Heaven‘s Gate

南雲遊火

文字の大きさ
上 下
17 / 27
篁少年の閻魔張 〜お節介な鬼と伊吹の山神〜 〜Since 810〜

第六話 祟神

しおりを挟む
 朝日が昇るとほぼ同時、早々に都へ帰って行った空海を一同は見送り、例によってだいどころに立ちたがる亞輝斗に調理を任せ、それを腹に入れてから、しばらくして。

 南都の上皇が東国へ向かっているとの連絡を受けた岑守と広野は、昨夜からバタバタと対応に追われていた。
 逢坂関を完全封鎖するため、御長広岳みながのひろおかが、夜のうちに関に向かったとのこと。そんな彼の交代兼、応援要員として、次いで広野が関へと派遣されることとなった。

「へー、もう、いい歳・・・だろうに。頑張ってるんだな。アイツ……」
「ん? 御長殿と、知り合いなのか?」

 出立準備をしていた広野は、部屋の隅でごろ寝をしている亞輝斗に向かって、怪訝そうに眉間にしわを寄せる。
 鬼は、何かを懐かしむように、小さくため息を吐いた。

「知ってるっちゃ知ってるが……たぶん、本人は覚えてないだろうよ」

 そんな時だった。
 急にざわざわと騒がしくなり、突然、何かが部屋に飛び込んできた。

 避ける間もなく、何か・・は、亞輝斗を押しつぶす。

「く……空海殿?」

 呆気にとられた広野が、思わず唖然と口を開いた。
 都に帰ったはずの空海が、何故かまた、寝そべる鬼を押しつぶし、締め上げる。

「なんだよ! 真魚まおッ! 今度はッ!」

 鬼の怒声が響き、パリッと小さな雷光がはじけた。

「大変です! 亞輝斗! 私と一緒に来てください!」
「はぁ?」

 何言ってやがる──呆れながら、亞輝斗と空海はお互い、座り直す。

「どうかしたのか?」
「亞輝斗……貴方・・にとって、大変嫌な話・・・だとは思いますが、すみません。私がこちら・・・へ向かった時は特に異常無かったので、たぶん、昨晩の事だと思いますが……集落が一つ、夜盗に襲われ、壊滅・・しています」

 空海の言葉に、広野の顔色も変わった。

 広野は慌てて二人の側に腰をかがめ、「詳細を」と、空海を促した。
 が。

「おい……どうした?」

 鬼が、両腕を抱え、ぶるぶると震えていた。
 肌に、うっすらと縞のような赤い斑紋が浮かぶ。息も荒く、牙をむき、顔色も悪いが、しかし、それは、自分の内から込み上げる何か・・を無理やり、押さえつけているような──。

「だ、大丈夫だ。続けて……」

 それだけじゃ、お前は此処・・に、戻っては来ないだろう? 亞輝斗の言葉を肯定するよう、空海はため息を吐いた。

「えぇ。おっしゃる通り」

 生存者が何人かおり、簡易的にではありますが、経をあげて、事情を聴いてきました。と、僧は深くうなずいた。
 亞輝斗の様子を見ながら、言葉を選ぶよう、空海は口を開く。

「夜盗は、ほぼ全員、元服前後の年若い者たちで構成され、その首魁は……」

 空海の言葉に、鬼が、赤い瞳を、見開いた。

金の髪・・・に、金の瞳・・・の、子どもだったそうです」


  ◆◇◆


「ねぇ、亞輝斗、どうしたの?」

 昨日、大蛇神があけた穴から、暖かい日の光が差し込む。
 その下に二人は並び、座った。

 大人しいを通り越し、一人静かな鬼の背中を、竹生は撫でる。

「ん……お前には、どう見える?」
「落ち込んでる……ように、見えるかな……?」

 ……あたり。と、肩を落として鬼は答えた。

「何か、あったの?」

 じっと見つめる竹生の頭を、亞輝斗は長い爪で傷つけないよう、そっと撫でる。

「……昔話をしよう。つまらない話かもしれないが」

 ため息の鬼に対し、竹生はうなずいて、亞輝斗を見上げた。

「オレな、元は人間だったらしい・・・

 ──もっとも、その頃の事は、憶えて無いから、本当かどうか、断言できないけど。と、鬼は肩をすくめた。

「オレは、元服を迎え成人することなく、一族を滅ぼされて殺された。一人生き残った族長父親が、恨みつらみを募らせ、邪法に手を染め──たまたま通りがかった名も無きが、そんな父親に気まぐれに力を貸して、小さな息子の死体を黄泉還よみがえらせた──」

 知ってるか? と鬼は赤い目を細める。

「子どもが死ぬと、成長して積めなかった徳の代わりに、賽の河原で石を積む……なんてのは、まだマシ・・な話だ。分別の解さない・・・・・・・子どもが、純粋に恐怖と恨みだけを抱いたまま死ぬと、最強級の、祟神タタリガミになる」

 どうして自分が死んだか理解できず、また、持ちうる能力ちからの御し方も、抱える痛みの耐え方も解らず、人の声に耳を傾ける余裕も無く、感情の赴くがまま、人に害を与える──。

「オレは、目の前の負の感情に呑まれた父親それが何か理解できず、空腹飢えに任せて父親それを喰った。オレを見て、敵意を向けてやってくる人間や、怯えて泣き叫ぶ人間を喰った。そうしてあらゆる人間を喰い続けて、何十年も経って、役行者ヤギョウに逢った」

 実に、アイツは変な男だ。と、亞輝斗は笑った。

「アイツは、退治するつもりだったオレを目の前にして、憐憫と慈愛の感情で接した。初めて向けられた、その不味そう・・・・な感情から、オレはアイツを喰らうことができなかった」

 憐憫と慈愛を「不味そう」だと、独特の表現をする亞輝斗。
 けれども、彼の口から放たれるその言葉に対して、憐憫と慈愛それが決して、彼にとっても、嫌なモノだという様子は無い。

「喰っても良いモノ駄目なモノ。やっても良い事駄目なこと……アイツから色々教えてもらったことで、たぶんオレは分別を理解し、そのおかげで、ご覧の通り、神に属するモノなのに、人間みたいに成長・・できたんだと思う。でも、身体が成長するでかくなるたびに、ふと、何かが引っかかった感じがして、立ち止まってしまうんだ」

 ──もし、オレがあの時死なず、人間としての人生・・を、まっとうに、最期まで、生きることができたなら──。

 決して、過去の出来事鬼である自分の存在を否定したいわけではない。
 けれども、どうしても、もしも人間としての人生の話に、憧れてしまう。

「だから、かな。死にかけた子どもを見ると、何が何でも助けなきゃって気になっちまうし、一方的な暴力や蹂躙の話を聞くと、何故か心の底から、自分でも理解できない怒りが湧き上がっちまう」

 自己投影したところで、どうにもならないことであり、相手にだって、鬼に身の上重ねられて、迷惑な話なんだろうけどな。と、鬼は自嘲を浮かべた。

「ねえ。亞輝斗」

 静かに聴いていた竹生が、ぽつり。と、口を開く。

「僕はね、迷惑だなんて、思ってないよ」

 ぎゅっと、大きな鬼の背中を、両手いっぱい広げた小さな少年が、抱きしめた。

「亞輝斗が何を思っていたかとか、行動理由だなんて、どうだっていい」

 ──でも、間違いなく。

「あの時、僕を助けてくれたのは、亞輝斗だよ」

 目を瞑ると、月明りを反射して、煌めく銀色の光を思い出す。
 今まで感じたことの無い、熱い激痛と、遠のく意識と──。

「だって、その話じゃ、亞輝斗に見つけてもらわずに死んでたら、僕もきっと、祟神になってたんでしょう?」
「ばーか、お前は、賽の河原で石積んでる方だろ」

 そんなことないもんッ! と、ポコポコと亞輝斗の背中を叩く竹生。首だけを動かして、鬼は振り返ると、照れたように、頬を赤く染めて笑った。

 そんな二人を、柱の陰から、そっと覗く大人が三人。

「意外というか、定番というか……広野。君、こういう話に弱いんですね」
「………………うっさい」

 ぐしぐしと目と鼻をこする広野に、岑守と空海は顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

山蛭様といっしょ。

ちづ
キャラ文芸
ダーク和風ファンタジー異類婚姻譚です。 和風吸血鬼(ヒル)と虐げられた村娘の話。短編ですので、もしよかったら。 不気味な恋を目指しております。 気持ちは少女漫画ですが、 残酷描写、ヒル等の虫の描写がありますので、苦手な方又は15歳未満の方はご注意ください。 表紙はかんたん表紙メーカーさんで作らせて頂きました。https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html

戦国姫 (せんごくき)

メマリー
キャラ文芸
戦国最強の武将と謳われた上杉謙信は女の子だった⁈ 不思議な力をもって生まれた虎千代(のちの上杉謙信)は鬼の子として忌み嫌われて育った。 虎千代の師である天室光育の勧めにより、虎千代の中に巣食う悪鬼を払わんと妖刀「鬼斬り丸」の力を借りようする。 鬼斬り丸を手に入れるために困難な旅が始まる。 虎千代の旅のお供に選ばれたのが天才忍者と名高い加当段蔵だった。 旅を通して虎千代に魅かれていく段蔵。 天界を揺るがす戦話(いくさばなし)が今ここに降臨せしめん!!

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋
キャラ文芸
時は現代日本。生活の中に妖怪やあやかしや妖魔が蔓延り人々を影から脅かしていた。 陰陽師の末裔『鷹尾』は、鬼の末裔『魄』を従え、妖魔を倒す生業をしている。 とある日、鷹尾は分家であり従妹の雪絵から決闘を申し込まれた。 勝者が本家となり式鬼を得るための決闘、すなわち下剋上である。 この度は陰陽師ではなく式鬼の決闘にしようと提案され、鷹尾は承諾した。 分家の下剋上を阻止するため、魄は決闘に挑むことになる。

ところで小説家になりたいんだがどうしたらいい?

帽子屋
キャラ文芸
小説を書いたこともなければ、Web小説とは縁も縁もない。それどころか、インターネット利用と言えば、天気予報と路線案内がせいぜいで、仕事を失い主夫となった今はそれすら利用頻度低下中。そんな現代社会から完全にオイテケボリのおっさんが宇宙からの電波でも拾ったのか、突然Web小説家を目指すと言い出した…… ■□■□■□■□■□■□ 【鳩】松土鳩作と申します。小説家になりたい自分の日常を綴ります 【玲】こんな、モジャ頭オヤジのエッセイ、需要ないと思いますよ?(冷笑) 【鳩】頭関係ないだろ?! 【玲】だいたいこの欄、自己紹介じゃなくて、小説の内容紹介です。 【鳩】先に言え!!!

エースはまだ自分の限界を知らない

草野猫彦
キャラ文芸
中学最後の試合、直史は強豪校を二安打に抑えながらも、味方の援護なく敗戦投手となった。 野球部には期待せずに選んだ、公立の進学校。だがそこで直史は、同じ中学出身でシニアに入っていた椎名美雪から、入学直後に野球部に誘われる。 全国区のシニアメンバーの大半が入部した野球部は、ごく普通の公立校ながら、春季大会で勝ち進んでいく。 偶然早めに見学に来たもう一人の小さなスラッガーと共に、直史は春の大会で背番号を貰って出場することになる。 速すぎるストレートも、曲がりすぎる変化球も、キャッチャーの能力不足で封印していた直史は、己の力を発揮する場所を得る。 これは研究する凡人と、天才や奇才が集まって、甲子園までは特に目指さないお話、かも。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

君と歩いた、ぼくらの怪談 ~新谷坂町の怪異譚~

Tempp
キャラ文芸
東矢一人(とうやひとり)は高校一年の春、新谷坂山の怪異の封印を解いてしまう。その結果たくさんの怪異が神津市全域にあふれた。東矢一人が生存するにはこれらの怪異から生き残り、3年以内に全ての怪異を再封印する必要がある。 これは東矢一人と5人の奇妙な友人、それからたくさんの怪異の3年間の話。 ランダムなタイミングで更新予定です

処理中です...