私の瞳に映る彼。

美並ナナ

文字の大きさ
上 下
43 / 47

38.再会(Side亮祐)

しおりを挟む
長期出張で日本を経って約1ヶ月半。

だいぶ落ち着いてきたが忙しい日々だった。

このままいけば契約締結に漕ぎ着けられそうで、大塚フードウェイの海外事業にとって大きな動きとなるだろう。

仕事は順調に行きつつあるが‥‥。

百合の顔を思い浮かべる。

思い浮かぶ百合はいつも笑顔なのがせめてもの救いだ。

これで泣き顔ばかりが出てくるようなら、俺はいよいよ不安で押し潰されるだろう。



百合とは関係がギクシャクしたままで、話し合うことなく日本を発ってしまった。

百合は正直に包み隠さずに自分の過去を話してくれただけだ。

それも俺が聞いたから答えてくれたのだ。

なのに俺はそれを聞いてから疑念を取り払えずに、そして百合に聞けずにいるのだ。

(自分がこんなに臆病だとは思わなかった。本当に情けない。百合のことになると自分がコントロールできなくなってばかりだな‥‥)



百合とは定期的にメッセージのやりとりは交わしている。

「体調は大丈夫か?仕事はどうか?」など、俺を気遣うものだったり、「今日は同期の響子と女子会をした、オンライン英会話を頑張ってる」というちょっとした近況報告だったりだ。

俺も同じようなことを返信している。

最近は「どこのホテルに滞在してるのか?いつも何時くらいに戻るのか?」と、やや細かいことを質問されたのは記憶に新しい。


こうやってメッセージで繋がってはいるが、たまに不安に襲われる。

もし俺がメッセージを返さなければ、百合も送ってくることはなく、そのまま去って行ってしまうのではないか‥‥と。

彼女は基本的に受け身であり、そしてかつては“来るもの拒まず、去るもの追わず”だったのだ。

果たして俺に対しては違うと言い切れるのか。

俺がなにもしなかったら、そのまま百合は俺の手をすり抜けていくのではないかという不安が拭えないのだ。

「百合‥‥」

1人になったオフィス内で俺は百合の名を思わず小さく呟いていた。



その日はここ最近よりも仕事が終わるのが遅くなり、午後9時くらいにホテルに着く。

早く部屋に戻って横になりたいと足早にフロントを通り過ぎる。

このホテルにももう1ヶ月半ほど滞在しているので、フロントのスタッフとも顔見知りだ。

いつもにこやかに挨拶され会釈する程度だが、今日は様子が違った。

前を通り抜けようとすると、急に呼び止められたのだ。

「Excuse me, Mr. Otuka. May I have a moment?(すみません、大塚様。少しお時間よろしいでしょうか?)」

「Yes?(どうしました?)」

「I got a message for you.(大塚様に伝言を預かっています)」


思いがけないことを言われた。

(俺に伝言?ホテルのフロントで?)

心当たりがなく、怪訝な顔をしたのだろう。

フロントスタッフは少し申し訳なさそうに口を開く。

そうしてフロントスタッフが口にしたのは、さらに思いがけないことだった。

「The message is from a woman named Yuri Namiki. Do you know her?(伝言は並木百合という女性の方からです。ご存知の方ですか?)」

思わぬ名前に俺は目を見開く。

(百合!?百合がなんでホテルのフロントに伝言なんかしてるんだ‥‥?)


「What is that message?(その伝言は何て?)」

「She said I’m in the tea lounge here.(ここのティーラウンジにいるとおっしゃっていました)」


(え?百合がここにいる??)


伝言の内容も訳がわからない。

百合がここにいるはずなんてないのに、誰かの悪戯かとさえ思った。

俺はとりあえずフロントスタッフに礼を言うと、ティーラウンジへと向かう。

その時ふとスマホを見るとメッセージが届いていることに気がついた。

見ると百合からで、ホテルに戻ったら電話が欲しいとのことだ。

電話が欲しいといわれるのは珍しいので、何かあったのかもしれない。

ティーラウンジへの歩みを進めながら、そのままスマホで百合に電話をかける。

すると、数コールもしないうちに百合の声が聞こえた。

「もしもし、亮祐さん?ホテルに戻ってきたの?」

電話口の百合は外にいるようで、少し周囲の声が耳に入る。

その声は日本語ではなく英語だ。

「百合、今どこにいるの?」

そう聞いたのと、俺がティーラウンジに到着したのはほぼ同時だった。

そして俺の目は目敏く百合の後ろ姿をすぐに捕らえる。

(まさか、本当に百合がニューヨークに?信じられない‥‥!)

そのまま百合の後ろ姿を目に入れ、俺は近づく。

百合は俺にはまだ気付いていないようで、そのまま電話で話し続けている。

「実はね、ニューヨークに来ててね、亮祐さんが泊まってるホテルのティーラウンジにいるんです。ちょっとだけ会えたりする?」

恐縮するように伺う百合の声が、電話越しではなく直接俺の耳に飛び込んできた。

「ちょっとだけなの?ちょっとだけで百合はいいの?」

スマホを当てている耳と反対側の耳元でそう囁きながら、俺は後ろから百合を抱きしめた。

「‥‥亮祐さん!」

後ろからハグされたことで俺に気付いた百合は驚きで身を硬くしている。

「まさか百合がニューヨークにいるなんて。驚いてるのは俺の方だよ。いつ来たの?」

「今日の昼頃です。それよりちょっと、こんな人前で恥ずかしいです。ふ、普通に座って話したい‥‥!」

耳元まで真っ赤にする百合が本当に可愛くて仕方ない。

ニューヨークまで来てくれたという嬉しさもあって、さっきまでの疲れなんか吹き飛び、俺の心は高揚している。

「海外だしこんなの普通だよ。でもまぁ百合がそういうなら」

俺はハグを解いて、百合の前の席に座り、百合を真正面から見る。

(あぁ、久しぶりの百合だ)

約1ヶ月半ぶりの百合は特に変わっておらず、俺の知っている百合だった。

そのことにひどく安堵する。


「仕事休み取って来たの?ニューヨークに来たのは何か理由でもあって?」

「そんなの亮祐さんに会いに来たに決まってるじゃないですか‥‥!」

「百合が俺に‥‥?」


それはとても意外なことだった。

百合が俺に会いたくて自分から行動に移すなんて、しかも国内ではなく海外へだ。


「‥‥意外ですか?」

「うん、正直言うと驚いた。百合が自分から動くことってなかったから」

「そうですよね。私っていつも受け身ですよね」


自嘲めいた笑いを漏らす百合を見て、何か心境の変化でもあったのだろうかと感じた。


「あの、突然押しかけて来てごめんなさい。それで、亮祐さんの都合のつく時でいいから、もし良かったら少し時間が欲しいんです」

「もちろん。むしろニューヨークに百合がいる間はここに一緒に滞在して欲しい」

「えっ?でも私泊まるところはもう予約してあるし‥‥」

「そんなのキャンセルすればいい」


俺はそこを譲るつもりはなかった。

せっかく百合がニューヨークにいるというのに、別々にいるなんて馬鹿馬鹿しい。

キャンセル料がかかろうと、そんなの百合と過ごす時間の価値に比べると大した事ない。


「さぁ、とりあえず俺の部屋に行こう。百合もそのまま泊まっていけばいいよ。荷物は明日昼間にでもホテルから取っておいで」

有無を言わせずに俺は百合を説得すると、百合の手を引き、部屋へと導いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに 近寄ってくる男性は多いものの、 あるトラウマから恋愛をするのが億劫で 彼氏を作りたくない志穂。 一方で、恋愛への憧れはあり、 仲の良い同期カップルを見るたびに 「私もイチャイチャしたい……!」 という欲求を募らせる日々。 そんなある日、ひょんなことから 志穂はイケメン上司・速水課長の ヒミツを知ってしまう。 それをキッカケに2人は イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎ ※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

溺愛婚〜スパダリな彼との甘い夫婦生活〜

鳴宮鶉子
恋愛
頭脳明晰で才徳兼備な眉目秀麗な彼から告白されスピード結婚します。彼を狙ってた子達から嫌がらせされても助けてくれる彼が好き

クールな御曹司の溺愛ペットになりました

あさの紅茶
恋愛
旧題:クールな御曹司の溺愛ペット やばい、やばい、やばい。 非常にやばい。 片山千咲(22) 大学を卒業後、未だ就職決まらず。 「もー、夏菜の会社で雇ってよぉ」 親友の夏菜に泣きつくも、呆れられるばかり。 なのに……。 「就職先が決まらないらしいな。だったら俺の手伝いをしないか?」 塚本一成(27) 夏菜のお兄さんからのまさかの打診。 高校生の時、一成さんに告白して玉砕している私。 いや、それはちょっと……と遠慮していたんだけど、親からのプレッシャーに負けて働くことに。 とっくに気持ちの整理はできているはずだったのに、一成さんの大人の魅力にあてられてドキドキが止まらない……。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

雨音。―私を避けていた義弟が突然、部屋にやってきました―

入海月子
恋愛
雨で引きこもっていた瑞希の部屋に、突然、義弟の伶がやってきた。 伶のことが好きだった瑞希だが、高校のときから彼に避けられるようになって、それがつらくて家を出たのに、今になって、なぜ?

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...