知っての通り、セイゲル共和国は今非常に勢いのある国であり、その経済力や成長力は決して無視できない。僕自身が彼の国に留学した経験があり、人脈もあることから、今後セイゲル共和国との外交には力を入れていく考えだ」

この一言で今日何度目かの騒めきが会場を駆け抜けた。

王城でも大臣職に就いている者にしか話されることはないであろう外交方針を王太子殿下の口から直接教えられ、人々の顔には興奮と戸惑いが浮かんでいる。

中には野心的な目をして「どう関わってやろうか」とすでに思案を始めている者までいるようだ。

「そのため、来期から開講するセイゲル語の授業は在学生のみならず、特別に卒業生にも聴講を許可することにした。ぜひ我が国を支える皆には励んで欲しいと思っている」

にこやかに笑いながらセイゲル語の習得を推奨するフェリクス様の言葉を受け皆が理解した。

今後はセイゲル語を使える人材が重宝され、出世への近道なのだと。

「ああ、せっかくだからこの機会にお手本を見せてあげるよ。しっかり授業で学べばこんな感じになれるからね?」

ふっと放っていた威厳を緩めて、親しげな口調で皆に話しかけたフェリクス様の瞳にはどこか楽しげな光が宿っている。

それを目にしてなんだか嫌な予感がしたのはきっと私だけだっただろう。

 ……こういう目をしたフェリクス様って、私を驚かす行動に出ることが多いのよね……。

今までの経験から何かが降りかかって来そうだとつい警戒してしまう私だったが、その予感は正しかった。

『シェイラ、見本にセイゲル語で僕と会話してくれる?』

『会話って……こんな人前で何を話すのですか?』

『僕たちの今後について。この前は慌ただしく王城に戻ってしまったからね。皆の前で宣言した通り、僕はシェイラとしか結婚は考えられない。先に宣言して逃げ場を無くした上で告げるのはズルイ行為だとは分かっているけど、それくらいシェイラを逃したくないんだ。……シェイラ、僕と結婚してくれる?」

セイゲル語の見本を振られることまでは予想の範疇だったが、なんとフェリクス様はそれだけに留まらず、私へ求婚の言葉を告げてきたのだ。

こんなにも大勢の人の前で。

 ……嘘でしょう……!? でもフェリクス様らしいというかなんというか。

いつも軽々と私の想像の上をいき、鮮やかに私を翻弄するフェリクス様に、思わず笑み崩れてしまう。

『はい。喜んで……!』

『シェイラ……! あーー可愛い。どうしよう、今すぐ王城に連れて帰りたい!』

私は口元を綻ばせながら、フェリクス様にセイゲル語で返事を返す。

破顔したフェリクス様はぐっと私の腰に添える腕に力を入れ、たぶん抱きしめようとしたようだったが、さすがに人前では自重したらしい。

ちょっとだけそれを残念に思う私はいつの間にかフェリクス様に相当染められているのではないだろうか。

私たちは抱きしめ合う代わりに見つめ合い、瞳と瞳で溢れ出す気持ちを伝え合ったのだった。

◇◇◇

セイゲル語の見本会話を聞かせられていた貴族達は二人が何を話しているのかは理解できないながらも、その甘い雰囲気だけはしっかり肌で感じ取っていた。

王太子殿下と子爵令嬢が真実愛し合っているのは誰の目にも明らかだった。

そしてこの場にいる者は知った。

類稀な美貌を誇るアイゼヘルム子爵令嬢がただ美しいだけでなく、今後この国で必要とされる能力も持ち合わせているということを。

顔だけで中身が空っぽだと喚いていたストラーテン侯爵令嬢の台詞がいかにひどい言いがかりだったかということも露呈した形だ。

多くの者は見目麗しい二人の熱愛ぶりにほぉっと感嘆の息を吐き、まるで絵本の一ページのような様子に羨望の眼差しを送る。

またある者は今後重要人物になるであろうアイゼヘルム子爵令嬢とどう親交を得ようかと目を光らせる。

そんな中、この事態に一人顔を青くする者がいた。

バッケルン公爵家のギルバートだ。

シェイラと婚約破棄した過去がある上に、現婚約者のカトリーヌが醜態を晒したとあって、周囲からは冷ややかな目を向けられている。

それだけでなくギルバートは感じ取っていた。

自分に向けられる怒りに満ちた鋭い眼差しを。

それは他ならぬ王太子殿下からのものだ。

この場に姿を現した時より自分に向けてずっと放たれているのである。

それが意味することとは……王太子殿下は間違いなく自分がシェイラにしたことを知っているとギルバートは気が付き、恐怖に顔を引き攣らせた。

自分はカトリーヌのように断罪はされなかった。

だが、それは許されたということではない。

決して未来が明るいわけではないのだ。

王太子殿下に睨まれた以上、自分にはもはや出世の芽はなく、周囲からの蔑む目線に晒されながら落ちぶれていく未来しか残されていないのだとギルバートは悟らざるを得なかった――。
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