私の瞳に映る彼。

美並ナナ

文字の大きさ
上 下
40 / 47

36.友情(Side百合)

しおりを挟む
あの箱根旅行のあとから、私と亮祐さんの関係はギクシャクしている。

亮祐さんの様子がおかしいのだ。

一見いつもと変わらないのだが、どこかよそよそしくて心に距離を感じる。

一緒にいてもすれ違っているような感じがして心が触れ合わない。

肌を重ねていても、それはただの快楽を求め合う作業のようで、以前のような心まで交わり合う満たされたものがない。

その理由は分かっている。

たぶん私が過去のこと、春樹のことを正直に打ち明けたことだろう。

でも分からないのだ。

なにに彼が具体的に引っかかっているのか、何を感じているのか、何を考えているのか。

自分の鈍さに本当に嫌気がさす。

こんな時に察しよく亮祐さんの気持ちが分かればいいのに。

無視されたり態度が悪いわけではなく、至っていつもと一緒のように見えるからこそ、私からどう切り出していいのかも分からずにいた。

そんな時だ、亮祐さんの長期海外出張が決まったのは。

2ヶ月もの間、彼は日本を離れてアメリカに行ってしまうことになった。

「年初からそろそろかなと思ってた海外出張が決まって、2月下旬から2ヶ月見込みでアメリカに行くことになった。しばらく会えなくなるけどごめんね」

「そう、分かった」


他にどんな返事が私にできただろう。

本当はこんなギクシャクした関係のまま行って欲しくない。

2ヶ月も会えないなんて淋しい。

でも仕事だし、前から決まっていたことだし、出張と私たちのことは関係ないし。

頭で理解して、私はただ受け入れることしかできなかったのだ。

そして予定通り、亮祐さんは2月下旬にアメリカへと発って行った。

付き合い出してこんなに長く会えなくなるのは初めてのことだった。

平日はいつも通りだったけど、週末になると亮祐さんの不在を強く感じる。

予定がない限り、週末は一緒に過ごすことが当たり前になっていたから、急にポッカリと心に穴が開いてしまったような気分だった。

私はできるだけ気を紛らわせようと、オンライン英会話に励んだり、響子や由美ちゃんと約束を入れたりしてみた。

その時々は充実していて楽しいのだけど、予定が終わって部屋に一人になると急に淋しさに襲われる。

亮祐さんとは音信不通というわけではなく、もちろん連絡は取り合っている。

時差の関係と、仕事が多忙な様子から電話は控えていて、メッセージだけのやりとりだ。

それもポツリ、ポツリと返事し合う感じだった。

出発前のギクシャクした関係もあり、私は不安に押し潰されそうになる心に必死に抗いながら日々を過ごした。

そんな日々が続いた3月のある日、ランチを一緒に食べていた響子がふと食事の手を止めて私の顔を真剣な眼差しで見つめた。

そして心配そうな声音で口を開く。

「ねぇ、百合。ここ最近なんだかずっと思い詰めたみたいな顔してるけど大丈夫?」

よほどひどい顔をしていたのかもしれない。

心配させたくなくて私は、少し眉を下げながら曖昧に微笑む。

「ありがとう。大丈夫だよ」

「無理しなくていいんだよ。百合はさ、自分のことあんまり話してくれないのは分かってるし、そうやって自分で解決しようってしがちなのも知ってる。でも、たまには人に頼っていいんだよ?私で良ければ話聞くよ?」

その言葉が胸に沁みる。

確かに私はあまり自分のことは話さず抱え込みがちだった。

響子が私を思って言ってくているのが伝わり、心が温かくなる。

「ほら、口に出すだけでもスッキリしたり、思考が整理されたりすることもあるし。もちろん無理にとは言わないけど。頼ってもらえないのもちょっと淋しいんだよ?」

「響子‥‥」

頼られない、甘えられないというのは、相手にとっては淋しいものなのかと感じる。

亮祐さんにももっと甘えて欲しいと言われたことがあったことを思い出した。

「響子、ありがとう。‥‥じゃあもし都合が大丈夫だったら仕事終わりに食事でもしながら聞いてくれる‥‥?」

「!!」

まさか私が聞いて欲しいと言うとは思わなかったのか響子は少し驚き、そして嬉しそうな笑みを浮かべた。

「もちろん!今日の仕事終わりなら予定もないし、さっそく聞く!」

「ランチは時間が限られちゃうから、今日の仕事終わりにゆっくり聞いてね」

こうして仕事終わりの約束をし、少し心が軽くなった私は午後も仕事に精を出した。



そして仕事終わり。

私と響子は周囲の目を気にせずゆっくり話すため、デパ地下でお惣菜や飲み物を買い込み、私のマンションへ向かった。

今日はおうちで女子会をすることになったのだ。

仕事終わりで空腹な私たちはテーブルに並べたデパ地下グルメに手を伸ばす。

「それで、百合はここ最近どうしたの?何に悩んでるの?ほら、響子さんに話してみなさい」

わざと茶化した感じで明るく響子が切り出し、その気遣いに感謝しながら、自分の家だということも相まって私はリラックスして口を開き出した。

「あのね、ちょっと事情があって詳しく相手のことは話せないんだけど‥‥実は私好きな人がいるの。その人とは秋くらいから付き合ってるんだけどね‥‥」

そこから私は、高校時代に当時の彼氏を亡くしたこと、彼氏がその彼にそっくりなこと、最初は面影を重ねてたし混乱してたけど今は彼氏自身が好きなこと、先日高校の同級生に遭遇して彼氏に過去を話したこと、そしてそれ以降彼氏とギクシャクしてしまってることを包み隠さず話した。

響子は相槌を打ちながら真剣に私の話に耳を傾けてくれた。

「なるほど。それで彼氏とギクシャクしちゃってて、でもその原因がよく分からなくてどうしていいか悩んでるっことかぁ」

「うん‥‥」

響子は自分の思考を整理するかのように、顎に手を当てながら静かに考え込む。

そしてしばらくしておもむろに口を開き、噛み締めるように言葉を紡ぐ。

「これはあくまで私の考えだけど。もし私がその彼氏さんだったらって想像した時に思ったのがね、百合が亡くなった彼を忘れられずにいて、だからその彼に似た自分と付き合ったのかな?って心配になるかもって思った」

「えっ‥‥?」

「本当に自分のことが好きなのかな?って心配になったり疑う気持ちが出てくるかもなって」

「心配‥‥?疑う‥‥?」

「うん。実際に私も今日百合の過去を初めて聞いて、でもちょっと納得しちゃってさ。あぁだから百合は今まで彼氏と続かなかったし、途切れないくらい来るもの拒まずで去るもの追わずだったのかって。彼のこと忘れられなかったんだなって思ったの。そんな彼と似てるって聞いたなら、自分はその彼と重ねられてるだけなんじゃないかって心配になるのは当然な気がするんだよね」

それは私にとって意外な指摘だった。

私の中ではもうその折り合いはついていて、亮祐さんと春樹を全く重ねていないし、亮祐さん自身が好きだったから、思い至らなかったのだ。

「ちなみに百合は彼氏さんに言葉で伝えた?似てるのは事実だけど重ねてないし、彼氏自身を好きになったって」

そう言われてあの日のことを思い返す。

確かに私の過去を包み隠さずに正直に打ち明けたが、”私の気持ち”は伝えていなかった。

「‥‥言ってないと思う」

「それならそれ彼氏さんはやっぱり心配になっただろうし、百合の気持ちを疑ってしまってるのかもしれないよ」

「でも特に聞かれなかったよ?」

「聞けなかったんだよ、きっと。だってそうかもしれないって思ったら聞くの怖いよ」

亮祐さんも心配になったり、疑ったり、でも聞くのは怖いと思っていたのだろうか。

もしそうなんだとしたら、私のせいだ。

私がちゃんと”私の気持ち”をハッキリと伝えるべきだったのだ。

「どうしよう‥‥私‥‥」

申し訳ない気持ちと後悔の気持ちがグルグルと私の中で渦巻き、やりきれない思いが言葉で漏れた。

「百合、落ち着いて!まだ彼氏さんと別れたわけじゃないんだから、ちゃんと気持ち伝えて誤解を解けばきっと関係は修復できるよ!ね?」

「気持ちをちゃんと伝える‥‥」

「そう!特に百合はさ、もしかして彼氏さんの前でも考えてることとか思ってることとかを自分から言わないんじゃない?」

その通りだった。

亮祐さんにももっと言ってほしいと言われたことがあった。

「うん、そう言われたこともある。あともっと甘えて欲しいっていうのも言われた‥‥」

「もちろん相手に合わせたり、気配りしたりできるのは百合のいいところだよ。でも、もっと自分をさらけ出してもいいんじゃない?受け身じゃなくて自分からぶつかっていくくらいの感じでさ!」

「響子‥‥」

同期として入社して長年の付き合いだ。

本当に響子が私のことを理解してくれていて、いつも見守ってくれていたんだなと実感し、目頭が熱くなった。

「ほら~泣かないの!そんな可愛い顔は彼氏さんにだけ見せなさいっ!」

「ふふっ、そういう響子も涙目だよ?」

「だって百合がこんなふうに話してくれて嬉しかったから」


私たちは涙を浮かべながら微笑み合う。

私はなんとも言えない温かな気持ちに包まれた。

(響子に話を聞いてもらって本当に良かった。私だけじゃきっと気づかなかった。私もっと亮祐さんに自分をさらけ出して、ぶつかって行って、ちゃんと気持ちを伝えたい‥‥!)

気持ちを固めていると、そんな私の様子を見て響子はクスッと笑う。

「事情があって話せないって言ってたけど、言えるようになったら彼氏さんのことも教えてね?」

「うん!話せるようにまずは私ぶつかってくる!」

ちゃんと話をするならやっぱり会って目を見て話したい。

でも亮祐さんが海外から戻ってくるまで待てない。

(よし!こうなったら私がアメリカに行っちゃおう!)

ーーそう決意するのに時間はかからなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに 近寄ってくる男性は多いものの、 あるトラウマから恋愛をするのが億劫で 彼氏を作りたくない志穂。 一方で、恋愛への憧れはあり、 仲の良い同期カップルを見るたびに 「私もイチャイチャしたい……!」 という欲求を募らせる日々。 そんなある日、ひょんなことから 志穂はイケメン上司・速水課長の ヒミツを知ってしまう。 それをキッカケに2人は イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎ ※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

溺愛婚〜スパダリな彼との甘い夫婦生活〜

鳴宮鶉子
恋愛
頭脳明晰で才徳兼備な眉目秀麗な彼から告白されスピード結婚します。彼を狙ってた子達から嫌がらせされても助けてくれる彼が好き

クールな御曹司の溺愛ペットになりました

あさの紅茶
恋愛
旧題:クールな御曹司の溺愛ペット やばい、やばい、やばい。 非常にやばい。 片山千咲(22) 大学を卒業後、未だ就職決まらず。 「もー、夏菜の会社で雇ってよぉ」 親友の夏菜に泣きつくも、呆れられるばかり。 なのに……。 「就職先が決まらないらしいな。だったら俺の手伝いをしないか?」 塚本一成(27) 夏菜のお兄さんからのまさかの打診。 高校生の時、一成さんに告白して玉砕している私。 いや、それはちょっと……と遠慮していたんだけど、親からのプレッシャーに負けて働くことに。 とっくに気持ちの整理はできているはずだったのに、一成さんの大人の魅力にあてられてドキドキが止まらない……。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

タイプではありませんが

雪本 風香
恋愛
彼氏に振られたばかりの山下楓に告白してきた男性は同期の星野だった。 顔もいい、性格もいい星野。 だけど楓は断る。 「タイプじゃない」と。 「タイプじゃないかもしれんけどさ。少しだけ俺のことをみてよ。……な、頼むよ」 懇願する星野に、楓はしぶしぶ付き合うことにしたのだ。 星野の3カ月間の恋愛アピールに。 好きよ、好きよと言われる男性に少しずつ心を動かされる女の子の焦れったい恋愛の話です。 ※体の関係は10章以降になります。 ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも投稿しています。

処理中です...